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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
4章 五年前――思い出になる前の、記憶
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4-7 勢いあまって 


「わたしはっ!まだ納得いってないんだからねっ!」


 毎度、優佳が文句を言って始まる帰り道タイム。

 けれど先日までは決まって夕焼けだったこのイベントも、帰るのが遅くなるに連れて一番星の見分けがつかない時間にまでなっていた。


 近年、学校近くの街灯も蛍光灯からLED電球に変わり、薄く青みがかった白光が僕達の帰り道を照らしている。

 そんな光の照らす道を、我が相棒こと生徒会長様は頭からプンスカと湯気を出し、少し肌寒くなった道を歩幅広くズンズカ進んでいた。


「だから、悪かったって言ってるだろ……?」


「悪いと思ったって今更どうしようもないじゃない、もう撤回するわけもいかないのに!」


 話題はもちろん先ほどの話し合いだった。


 我らが生徒会長の承認の元、会計であるはずの纏場諭史は、二クラス合同企画の専属文化祭実行委員になったのである。


 けれど先ほどお決めになられたご本人は、自身の決定に承服しかねる点があるらしい。


「そもそも二階堂君もなんなの~!?

サトシ一人任せようなんて言い出すのも意味が分からなければ、それをオッケーしちゃうサトシも意味わかんない!」


「そうそう、僕もあいつがそんな仕事を押し付けてくるなんて驚いたよ」


 いままでねちっこい言い方をしたり、必要以上に馬鹿にしてきたりすることはあっても、仕事を押し付けてきたのは、今回が初めてだった。


 あいつは失敗をなにより嫌う。

 だからこそ自分がいる生徒会で、例え嫌がらせだったとしても仕事を任せるなんてことは一度たりともなかった。


 それが今回に限って、その禁が解かれた。


「確かにね?いままでにはやって来なかったことだし、

きちんと監督指導は必要だと思うけど、わざわざ数少ない生徒会委員を一人割いてまでやることじゃないと思うの!」


「はは……」


 僕は優佳の愚痴に空笑いで答えるしかない。

 だって形だけ見ると、最終的に僕は二階堂に賛成したことになるのだから。


「そりゃ二階堂君はいつも的確な判断をしてくれるし、

今回も間違いってわけじゃないけど、あんな押し付けるような言い方しなくてもいいのに」


 優佳はいまだにプリプリ怒っていた、怒ってくれていた。

 僕に回って来たように見える、貧乏くじに。


「怒ってくれて、ありがとう」


 僕はその言葉を口にするつもりはなかった――が、自然と零れてしまった。


「怒るに……決まってるじゃない」


 優佳は俯いて、目の前に転がってる小石を蹴飛ばした。


「でも、わたしが怒ったって怒らなくたって、関係ないんだよね。

きっとサトシはわたしのお願いなんか聞かないで、勝手に歩いて行っちゃうんだ」


「そんなこと、言わないでよ」


「やだ」


「やだ、って子供じゃないんだから」


「イヤなものは、イヤなの!」


 優佳は絶賛、ひねくれモードに入っていた。

 こうなると、ちょっとめんどくさい。


 でもそうなってしまうのはわからなくもなかった。

 先日の朝礼の時に、優佳が胸を張っていた姿を思い出す。


 僕はあの時、自分の知っている優佳との違いに大きく心がざわめき立った。

 だからいまの優佳は、先日の僕と同じなんだ。


 いつ、相手が自分の知らない誰かになって、どこかに行ってしまうような、そんな不安。


「僕はどこにも行かないよ」


「ウソ」


「ウソじゃない」


「ウソ!」


「僕だって優佳が離れて行ったらイヤだ、だから僕も優佳から離れない。約束する」


「……」


 優佳は黙ったまま――いつの間にか僕のブレザーの裾を握りしめていた。


「怒ってくれて……ありがと。

優佳がいつもそうやって心配してくれるから、僕は安心して無茶ができる」


 照れ臭いのを我慢して、本当のことを少しだけちらつかせた。


「……あんまり、勝手なことしないでね」


「うん、でもそれはお互い様だろ?」


 僕はそういって優佳の頭を小突く。


 優佳は軽く頬膨らませ、上目遣いで瞳合わせたかと思うと、少しだけ笑ってくれた。

 その笑顔を見つめていると、安心すると共に「優佳って綺麗なコだな」と改めて気づかされる。


 繊細な睫毛に白金の髪、それと華奢な躰を見ていると、

いつかは消えてしまうのではないか、潰れてしまうのではないか心配になる。


 ――そして、そんな彼女に支えられている自分。


 優佳が僕を見ているから安心出来る。

 いつでも僕の帰る場所になってくれている。


 優佳に僕はどうしたら、それに報いることが出来るのだろう?

