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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
4章 五年前――思い出になる前の、記憶
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4-8 ちゃんと仕事してますよ?


「副会長!これはどういうことなんですか!?」


 纏場諭史を合同企画の任に就かせて早三日。

 俺――二階堂傑は女生徒に好意以外の感情を向けられるという、初めての体験をした。


 女生徒は常に俺へ好意を寄せてくる者がほとんどだったし、

相手は例外なく笑顔を伴っていて、ロケーションも体育館裏や屋上への呼び出しが大半であった。


 けれど目の前にいる女生徒は、般若のような顔で俺に言葉を叩きつけている。


 いつもと違うことが起きている。

 咄嗟にそう判断した俺は、来たるイレギュラーを予感して心を引き締め直す。


 しかし冷静沈着を座右の銘とする俺にとって、

女性に詰め寄られて注目を集めるなど、万に一つもあってはならないことであった。


 だが事は既に起きてしまった。

 ならばそれを冷静に対処し、現状を回復させることが第一優先すべきことであろう。


「――それで、どうしたんだい?」


 努めて落ち着き、出来るだけ穏やかな声のトーンを意識しながら問いかける。


「どうしたもこうしたもないですよ!

なんでBクラスとEクラスの合同企画に、一年生のサポートなんかつけてるんですか!?」


 なんだ纏場の件か、事の軽さに肩を落とす。


 大方、もう板挟みに耐えきれなくてほころびが生じたか。

 もしくは発生したトラブルの間に入ろうにも、相手にされずにぽつねんと教室の脇で立っているかのどちらかだろう。


 問題はどちらでもいい。

 俺としてはヤツを合同企画の専属にしたのは、生徒会室から追い出したかったに他ならない。


 なぜ、会長はあんなに纏場の肩を持つのか。


 ヤツに仕事が出来ないのは明白だ。

 会長が側に置いているのは、昔なじみの知り合いだから温情でいさせているだけだ。


 能力のないヤツに生徒会室に居座られるのは邪魔だ、それに頭の悪いヤツが会長と話していること自体が我慢ならない。


 あれだけ立派な人が矮小な纏場に肩入れしているのが気に入らない。

 そしてなにより纏場のせいで、俺と会長の話す時間が減るのが――許せない。


「――なにかトラブルでもあったのか。それとその一年は纏場と言ってだな、

合同企画の考案者で個人的な責任においてサポートに入っている、したがって今回のトラブルに生徒会は……」


「ズルいですっ!うちにも彼を貸して欲しいです!」


「……ん?」


 なにやら、予想と違う反応が返ってきた。


「だから!その纏場クン!

もうBとEクラスは文化祭の作業に入りだせてるらしいんです!でしたらウチのクラス、2Aの相談にも乗って欲しいんです!」


「……?」


 その時、Aクラス(らしい)女生徒の後ろから駆けてくる生徒たちの姿があった。


「あ、ちょっと、Aクラス!抜け駆けなんてずるいわよ!」


「ウチのDだってまだ企画の内容に一部で不満が出ているんだ、遅れを取り戻すためにぜひ協力して欲しい」


「それよりウチのCクラスに先に協力してくれよ、B・Eと同じ飲食だし話が早いだろ」


 目の前で勝手にガヤガヤ騒ぎ出す二年生のクラス代表。


 いずれも言っていることは自分勝手だが、

彼らが目の前で揉めているのは、送り込んだ役立たずの取り合いしているということらしく……


「おいおい、ちょっと待て君たち。

いま俺の聞き間違いかもしれないが、もうBとEクラスはもう文化祭準備の作業に入れていると言ったのか」


「ええ、まだ作業を始めたばかりのようですが、

資材や器具の調達も軒並み終了しているようで、ウワサでは一週間以内には全工程が終了するみたいです」


 あと一週間だって?

 そんなバカな、まだ文化祭までは三週間もあるんだぞ?


