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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
1章 変わっていく生活
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1-9 院内ではお静かに


「あ~ねむっ……」


「まさか朝六時に叩き起こされるなんて思わなかった……」


 僕と華暖は仲良く目の下にクマを作っていた。

 昨日、レイカに電話を掛けたのは午前サンジハン頃だから、三時間も眠っていないはずだ。


「しょうがないよ……検温の時間が決まってるんだから」


「……こんなことなら、無理して泊まるんじゃなかった~」


「華暖、それ色々と台無し……」


 昨日ベッド脇で交わされたひと時が、朝靄となって消えていく。

 いまや僕の存在は睡眠欲以下に成り下がったのだ……


 現在、朝食を終えて午前八時。


「こんなに早く起こされたのなんて、夏休みのラジオ体操以来よっ」


「健康的でいいじゃないか」


「……どのクマ作ってる顔がそんなこと言ってんのよ」


 そう言って肩をまっすぐに伸ばし、大あくびをしてみせる。

 肩に引っ張られてシャツが伸び、ヘソが丸見えになっていた。


 ……早起きは三文の徳。

 それにしても花のJKが朝っぱらから大あくびとは。


 しかも昨夜、僕に告白(?)なんてしておきながら、

次の日には失態ともいえる振る舞いを堂々と……まぁいいんだけど。


 よく言ってしまえばそれだけ心を開いてくれているということだ。

 だらしなさを勝手に好意へ解釈する僕も大概だけど……


 昨日の今日で気まずくなったり、態度がまるっと変わらない、

いや変わらないように努力してくれている。華暖に対して返せるものはなにもないというのに。


 ……そう考えると、少し申し訳ない気持ちににさえなる。

 だから僕もそんな彼女に、いつもと変わらない行動で返すのが、せめてもの礼儀だ。


「そういえばもう十時になるけど、学校はどうするの?」


 僕はこれから脳の精密検査を行うので、もう一日ばかり入院だ。


「今日はもう帰って寝る。一日くらい、どってことないっしょ」


 言いながらまた大あくびをする。


「本当、ごめんね」


「その謝んのナシ、もうそれは昨日で終わりだよ。

トッシ~に謝られると、アタシはもっと謝んなきゃいけなくなるじゃん」


「そうだね、ごめ……うん」


「まったく、そうやってヘコヘコしてなければ、

もっといいオトコなんだけどねぇ~」


「ははは……」


「とりあえず今日はもう帰るわ、睡眠不足でノーミソ全然回らないしね」


「うん、こんな時間まで付き合ってくれてありがとう」


「付き合ってくれればチャラにしちゃうけどぉ?」


 そういってニヤニヤしながら、顔を近づけてくる。


「それは、その……ゴメン」


「チェッ、ノリが悪いでやんの!

謝んのナシって言ったでしょ~?」


「それとこれを繋げるのは強引過ぎるでしょ……」


 華暖が顔を引いて、僕は内心ほっとする。

 そんなに顔を近づけるのだけはやめてくれ。


 だって彼女の照れが混じった表情とか、

泣きはらしたのを隠した時の顔を、思い出してしまうから。


 そして、その表情に引力を感じてしまうことが、情けなくもあったから。


「でも……元気になってくれてよかった」


「……うん」


 あの時、事故に遭う寸前、

差し伸ばす手を躊躇してしまった自分が恥ずかしい。


 もし手を差し伸ばさなかったらと想像するのも恐ろしい。


 けれども、それは存在しなかった未来だ。

 華暖はいまこうやって目の前で笑顔でいてくれる。


 だからこそ今回は自分を褒めてやれた。

 あの時の選択が間違っていなかったと、いまなら誇らしい気持ちにさえなれる。


「じゃ、トッシ~また……」



 ――その時、勢いよく病室のドアが開かれた。


「こんちわ~っ!ここはマトバさんのお部屋でしょうか~!?」


「部長。ココに書いてますて」


「おお!ホントですね!

