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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
4章 五年前――思い出になる前の、記憶
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4-13 連鎖


 二階堂傑の顔色は優れなかった。


 色白い肌を綺麗と言われることはあるが、血の気が無い色となってしまえば、

それは不健康と見られ、ことあるごとに指摘されるとますます精神的な疲れが溜まっていく。


 金庫から予算を奪ってから、二日が過ぎた。

 現在は昼休み中ではあるが、昼食は喉を通らなかった。


 壁に手を付き二階堂はこれまでに体験したことのない、不安の渦に押し潰されていた。


 ――自分の事には、これまでずっと自信があった。


 他者より頭の回転が優れていることも自負していたし、

教師たちの評価も上々、副会長としての仕事もそつなくこなせている。


 冬休みに入ってからはイギリスにあるジュニアハイスクールとの交換留学生として、夕霞を代表する生徒として赴くことにもなっていた。


 子供の頃から英語を習っていた彼にとって、それは不安よりも期待の方が強かった。

 自分を試すことが出来る、新しい挑戦が出来る、より自分が高いところに進むことが出来ている。それがたまらなく気持ちよかった。


 進路についても都内の進学校へ推薦で行けることはほぼ決まりで、不安など何もない。

 言うなれば後は時が進むのを待つだけだ。


 時が進めば進むほど、実力のある自分は評価され、大きな影響力を持つ存在になるのだろうと、そんな実感さえ持っていた。


 ……だが今、社会の最底辺のヤツに弱みを握られている。

 反社会的な存在に自分が屈するなんて、考えもしなかった。


 あの時公園で囲まれた時の恐怖。

 腹を殴られた時の嘔吐感、自分の意思とは裏腹に震えあがる体。


 両親に問い詰められないよう、制服は自分でクリーニングに行った。

 あまりに惨めだった、自分が積み上げてきたもの、自信とはなんだったのかと思い知らされた。


 挙句の果てに脅されて、彼らの言いなりになってしまった。

 二階堂はその日の内に金庫から文化祭の予算を持ち出した。


 生徒会予算の保管している金庫は一般的なダイヤル式のものだった。


 金庫のロックナンバーは把握していた。

 我が生徒会ながら愕然たる事実だが、先日に目を通した一昨年の資料に、堂々と金庫のロックナンバーと開け方がメモとして残されていた。


 そうして犯罪に加担した。

 いや、立派な実行犯だった。


 一番傷つけられたのは自尊心であった。

 二階堂が本当に自信を持っていたのは、自分を善だと認めていたからだった。


 親の期待に応え、先生の期待に応え、優秀な成績を収めて褒められる。

 それだけで周りも自分も満足出来たし、楽しかった。


 余裕があるからこそ後輩を手伝ってやることも出来たし、

ケガをした生徒を保健室に運んだりもしたし、クラスメートに勉強を教えてやりもした。


 そんな周りに必要とされる自分はまさしく「良い人間」であったし、その自負があったからこそ、彼は二階堂傑であり続けられた。


 だから彼は今、自分自身が何者なのか分からなくなっていた。

 ――自分を見失っていた。



「副、会長……?」


「うわっ!!」


 飛び上がるほど驚く。

 ……そこにいたのは、纏場だった。


 纏場は不安に淀んだ顔をしていた。

 当然だ、そうさせたのは俺なのだから。


 先日まで存在を思い出せば腹を立て、妬みの中心にいた人物。

 理由なく過剰な仕事を与え、意識して冷たい言葉を選んだ相手。


 だが今となっては彼には罪悪感しか湧き上がらない、最も顔を見たくない人物だった。


「大丈夫ですか?顔、真っ白ですよ?」


「あ。ああ……問題ない、気にするな」


「なら、いいんですが」


「……」


 会話は続かない。

 当然だ、元々纏場とは談笑する間柄でもない。


 それどころか昨日、容疑者の候補として纏場の名前を上げ、先生方の自白の強要の場に連れてきたのは俺だ。

 そんなお互いの立場を鑑みれば、ここで昼休みが終わるまで談笑することなどありえない。


「その、予算の件なんですが」


「……ああ」


 もしかしたら、彼は真相に辿り着いて俺を糾弾しに来たのかもしれない。

 そんな、妄想にさえ取り憑かれる。


「まだ見つかってはいません」


「そうか」


 心の中で安堵のため息をつく。

 ……けど同時に自問する。俺は今の話を聞いて安心したのか?何も解決していないのに?