 少なくとも文化祭準備は一か月前から随時始まり、

開催三日前から授業を停止して、その期間に教室内の飾りつけを行う。


 そうでなくとも飲食の出し物を行う際は、

毎年町内の飲食店に宣伝と挨拶回りを兼ね、調理器具のレンタルをするという風習がある。


 それに教室内の装飾に必要な予算だって、まだ受け渡し前で先に買い出しに行くことも出来ないはずだ。

 纏場に担当を任せてからまだ三日、流石に話が早すぎる。


「……なにか逆に問題がありそうだな、少し調査する」


「調査なんていいですから!それよりいますぐにでも纏場クンを貸してください!」


「だからここは一番遅れてるDクラスに協力するのが先だって……」


「あーもうめんどくさいから、直接纏場に話しつけてくるわ」


 そう言って我先にと、俺の前から去っていく二年達。

 こちらにはまったく興味を見せず、追いやったはずの役立たずを求めて。


 ……己の内に、初めて沸き上がる強い感情があった。

 負けたくない、悔しい、それは嫉妬にも近い対抗心と呼べる感情だった。


---


 僕は、頭が良くない。

 それは二階堂に言われるまでもなく、自覚していることだった。


 だから僕に出来ることは決して多くはなかった。

 それは現場での力仕事や、時間をかけてこそ出来る情報の整理、それと生徒会側でなければ出来ない協力だった。


 僕は合同企画担当を任された翌日、資料室を訪れ過去の模擬店の運営について調べてみた。

 そしたら五年ほど前の資料に、興味深い中華模擬店の記録があった。


 その時に協力してもらった店舗の名前は紅龍。

 そして店舗から機材レンタルをした三人の中に、ショウという生徒の名前があった。


 その名前には心当たりがあった。

 だってBクラスの文化祭担当の中にいたんだ、肖という先輩が。


 話をしてみると文化祭担当の肖先輩は、五年前の紅龍を訪れた肖さんの弟にあたることが分かり、紅龍は両親が経営している店舗であることが分かった。


 肖先輩は自分の家が中華料理屋を経営しているということを、みんなに隠していた。


 模擬店をやることが決まり、自分の家が飲食店を経営しているということがわかれば、自分に白羽の矢が立つのは明白だろう。

 そうしたら自分はクラスのために協力してくれって親に頭を下げなければいけない。それがどうにも嫌だったようだ。


 ……その気持ちは正直わからなくもない。

 だって僕らの年齢にしてみれば、親にそんな頼みをすることがイヤでイヤでたまらない人だっている。


 肖先輩も言っていた「オレが調理器具を貸してくれなんて言ってみろ。

あいつらはわざとらしく困った顔をして、しょうがねえなあとか言って得意げな顔をして『息子がいつも世話になってます』なんて言いやがるんだ!」って。


 と、そんなことを言われたけど背に腹は代えられない。

 最終的には肖先輩にそれを飲んで頂き、翌日には先輩のご両親に挨拶をして調理器具のレンタルに快諾を頂けた。


 もちろん、やることはこれだけではない。


 毎年、宣伝の目玉となるのは廊下側で教室周りを彩る装飾である。

 我らがB・Eクラスはベニヤ板を前面に張り出す装飾を予定していた。


 けれど買い出しの予算が割り振られるのは二週間前、だからその作業を前倒しするのは実質不可能なんだけど……


「――纏場クンってさ、彼女とかいんの?」


「いませんよ。というか僕らの年で彼氏彼女とかって、いるもんなんですかね」


「え~?別にフツーでしょ?コイに年齢は関係ないしぃ?」


「僕もその通りだと思います。あ、先輩そっちのベニヤ板を持ちあげてください」


 僕の頼みに「あいよー」っとフランクに接して頂いているのは、Bクラスのマドンナこと北条先輩。


 僕達はいま旧体育館倉庫にいた。


 夕霞中は近隣のベッドタウン化が進み、急増した人工を受け入れるため一度増築を行っている。

 主に校舎と体育館が増築が行われ、体育館内には新しい倉庫が追加された。


 旧体育館倉庫は体育館の脇にあり、取り壊しても費用がかかるということでそのままにされており、

現在は体育用具とは関係ないものを仮置きする倉庫となっていた。


 そしてそこには、以前の文化祭の備品がいくつも置き去りにされていた。

 使用済みのベニヤ板や造花、それとまだ使用されていない色紙など、僕らにとっては宝の山でしかないものがたくさん眠っていた。


 それを利用する際には、本来であれば学校や生徒会に相談が必要だ。


 けれど僕は生徒会の一員だ。

 おまけに会計の立場なので、学校の承認も二つ返事で取れ、これらの資材をリサイクル出来ることになった。


 これを使用することで予算の負担を少なくすることが出来るが、

他のクラスとの公平性を保つため、ほぼ新品で残っている資材については他のクラスと分配されることになる。


 けれどそこにはあってもしょうがないものもある。その一つが使用済みのベニヤ板だ。


 既にペンキが塗られた後のベニヤ板なのだが、

調べたところ近所の廃品回収業者で、十枚のベニヤ板と新品一枚を交換してもらえることがわかった。


 けれど当然それは大した量にはならない、手に入れたのはたった三枚だ。


 そして僕が次に電話したのは市役所。


 狙いは先月の市長選で使用されていた選挙ポスターを張り出していたベニヤ板。