じゃ失礼します、新聞部です!お見舞いに上がりました!」


 それだけ言って許可も取らず、

本当に礼儀など失ったとばかりに、ズカズカと侵入する二つの影。


 目のパッチリとしたちっこい女の子と、

ひょろ長の頼りなさそうな男が入ってきた。


 誰?新聞部?


「ややや!?あなたがそうですね?

昨夜、愛する女性を身を挺して守ったオトコの中のオトコ、マトバサトシさんで間違いないですか?」


「そうよ。アンタ、話が分かるわね」


 華暖がえらく真面目な顔で頷いた。


「いや、ちょっと待……」


「やっぱりそうでしたか~!お二方、昨日は災難でしたね!

それでまず早速ですが当時の状況を……」


「あの夜はぁ~いつものようにお互いの愛を語りながら歩いててぇ、

トッシ~は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれてて……」


「あ゛~そこ!ねつ造しない!一回黙って!」


「トッシ~のほうこそ黙ってて!

新聞になれば外堀が埋まるっしょ?」


「そんなこと言われて、僕が黙ると思います!?」


「あ~もうトッシ~はちっさいオトコねぇ、

どうせユ~カさんにも逃げられたんだからさぁ、早めにアタシに乗り換えちゃお?」


「華暖、本当に僕と付き合いたいと思ってる!?

付き合いたいと思ってた上で、僕にそんなひどいこと言ってます!?」


 横でひょろ長の男が手を上げて言う。


「ぶ、部長。とりあえず自己紹介カラ始めないと、取材もなんもないのかなと」


「な~るほど!さすがオオエドくん、人とは着眼点が違いますね!」


 いや常識だろ。

 そして文字通り激しく同意した、ちっこい女の子がしゃべり出す。


「それでは申し遅れました。

ワタシ、夕霞東高校の新聞部長を務める明智あけち 妙子たえこと申します!」


「で、ボクは副部長やっとります、大江戸です」


「はぁ」


 よくわからないけど、とりあえず返事をしておく。


「それで昨日起きたマトバさんの救出劇、

これをぜひとも記事にさせて頂きたく、お願いに上がった次第であります!」


「き、昨日の今日でスンマセンね。こういうのって鮮度が大切なんですわ。

不躾なのは分かっとりますが、何卒お願いしたく思います」


 そういって大江戸君は、百九十センチはありそうな体を屈めて頭を下げる。


「いや頭は下げなくてもいいけど、

……って、まだ学校にも連絡してないのに、どうして知ってるの?」


 そう、まだ学校には連絡しておらず、

これから連絡しようかどうかというところだった。


「チッチッチィ~この新聞部長、明智妙子をなめてもらっては困りますよ~!?

この市内であればワタシの人脈により、三時間以内にスクープ情報が入ってくるのです!」


「誰から聞いたの?」


「ズバリ!去年に学園祭のOBとして来た看護師のタケダさんです!」


「患者の個人情報漏えい……」


「え?」


「……華暖、外科医長にいまのことを伝えてくれる?」


「りょ~か~い」


「あ~あ~あ~~!?

なんでもするのでそれだけは勘弁してください~!?」


「部長……情報提供者の情報は喋っちゃいけないって、

何度も言ってるじゃないですか……」


「えええい!黙りなさい、オオエド君!

あ、あの、やっぱり取材はなかったことにしてもいいので、情報提供者の件だけはどうか……」


 そういって膝を負り、全力土下座を見せる新聞部長。

 ……かわいそうになってきたな、色々な意味で。


「わかった、わかりました。

今回は不問にしておきます」


「本当ですかっ、ありがと~ございますっ!」


 顔を上げた後、そのまま感謝の土下座に切り替わる。


「そしたらまず写真を取らせてもらっていいですか!?」


「取材の許可をしたわけじゃないんですけど……」


 側に置いたリュックから得意げに取り出したのは、

体躯には似合わないほどゴッツイ一眼レフカメラだった。


「この三七○○万画素のカメラで、

毛穴の奥までバッチリ撮ってあげます!」


「うわぁ、なんてモデル意欲を削ぐ謳い文句」


 部長は余計な一言で協力する気持ちを失くす天才だ。

 ……もしくはそうやって相手に油断させて、取材するというテクニックなのだろうか?


