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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
4章 五年前――思い出になる前の、記憶
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4-4 縁藤姉妹


「ってなわけで諭史、会長紹介して欲しいんだわ」


「何度も言ってるけど、絶対無理」


 程よい空腹に苛まされる三限後の休憩中。

 僕は今日三度目になる一岳の依頼を突っぱねて、四限の用意をする。


「べっつにいいじゃんかよ?

会長にその気がないんだったら、振ってくれりゃあ終わりじゃん?」


「馬鹿、お前の先輩だろ?

そんな振られてハイそうですか、で終わるような人種じゃないだろ?」


「ははっ、人種ってヒドイ言い分じゃんお前?それこそセンパイに言いつけっぞ」


「僕のことはいくらでも言いつけていいけど、絶対に優佳を紹介したりしないからな?」


「お前、頭が硬いねぇ~」


 一岳は頼み込んでる側にも関わらず「ぶっちゃけイエスでもノーでも構わない」というスタンスだ。



 クラスの中、いや学校中は生徒会の話で持ちきりだった。


 話題の中心はもちろん会長、こと縁藤優佳だ。

 先日のスピーチを経て、ようやく優佳が会長になったことを心から納得できたようだ。


 というのも夏休み前まで、優佳が生徒会長になるとは誰も思っていなかった。

 それまでの会長有力候補は二階堂傑、彼ひとりだけだった。


 しかし彼は立候補をせずに、あろうことか縁藤優佳の推薦人に名乗り出た。

 立候補者が他にいなかったため、そのまま優佳が生徒会長に当選した。


 けれど二階堂に比べて表舞台に立つことが少なく、

優佳を知らない生徒たちも多かったので、本当に適任なのか疑問視する声も多かった。


 だがそれが昨日のスピーチを聞き、その疑惑は霧散した。

 誰もが優佳の動向に目をかけ、期待し、憧れの視線を向けている。


 いまや優佳は夕霞中の時の人となり、生徒会という組織そのものに期待が高まっている。



「ま、いいや。センパイには適当に断わっとくわ」


「悪いな」


「悪いと思うくらいなら受けてくれや」


「それは無理」


 一岳は僕の拒絶を聞いて、心底愉快そうに笑う。


「あれか、お前もやっぱ会長に惚れてんのか」


「優佳はそんなんじゃないよ、幼馴染で……」


「べっつにそんなの関係ないじゃんよ。

あんだけ可愛くて仲良いなら、惚れてもしょうがないって思うぜ?」


「仲良いってより、昔から一緒にいるだけだ」


「にしては会長はお前にべったりに見えるけどな?」


「それは穿って見過ぎ」


「でも昨日よ、会長と腕組んで帰ってたろ?」


 僕は後頭部から背中にかけて、サーッと血の毛が引いていく。


「一岳、お前見てたのかっ!?」


 一岳はその僕の反応を見て、腹立つくらい目尻を嫌らしく歪ませ。


「お、ビンゴ~!?言ってみるもんだねぇ?」


 指を鳴らして人差し指を向けられ、僕は自分が墓穴を掘ったことに気付く……


「ウチの連中がたまたま夕霞中の近くを通っててな?

なんか抱き合ってるカップルを見たって、それが夕霞中の男子なのは制服で分かったらしいんだけどな?」


 僕は固唾を飲んで、一岳の言葉を待つ。


「その相手が、金髪の小学生って話でよっ」


 一岳が下卑た笑みを浮かべる。


 小学生、それは確信して言ったわけじゃないだろう。

 単にそう見える背丈の女のコだ、って話で……


「話だけ聞いて女の方は会長だろうと思ったから、こりゃいいスキャンダル掴んだ!と思ったけどよ?

