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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
4章 五年前――思い出になる前の、記憶
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4-17 自分からは逃げられない


 纏場のバッグに生徒会予算を入れて、それを俺が見つける。

 そして纏場を現行犯で確保し、職員室に連れて行く。そうすれば纏場が犯人で決定だ。


 しかし予算の全額をバッグに詰めるわけには行かない、一部の金は牛木たちに渡さなければいけないからだ。

 全額ないことに文句を言われるかもしれないが……それは奴らに飲ませる。


 囲まれて暴力を振るわれた時のことを思い出すと、吐き気がする。

 それでも全額を渡すことは出来ない。文化祭がの中止は越えられない最後の一線だ。


 だが生徒会予算が見つかった後、そこに全額がないことが分かったらどうなるだろう。

 当然、残りの金を自前で調達しなければならない。


 ……纏場の両親に、多大な迷惑をかけることになる。


 これは、完全に犯罪だ。

 俺は本当にそんなことをしようとしているのだろうか。


 ……だが、もう後に引けない。

 俺の今後の事を考えたら、既に自供するなんてことは出来ない。


 先日から起こっていることに、現実感が湧かなかった。

 俺はいつからこんな気持ち悪い世界に身を置いていたのだろうか?


 いつも胸を張って歩いていたはずのこの廊下も、今は胸に泥が詰まっているようで背筋が伸ばせない。


 無理にでもいつものような立ち振る舞いをしないと、怪しまれるのではないか?

 こんな猫背になって歩いていたら、周りに勘繰られるのではないか?


 そうして背筋を伸ばしてみる……が、胸の内に溜まったねっとりとした”泥”が存在を主張し、強烈な嘔吐感がこみあげる。


 ……先日からその繰り返しだった。



 だが今日、決行する。

 時期的にもう生徒会予算が見つかってくれないと、文化祭の開催は不可能だ。


 一足早く、生徒会室に到着して纏場を待つ。

 部屋に入ったらバッグを置かせ、適当な用事を言いつけて部屋の外に出させる。


 その間に金をバッグに忍び込ませ、それをわざとらしく見つけ、職員室に連れて行き、それで終わり。


 会長と林は今日は文房具など消耗品を買い揃えてから、生徒会室に来ると聞いている。

 それまでに済ませてしまえば大丈夫だ。


 纏場は間違いなく俺を疑うだろう。

 だが詮無い事だ、手元から金が出てきてしまえば証拠という他ない。


 生徒会は当然追われ、文化祭は滞りなく運営される。

 そこから纏場の姿がいなくなるだけだ、後は俺の知った事じゃない。 


 ……心の中で、色々な声が叫び声をあげている。

 だが、俺はもう決めたのだ。


 選択肢は既にない。

 俺は、やると決めた事だけすればいいのだ。


 もう何も、考える必要はない。



「……お疲れ様です」


「……ああ」


 纏場が、入ってきた。


 心拍数が跳ね上がる。


 さあ、纏場に指示を出そう。


 資料室に、適当な書類を取りに行かせればいい。


 深呼吸をする。


 ……このまま喋れば声が震える。


 纏場に極力、違和感を持たれるな。


 いつものように、落ち着いて、平坦な声をかけるんだ。


 部屋から出て行ったら、纏場はもう犯罪者だ。


 ……そして、俺自身も。


 俺はかける言葉を整理して、息を呑み。


「副会長」


「……っ!?」


 纏場がこちらを向いていた。


 不思議そうな顔でこちらを見てる。


 俺が動揺していることに気付いたのだろうか?


「ど、どうした……?」


 応じると纏場はバツが悪そうに視線を明後日の方に向け、少し躊躇った後に俺の方に向き直り、頭を下げた。


「ありがとう、ございます」


「……え?」


 なんだ……?


 なにがどうなってる……?


 なぜ、纏場は俺に、礼など言っている……?