「そもそも新聞記事に一眼レフの解像度って必要なの?」


「あったりまえですよ!

もちろん本来の新聞の役目として紙媒体に印刷はしますが、いまの新聞部はウェブ公開がメインの活動ですから!」


「そういえばそのページ、アタシも見たことあるかも?」


 言われてみれば、僕も見たことがあるかもしれない。


 高校に入る前、志望校を探している時に、

公式ページより新聞部のページが先に出てきたような気がする。


 その時刊行されていたのは、部活動や校内のちょっとしたウワサ、

校長の教師を目指した理由とか、各先生のテストに出る問題傾向とかが書かれてて結構面白かった。


「いまでは直接スマホで記事が見れますし、

面白かった記事にも”いいね”がしてもらえるんで、ウェブでの活動がメインなんです!」


「へえ、話だけ聞くと少し面白そうだ」


「ですよね!?マトバさんとカグラさんも入部しますか!?」


「「いや、大丈夫……」」


 あまりのテンションの高さにちょっと引いてしまう。

 でも、確かにやっていることは面白そうだ。


 と……そこで僕は一つ思いつく。


「部長さん、取材の件は全面的に協力します」


「本当ですか!?」


「だけど、一つ僕のお願いを聞いてもらえますか?」


「ええ、なんでも!」


 そう、僕が一番しなければならないこと。


 ケガなんてしないに越したことはなかったけど、

それでもこれを生かして前に進めるのならば……全力で利用してやろう。


---


「なるほど、彼女さんの捜索ですか」


「ダメかな?」


「いえ、でも本当に大きく捜索するのであれば、警察に頼るのが一番ではないかと……」


「うん、それも最悪は考えてる。

でも自分から出て行ったのは間違いないし、事件性は薄いと思うんだ」


「それはそうですが……だけど、もし見つかったとして」


「……うん。知りたくなかったこと、

知る必要がなかったことを知ってしまうだけかもしれない」


「それでも、構わないと?」


「優佳にはその理由を僕に伝える義務がある。

僕にだってそれを聞く権利くらいはあるはずなんだ」


 そうだ、僕は優佳に会わなければいけない。

 なにか理由があったとしたのなら、僕に話してくれなかったのは許せない。


 こうやって口にしながら自覚していく。

 僕はやっぱり今回のことに怒っているのだ。


「……わかりました、それでは掲示物等や目に見える捜索ではなく、

あくまで情報筋に”縁藤優佳”が現れていないかという方法で、方面にあたってみます」


「ありがとう、本当に助かる」


「気にしないでください。

新聞部っていうのはコネで仕事をしているんです。これくらいお安い御用ですよ」


 部長はこともなげにそう言った。

 なるほど、この人は”部長”だ。今更ながらそう思う。


 第一印象はお世辞にも最悪だったけど、強力な助っ人がついてくれた。


 ……先日までの僕は一人でなにもできず、

手を伸ばしても雲をつかむような無力感があった。


 それがどうだろう。


 一人ではなにも得られなかったのに、

いまや華暖、それに新聞部の協力を得ることが出来た。


 なにより一人じゃないことの安心感。

 協力してもらえることの心強さ、それをいま僕はひしひしと感じていた。


「トッシ~、仲間増えて、良かったじゃん」


「うん……」


 心なしか華暖のテンションは低かった。


「……ゴメン、ちょっとヤなこと考えてた。

そうだよね、協力者、いっぱいいたほうがいいのは当たり前だよね」


 そういって困ったような笑顔を見せた。


「さて、じゃあ交渉成立ということで!

さっそくですが写真オッケーですか?」


「あ、ああ。僕は全然構わないけど……」


「じゃカグラさんもスタンバイお願いします」


「え、華暖の写真も撮るの?」


「あったりまえじゃないですか!

なんのために今回取材に来たと思ってるんです!?」


「え、だって僕が事故った記事を書くんでしょ?」


「なにを言ってるんですか、最初から言ってるじゃないですか!