相手が諭史じゃぁ義理難いオレっちも迂闊に口は開けねぇなぁ?でも、諭史がこ~も分かりやすくキョドっちまうとはねぇ?ハハッ!」


 一岳が僕の肩をバンバン叩きながら、けたたましくクラスに笑い声を響かせる。


「おい!隠すつもりあるんなら、もう少し小さな声でしゃべれよっ!」


「お!?悪ィ悪ィ、でもお前ら抱き合うほど仲ならもう後に引けなくね?会長のファンとかにバレたら刺されんぞ?」


「あれは抱き合ってたんじゃないっての、強引に……腕を取られただけだよ」


「なっんだよ、それ!あの会長からいったとか、余計にヤッバイだろ~!」


「だから声でかいっての!」


 一岳はいちいちオーバーリアクションをしてみせる。

 バレたら刺されるとか言いつつ、コイツ自身がバカでかい声でのべつ幕なし喋り散らす。


 逆にいつも五月蠅いだけあって、遠巻きに見ているクラスメートも「また一岳が騒いでる……」くらいにしか思われないんだけど。


「もちろんこのことは男同士の秘密だ、でもまぁその代わりと言っちゃなんだが……」


「わかってるよ!……牛乳一本でいいか?」


 一岳は今日の給食の献立を眺める。


「今日のメシは……シケてんな~情報の重さ考えたら一本じゃ見合わねぇな。

よし、帰りのコンビニでジューシー照り焼きマンだな?」


「はぁ、もう好きにしろよ」


 そういうと一岳はまた指を鳴らし、無駄に流暢な発音でYEAHHH!と騒ぎ始める。


 本当に、やかましい奴。



 一岳はここら辺の学校ではそこそこ有名な奴だ。


 が、一岳自身が有名というわけでもない。その牛木って苗字が有名だった。


 一岳には少しばかり、素行がよろしくない兄がいて、

同系統のお友達が多数いらっしゃり、尚且つ一岳もその仲間と絡んでることが多い。


 先ほど話に出てきた「センパイ」や「連中」ってのは、そいつらのことを言っている。

 牛木兄は学校間も跨いたそっち系のグループを形成していて、他校のふりょ……先輩たちにも顔が利く。


 数百人とも言われるそのグループの頂点に立つのが、一岳の兄、牛木先輩である。


 さっき口にしていた”センパイ”は夕霞中の三年らしいが、

彼らに属するグループの一人と考えると、優佳を紹介なんてしたくないと思うのが普通だ。


「じゃこの件はここまでにしとくぜ、ダチのよしみでな!」


「ふざけんな、取るもん取っといて友達面しやがって」


 文句を口にしながらも、僕は一岳のことが嫌いなわけじゃない。

 いままでこう愉快というか、男臭い奴は周りにいなかったから、こうやって馬鹿な知り合いがいる、って状況がちょっと楽しかったり。


 なんだろう、THE男子学生?みたいな?


 牛木先輩やガラの悪い連中のことを考えると、

深く付き合わない方が賢明なんだろうけど、こいつとは上手く付き合っていけるんじゃないかって思っている。


 正直、一岳はバカ過ぎてそんな「本物の悪いヤツ」と言うものとは結び付かないし、

こうやって中華まん一つで大騒ぎするような奴が、根っからの悪人だとは思えない。


 不良というファインダーを通して、友達をみたくない。

 付き合ってる友達がワルだからって、本人もワルだなんて思いたくはなかったから。


 ――予鈴が鳴り、教師が入ってくる。

 一岳は自席に戻ると、速攻で眠りに落ちていた。……大したものだ。


 そして僕は先ほど一岳に指摘されたことを、担任の声をBGMにしながら反芻する。



 ……僕は優佳に惚れてるように見えるのだろうか?