 長いこと頭を下げたままだった纏場が顔をあげると、やはり俺とは視線を交わさず、照れ臭そうに頬を掻きながら言った。


「その、今朝も、間に入ってくれて……助かりました」


「あ……」


 今朝……職員室での尋問、の事だった。


「僕、正直、副会長には嫌われていると思ってました。

……いえ、もしかしたら本当はそうなのかもしれませんが」


 今朝も纏場に対して執拗な取り調べが行われていた。

 正直、これ以上問い詰めたところで新たな展開を望めない。


 教師陣としては本格的に見つからないとまずい時期だ。

 もし纏場が犯人だとしたら音を上げさせて自白させよう、という形振り構っていられない一方的な尋問だった。


「だけど、大人にあんなに責められることなんて無くって、

もう参ってたところに、副会長が間に入ってくれて……嬉しかったです」


 俺は纏場が犯人ではないことを知っている。

 だからどんなに問い詰めたところで、自白もしないし金も出てこないことを知っている。


 でも目の前で、何の罪もない人間が理不尽な攻撃に遭っている。

 それが、俺が憎らしく思っている人間でも、黙って見ているなんて俺には出来なかった。


 偽善者……それが俺の本当の姿だった。


 生徒会副会長でもない、二階堂傑という一人の人間でもない。


 自分で作った落とし穴を、自分で埋めているだけ。


 世界で一番くだらない人間。


「……よしてくれ」


「いえ、あの場で助けてくれたのは副会長です、だから……」


「俺はお前など助けてはいない!!」


 立ち上がり、叫んでいた。

 急なことに驚き、纏場は目を見開いて口を半開きにしている。


 ……当然だよな、急に激昂するなんてどうかしている。

 俺は、とっくにおかしくなっていた。


「そうだ、俺はお前が嫌いだった」


 口が、止まらない。


「いきなり現れて大したことも出来ないのに、会長の幼馴染というだけで、生徒会を我が物顔か?生意気なんだよ!」


 こんなこと言ってもどうしようもない。


「注意したことにはいちいち口を挟む、なぜ素直にハイと返事が出来ないんだ!?」


 いや、決してどうでもよくはない、か。


「それと年上に対する言葉遣いがなってない、合同企画の件でもお前は全ての先輩にちゃんと敬語を使ったか?

話してると少しずつ崩れてきているだろう、そういう詰めが甘いところが駄目なんだ」


 悪いところを指摘して、生徒会のメンバーとして恥ずかしくない姿を、俺の理想としてる姿を、纏場に徹底的に叩き込む。

 そして悪い点を直れば、纏場は恥ずかしくない生徒会のメンバーになれるだろう。


「全部が適当なんだよ、纏場は!だからお前に安心して仕事を任せられない、任せようと思っても二の足を踏ませるんだよ!」


 じゃあ、俺はなぜ今になって纏場にこんな”指導”をしている?

 こんなのまるで、ただの先輩と後輩みたいじゃないか……


「だから……」


 だから……なんなんだ?

 それでも憎いから、纏場を犯罪者に仕立て上げようとしたのか?


 嘘だろ……?


 だって、俺は今こんなにも清々してしまっている。

 纏場に面と向かって気になったことを指摘するだけで、全て解決してしまったような気でいる。


 俺はただ纏場に面と向かって、思ったことを言ってやりたかっただけだったのか?

 そうするだけで俺はこんなにも気が楽になるっていうのか?


 じゃあ何故、俺はこいつを犯罪者に仕立てた?こいつはそんなにも悪いことをしたっていうのか!?


 いいや、していない。

 じゃあ間違ってたのは俺……なのか?


 俺はそんなこともわからない、馬鹿な人間だったのか?

 ……そもそも俺が許せない、憎いと思った、一番最初の気持ちは何だったんだ?


 ――会長が、優佳さんが、こいつに取られたことが悔しかった。

 ただの……嫉妬だった。



「……はい、気を付けます。忠告、ありがとうございます」


「…………御、忠告だ」


「はい、御忠告、ありがとうございます!」


 纏場は、笑みさえ作って、俺に礼を言った。

 その顔を見て、俺は今更ながら悟ってしまった。


 ……纏場は何も悪くない。


 纏場は一度痛い目に遭うべきだと、自分勝手に思っていただけ。

 そして俺が勝手に暴走して、どうしようもなくなり後に引けないなんて思いこんだ。


 こいつだって理不尽な言いがかりをつけられ怒っているはずだ、精神的に参ってるはずだ。

 それなのに何故、俺なんかに感謝の言葉をかけることなんて出来るんだ?


 お前に不要な仕事を押し付けて、無能を曝け出させようとした。

 本当は分かっているのだろう?ただの嫌がらせだったって。


 お前だって納得のいかない顔をしていたじゃないか。

 火事の件だってそうだ、俺はお前の管理問題を前に出して会議で恥を掻かせようとした。


 その時だってお前はただ黙って、俺の言う事を聞いていた。

 俺に対して好意なんて欠片もないだろう?


 それなのに何故。


 なんでお前はそんな顔を、俺に向けることが、出来るんだ……?


 纏場が後輩で、俺が先輩だから……?


 はは、そうか。


 ……纏場は敵でもなんでもなかったのか。


 大切な生徒会の、一員だったのか。


 俺の、仲間、だった。



「纏場……」


 出来ない…………。


「……副会長?」


 もうすべてが手遅れだ。


 そんなことは分かっている。


 だけど、無理だった。


 纏場に罪を擦り付けるなんて、俺には、やはり、出来ない……



「………………すまなかった」


 俺はすべてを白状する他なかった――


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