 罪悪感は泥水のように胸の中を濁らせ、二階堂の嘔吐感を煽る。

 しかしその不快感を圧しても尚、役割を果たすべく……纏場を追い込むような言葉を選んでいく。


「――纏場、明日の放課後におそらくまた尋問が行われる。その時にはしっかりと犯人をその場に連れてくるように」


「……」


 纏場は軽く俯いたままであった。

 自分が先日のような心持であったら、この様を見て嘲笑えるだろうか。


 あくまで状況証拠から鑑みて、副会長という人間は纏場を疑っているはずで「お前が犯人なら自白しろ」という意図を込めて接するだろう。


 それが自分が取るはずの態度。

 だがそれを非道と感じてしまうのは、常日頃自分が非道である人間であるからなのか、とまた思考の沼に嵌っていく。


「副会長」


 纏場はまた俺を呼ぶ。


「必ず、犯人を探し出して見せます」


 少し、いや相当にぎこちない笑みを浮かべ、彼は自分が無実であると言い張る。


「あ、ああ……頼む」


 そんな纏場の顔を見ていられず、そのまま踵を返し纏場の視線から逃げる。

 まるで追い詰められた犯人がそうするかのように。


 纏場にあんな顔をさせているのは俺だ、それがまた罪悪感で心がいっぱいになる。

 ふと笑い出してしまいたい気持ちになった。


 先日まで仕事を押し付けて身の程を分からせてやろうと考えていたのに、

いざ罪を押し付けてやろうとすると、それには申し訳ない気持ちを湧かせる自分が滑稽だった。


 解けない難問にでも当たってしまった心持ちだ。

 いっそのこと罪を押し付けて、纏場が罰せられてしまえば、この気持ちは楽になるのだろうか?



 ……金庫から取り出した金は二階堂の自室に隠してあった。


 すぐに奴ら……牛木に渡してしまい責任逃れをしたい気持ちもあったが、

それを渡してしまったら、越えてはいけない一線を越えてしまうことになるだろう。


 だから金は持ち出しはしたが、それを奴らには言わなかった。


 予算紛失の件は、まだ職員室の中だけでの問題となっている。

 先日の火災の件と合わせてあまり大きな問題にしたくない、という学校の狙いで。


 けれど金が見つからなければ流石に警察沙汰とならざるを得ない。

 火災に盗難、学校のイメージが悪くなることは避けられないだろう。


 生徒でこの件を知っているのは鍵の管理を出来た纏場と、

『たまたま騒ぎとなっていた職員室に顔を出してしまった』俺だけであった。


 生徒会長にすら知らされて……知らせていない。

 だがこのことが公になるのは時間の問題だ。


 文化祭まであと二週間。


 予算が分配出来ない状況になれば、生徒への周知、警察への被害届、

学校側で代わりの金額を捻出する事は難しく、最悪は文化祭の中止といった事態になりかねない。


 ……今からでも遅くはない、俺は金を戻すべきだった。


 だが、金を渡さなかったら俺は放火の容疑者として牛木にでっち上げられるだろう。そうなったら俺は破滅だ。

 周りからの評価も、交換留学生の話も、推薦の話もすべて水泡と帰する。


 俺は金を渡して、元々の望み通りに纏場を生徒会から追い出せばいい――

 そう考えた瞬間、込み上げる嘔吐感を我慢出来ず、今日何度目か分からない化粧室に向かうのであった。


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