 なんとそのベニヤ板は処分されていなければ、無料でもらうことが出来るのだ。


 そして手に入れたベニヤ板は八枚で合計十一枚。

 あとはペンキさえ残っていれば完璧なのだが、さすがにそこまでは無料で手に入れることは出来なかった。


 ただベニヤ板だけでも手元にあれば、デザインの下書きを先に済ますことが可能だ。

 そのような段取りで予算分配前ではあるが、概ね、今後の方針と下準備だけは終わってしまったのである。


 あとは買い出しに必要な物資の一覧を作れば、僕にできることはすべて終わり。

 残るのはB・Eそれぞれのクラスにて、進捗通りに作業が進めることのみ。



「北条先輩、ありがとうございます」


「ん、これはこのあたりに置けばいいのね~?」


 そう言って旧倉庫の床に最後のベニヤ板を配置する。

 現在、旧倉庫には足の踏み場も無いくらいのベニヤ板が敷き詰められている。


 なぜ床に敷き詰めているかというと、ベニヤ板のデザインをするため。

 流石にベニヤ板のデザインは場所もたくさん使う大掛かりの作業で、通常であれば授業停止期間に入ってからでないと不可能だ。


 大抵の場合、椅子や机を片付けた後の教室内で行うのだが、

それをショートカットする方法として、資材を搬出した後の体育館倉庫でやってしまおうと思い立った。


 ……正直、これは反則に近いワザだ。

 けれど悪いことはしていないし、初の合同企画だから多少の優遇措置……って誰かに聞かれたら答えるつもりだ。


「やあ北条さん。ベニヤ板の設置、お疲れ様」


「あっ、木南ク~ン!お疲れ様っ」


 後ろから爽やかな声が聞こえたと思うと、

先程とはガラっと声質を変えた北条先輩が、大胆にも木南先輩の腕を取って迎え入れる。


 この二人こそが今回のクラス合同をまとめるためにキーマンとなった、B組のイケメン木南きなみ先輩と、E組のマドンナ北条先輩だ。

 元々クラスに対して影響力の強い彼らが、率先となって意見の汲み上げを行ってくれたからこそ、今回の話はスムーズにまとまった。


 木南先輩は旧倉庫内に配置されたベニヤ板を見て「お~」と声をあげる。


「纏場くん、キミ一年生なのにすごいね」


「いえ僕は裏方で出来ることをしただけです。

お二人がクラスをまとめてくれなかったら、僕はまだクラスの意見に板挟みだったと思いますよ」


「いやいや、こんな行動力がある人は僕らの学年でもいないって。

お金もないのにここまで揃えちゃうし、買い出しする物までリストアップしてくれて……本当に助かるよ」


「はは、恐れ入ります。それでは先輩方、作業の方はお願いしますね」


「もちろん!流石に作業まで手伝ってくれというのは厚かましいからね」


「ありがとね纏場クン、希望があればいつでも女の子紹介してあげっから!」


 先輩たちは僕の挨拶もそこそこに、旧倉庫内での作業に入っていった。


 ……彼らは合同企画の作業を管理するツートップになってもらった。

 最初は「なんで自分たちが……」と難色を示していた。誰だって代表にされるのが嫌なのは当然だろう。


 だから二人が食いつきそうな条件をぶら下げてみた。

 今回の旧倉庫という”密室”の作業環境であることと、授業停止期間までは”二人きり”での活動が多くなる。


 この二点を伝えたところ二人は意味深な目配せをし、快諾してもらえた。


 ……とは言っても二人に間違いを起こされると僕としても困るので、

放課後の作業には有志で何人か手伝うようにクラス側へ伝えておいた。


 ”二人きり”の部分に対して若干の契約不履行になってしまうが、それはこちらでのリスクヘッジということで大目に見て頂きたいなあと思う。


 それと正直に言うと、期間前にそれほど作業が進行するとは思っていない。

 テスト前とおんなじで追い込まれないと本気が出ないのは仕方のないことだ。


 その時に全然進んでないじゃんと後ろ指差されるのは彼らなのだ。

 僕はあくまで精一杯お膳立てはした、そのことで僕が咎められなければ僕としては万々歳なのである。


 ――ここまで出来ていれば、任された役目はおおよそ達成したと思っても、いいんじゃないだろうか。


「ふう……」


 僕は旧倉庫を後にしながら、放課後の喧騒の中、空を仰ぎ見ながら一息つく。


 うまく、いったはずだ。


 手ごたえはあった。


 どこまで出来るかは僕にだってわからなかった。

 でも出来ないなら出来ないなりに、ツメが甘くならないように徹底的に調べた。


 正直やったことと言えば過去の資料を調べ、それをそのまま丸写しするような形で進めただけだ。

 真新しいことはなに一つしていない。 


 それがこの結果だから、なるほど。

 先人と知恵というのは馬鹿にしたもんじゃないな、と実感出来た。


 OBの協力がない状態で文化祭を進める点に疑問を感じながらも、

実際にやってみたら確かに過去の資料で大体のことはできてしまうんだな、と傲慢にもそう思えた。


 それをしっかり後世に残すということも、いまの僕なら納得した上で取り掛かることが出来るだろう。



「サトシ、お疲れ様」


 頬にヒヤッとした感触があり、驚いて仰け反った先に……


「優佳……」


 そこには片手に缶コーヒーを持った、優佳の姿があった。


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