メインは”愛する女を身を挺して守った素敵な彼氏”の記事ですよ!」


「え……?」


 そういえばなんか話を流れるままで進めてきたけど、

これって華暖が彼女だっていう前提進んでるんだよな……


「まぁ実際付き合ってても、付き合ってなくても構いません。

面白ければなんでもいいんですよ!」


「ちょっと待て!それはおかしくない!?

真実を伝えるジャーナリズム精神に則って、真実のみを報道しようよ!?」


 そう言う僕の左肩に手をのせて、大江戸君が言う。


「纏場サン」


「大江戸君!キミの部長が暴走してるよ、止めてやってくれ!!」


 部長はもう手が付けられないくらい暴走している。


 けど僕は大江戸君の目を見て、悟った。

 最初はこの二人が凸凹なコンビだと思っていたが、それは仮初の姿。


 大江戸君は部長の暴走を止める、冷静な補佐役としてついているのだ。

 だから僕は大江戸君に助けを求める。


 彼は当然のように頷いて、この世の全てを許したような神々しい笑顔で……

 

「世の中には、必要な嘘もあるんデスよ」


「新聞部にまともな人間はいないのか!?」


「で、でも聞いてください、

ウチに記事にしてもらえば女の子の評判はうなぎ登り。モテモテですよ」


「……ほんと?」


「はい、サッカー部のアイカワがキャプテンになったのも、

柔道部のブサイクな主将に彼女が出来たのも、ウチの部がその人の特集記事を書いたからですよ」


「その通り~!ズバリ、新聞部で一面を飾ることが出来れば、

マトバさんが社交界デビューは約束されたも同然!」


 社交界デビューがなにを意味するか不明だが、部長は部の影響力に自信ありげだった。


「そ、そうなんだ」


「……トッシ~も女の子にモテたいとか思うんだ」


「あ、それは、その……」


 なんか若干、というかものすごく不機嫌な声で、

昨日から看病してくれた女の子が、隣で冷ややかな目を向けていた。


「あんまり女の子に興味ない感じ出してるクセに、

告られた返事とか保留にしちゃうクセに、モテたいとか思っちゃうんだぁ~?」


「いや保留にしたのは僕の選択じゃ……」


「うっさい!」


「は、はい!!」


「うわ~見てください、大江戸君。

あれが尻に敷かれる彼氏というやつですよ」


「ザ・ヘタレてるオトコって感じですね」


「っておい部長!シャッター切るな!カット!カット!」


「ほら大江戸君、修羅場ですよ!」


「部長、ココは動画で取りましょう、ビデオカメラ出してください」


「動画!?動画は勘弁して!」


「さてさて~トッシ~には罰ゲームを受けてもらおっか~?」


 そうして、華暖は手をワキワキしながら僕のほうに近づいてくる。


「え?え?なんで?罰ゲーム受ける意味わかんないけど!?」


「問答無用~!」


 点滴に繋がれている僕は、ベッドの上から逃れることができない。


「大江戸君、シャッターチャンスです!」


「だ、誰か助けて!?」



 ――その時、ドアがピシャンと音を立てて、

このやかましすぎる病室に新たな人物の登場を告げる。


「諭史!」


 そこに立っているのは数日前、僕の胸倉を掴んだ激情家。


 そして一般的にはぎらついた瞳で他人を威嚇する一匹狼。

 

 けれど昨夜の電話では僕を案じて涙声になった幼馴染。



 今日もタンクトップにジーンズなんてラフな格好で、

自分のプロポーションを雑に主張する、縁藤家の次女がそこには立っていた。


「諭史、よかった。あんたが死んじゃったらどうしようって……」


 きゅっと目を細め、昨日の夜から堪えたままの不安と涙が溢れ……



 むちゅ。


 っと、唇に柔らかい感触が訪れる……


 部長と大江戸君は顔を真っ赤にしながら興奮した表情を。


 目元から水分が急速に失われた、汚物を見るようなレイカの目。


 そして眼前に広がる見たこともないくらい、目を閉じた金髪の女の子。


 その唇の感触が離れ、華暖の「やっちゃった☆」って言葉が届くと。


 レイカの平手が僕の頬に、半年早い紅葉が彩りを見せるのであった……


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