 だけど僕自身、優佳にそういう気持ちを抱いてるとは思っていない。


 ただ、気持ちがないことに気付けた理由は、別の人間にそういった感情を持ったからだ。


 一岳にはそこまで説明してやる義理はないし、説明してやる必要もない。

 そりゃ優佳は可愛いし、放っておけない存在だ。


 付き合いも長く一緒にいて、楽しいし、飽きないし、これからもずっと続いていく関係だって信じている。

 ……ただ、永遠に続く関係がないことを知ってしまった。


 レイカ。


 彼女は中学に入ってから顔を合わせることが少なくなった。

 もちろん入学したての時はクラスを跨いでも会いに行ってたし、あっちからも訪ねてきてくれたりもした。


 それはこれまでも当たり前のことだったし、わざわざそのことを特別なことだとも思わなかった。


 けど中学生活に入り、レイカの周りは大きく変わった。

 それはレイカを受け入れてくれる人が増えたことだ。


 これまで外国籍の名前はマイナスに働くことがほとんどで、クラスメートとの間に言葉にできない溝を産んでいた。


 ただ中学生に上がり、皆の精神年齢は確実に上がっていた。


 普通の名前と違うことは良い意味での目立ちとなり、

積極的にレイカに声をかけるクラスメートが増え、結果多くの友達を作ることになった。


 ここまでは、良い。


 ただそれまで僕と優佳しか知らなかったレイカは、

いままでと違う新しいタイプの友達ができたことで、学校内での生活も変わった。


 同じクラスで仲のいい人がいるのに、わざわざ他のクラスの友達を優先させる人は少ない。

 したがって仲良くなる比重は当然クラスメートの方が大きいわけだ。


 過去よりも今――当然のことだ。レイカもその例に漏れなかった。


 同クラス内で友達と談笑出来ること。

 それは他愛もないことに思えるが、レイカにとってこれまで欲しくても得られなかったものだ。


 だからこれは間違いなく良い変化だった。


 けれど、レイカはクラスメートと仲良くになるにつれ、僕たちと疎遠になるのではなく……避けるようになった。

 原因は聞けていない、話を無視されるので聞くこともできない。


 それは家族である優佳も同様だった。

 同じ家にいるのに、必要以上のことは話さない。そんな状態らしい。


 おそらく新しい刺激を受け続けているレイカにとっては、僕達といるほうが退屈なのだろう。

 いやレイカの絡んでいるメンツからすると、僕達は「ダサイ」と思われているんだ。


 レイカがいま過ごしている友達と比べたら、刺激的な出来事も起きないし、新しい出会いがあるわけでもない。


 夏休み中、一度レイカとマンションの入り口で会った時に言ったことがある。

 優佳とくらい話をしてやって欲しいって。


 けど、それは優佳の時と同様に無視された。

 話聞く以上に、僕はショックを受けた。


 これまでレイカが僕を無視したり、否定することなんてなかったから。

 いままで僕と優佳に手を引かれてきたレイカが、自分の意思で僕に背を向けたんだ。


 普通の友達であれば、ケンカしたらそんなこともあるだろう。

 ただ僕にとってレイカはそうではなかった、気づいてしまった。


 僕にとってレイカは……なんでも言うことを聞いてくれる女の子だったんだ。

 それが当たり前だと思ってしまっていた、そんな都合のいい存在にしか思っていなかった。


 だからレイカは離れて行ったのかもしれない。

 僕がそう扱ってしまってることに、薄々気づいてしまったから。


 そのぽっかり空いた心の穴を埋めるように……僕はレイカを意識するようになった。

 レイカを引き戻したかった、そのことに不思議なくらい執着した。


 レイカの姿を求めてクラスに押しかけに行った。

 特に話をするわけでもなく、遠巻きに眺めていた。変わったレイカを単純に見たかった。


 授業中に校庭のトラックを走るレイカを眺めていた。

 身長が伸びた、足も長くなった、髪が前より伸びた、胸が他の女生徒に比べてあるとか、そんなことが気になりだした。


 廊下ですれ違った時には、僕も声をかけなくなった。

 それより気になるのは、僕の知ってるレイカとは違う人の香りがしたこと。


 振り返って、レイカの姿を眺める。

 レイカも振り返って目が合う……なんてことは起きない。そうなったらいいな、なんて妄想に浸るだけ。


 無自覚に意識して、執着する自分。

 そして気づいた、僕はレイカを好きになってしまったんだ、と。


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