 そんなことを思っていると、口は自然と動いてしまっていた。



「僕はね、優佳。君を守れる人になりたいんだ」


「…………え?」


 優佳の顔が、少しずつ、本当に少しずつ赤に染まっていく。


「いつもいつも優佳には助けられてきた、でも、いつまでもそんなんじゃ駄目なんだ。

実は、生徒会に入ったのだって……優佳を支えたかったからなんだ」


 先ほどまで寒いと感じていた秋の夜も、

いまは自分の内から上がってくる恥ずかしさの熱で、心が焼け付きそうだった。


「優佳とはこれからもずっと一緒にいたい。

でもいまの関係のままじゃ駄目なんだ、僕はこれでも男だから、いつまでも女の子に守ってもらうなんて耐えられない」


 二階堂が投げてきたこの仕事だって、本当は理不尽そのものだ。

 でもそれに不満を言っているようじゃ、生徒会長を守ることなんか、支えることなんてきっと出来やしない。


 だから文句を言わずに立ち向かって、それを達成させる。

 二階堂を、優佳を、見返してやれるようになる。


「優佳と同じフィールドに上がって、同じ景色を見たいんだ。

昔から憧れていた優佳の背中にも少しでも近づきたい。そしてこれからも道を違えることなく、ずっと」


「サ、サトシぃ……」


 優佳は目に涙をいっぱい湛えていた。


「わたし、わたし……嬉しい、よぉ……」


 もう声はボロボロになっていた、裾を握っていた手はいつの間にか背中に回されていた。

 そのままグジグジと僕の胸元に顔を押し当てて、水分をいっぱい擦り付けてくる。


 それがなにやら小動物のようで可笑しく、くすぐったい。


「サトシぃ……うう~」


「もう、なに泣いてんだよ」


 暖かい気持ちと、胸を刺すような気持ちで板挟みになって、自然と口元に笑みが浮かぶ。


 それはいままでに感じたことのない不思議な気持ちだった。

 自分の中で大きかった”優佳”という存在が、形をまた大きく変えてしまった、そんな気がした。


「わたしもね、わたしもサトシのことが好きぃ……」


「うん、ありがとう」


「サトシぃ……ねぇ、顔ぉ……」


「ん、顔がなに?」


「もう、こんな時にからかわないでよぉ……顔が高いのぉ」


「……うん?」


 なにやら優佳にせがまれているようだが、僕にはピンとこない。


「だ、だからぁ、キ……」


「キ?」


「キス、したい、よぉ……」


 優佳が、拗ねるような声でそう言った。


「は?」


 僕達の目の前を、一枚の枯葉がひらひらと舞い落ちる。


「なんで?」


 僕は素で聞き返した後、自分のさっき口にしていた言葉たちを、反芻する。


「あ…………」


 そして僕はその可能性に気付く。

 これは……もしかしなくても、やっちゃってる?


「え…………サトシ、もしかして、なんだけどさ」


 ……優佳にその先を言わせたくない、そして僕も聞きたくない。


 優佳の誤解は、きっと誤解じゃない……

 僕が徹底的に伝え方を間違えてる……客観的に、いまのやり取りを見れば、誰だって、そう思う。


「え、ウソ?やだ……え、ホントに?」


 優佳の顔の赤が、嬉しさと恥ずかしさの赤が、そのまま怒りの赤に変わっていって……


「サトシ……あのさ、一応聞くけれど、わたしの 勘 違 い かもしれないけど」


 え、やだ、無理無理、怖い……


「わたしってサトシの…………なに?」


 僕はどう答えようとさんざ悩んだ挙句。


「えと、すいませんでした」


「バカーーーッ!」


 そうして響く乾いた音と共に、僕の頬には人工のモミジがしばらく形取られるのであった……


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