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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
3章 望んだものほど、こぼれ落ちていく
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3-3 結婚ってなんだ


「ただいまぁ……おああぁぁ!?」


 部屋に帰ってリビングに入った瞬間、

リビングのテーブルに鎮座している雑誌を見て、僕はひっくり返りそうになる。


 だってそこに不自然に置いてある雑誌のサブタイトルには……


 ”彼氏にイエス、と言わせる究極の逆プロポーズ術!”


 ゼ○シィだった。


「な、な、な、なんだこれは!?なんでこんなものが!?」


 しかも今月は六月ということで、ジューンブライダル特別号だった。


 僕に気付けと言わんばかりのポジショニング……

 あれか?あえて見えるとこ置いて、無言の圧力をかけるというウワサの高等テクか!?


 それだったら、せめて直接言ってくれたほうがまだマシだ!

 現代人はそういったコミュニケーションを怠るから、すれ違いやら疑念やらが積み重なるんだぞ!?


 帰ってきたらレイカにしっかり言ってやる!

 僕が言ってやる、でっかい声で……!と、これ以上は危ない。


 それにレイカにそんなこと言っていいのか?

 その先を促したら……僕は逆プロポーズされてしまうのか!? 


 いやいやいや、待てよ纏場諭史ィ……冗談は顔だけにしとけよォ……!?


 そもそも?相手からそういうアプローチをさせてしまうということは、

相手の期待に男性が応えてやれてないということで?


 もっと早く相手が安心しやすいように、普段からの行動を見直していれば……って、ちょっと待て。

 いつの間に僕とレイカはそんな関係になったんだ???


「ただいま~諭史もいま帰ったとこ?」


「ギャーーッ!」


 レイカの帰宅に、僕は必要以上に大声を上げて驚く。


「……なに、びっくりさせないでよ」


「いや……なんでもないです」


 そう言って雑誌を握りこんだまま、作業服のレイカと視線を交わす。


「あ、諭史。それ」


「あ」


 僕は手に持っていた雑誌を隠すこともなく、

「はい、僕はこれに気づきました」と雑誌を握りしめているところを見られてしまった。


「あ、あのレイカ?これ……」


「あ、それね。

雑誌って初めて買ったけど、なんか知らないこといっぱい書いてあって面白かったよ」


「は?」


 自分の口から素っ頓狂な声が飛び出す。


「この家に娯楽ってなんもないなって思ってさ。

だからこないだCMでやってた雑誌でも買おうかなって」


「娯楽を求めてこんな実用的な雑誌買わないでよ!

もっと俗っぽい、くだらないことがいっぱい書いてある雑誌買いなよ!」


 僕は実用書以外を執筆する、すべての方を敵に回すようなツッコミを入れる。


「実用的、ねぇ……

じゃあ私がこれを読んでるのがわかったら、諭史は”気を遣って”くれたりするの?」


 レイカはニヤッと笑って僕を見下ろす。


「ね、ね?どうなの?」


 そう言ってレイカは膝を折って顔をずいっと近づける。


「気を遣うって……僕にはなんのことだか、さっぱりわからないなあ」


「んー?なに、よく聞こえないなー?」


 レイカはどこかの元議員のように、耳に手を当てながら顔を一層寄せてくる。


 これまでにもないウザさ……普段はイジられキャラのくせにっ!

 と、目下置いてある雑誌のサブタイトルを眺めていると、逆にむくむくと嗜虐心が沸き上がってきた。


「じゃあ逆に聞くけど、レイカは気を遣って欲しかったの?」


「え?」


「本当はレイカ、わざとこれを僕に見せたんだよね」


「え、え?別にそんなつもりじゃ……」


 冗談のつもりだったのか、真面目な反応を返されて急に素に戻るレイカ。


「優柔不断でごめんな。

だからレイカ、コレするつもりだったんだろ?」


「……コレ?」


 レイカが雑誌を手に取り、僕の指を差してるところを見る。

 そこには先ほど僕をズッコケさせたサブタイトルが載っている。


「え?あ、あ……」


 そこにある文字は”彼氏にイエス、と言わせる究極の逆プロポーズ術!”


 雑誌を握るレイカの手が、わなわなと震え出す。


「ば、馬鹿っ!こんなこと考えてるわけないでしょ!?」


「うぶっ!」


 雑誌をそのまま僕の顔に押し付ける。


「ぎゃ、ぎゃ、逆プロポーズ!?なによそれ!?

マンガの世界の話じゃないんだから、そんなことあるわけないでしょ?もうシャワー浴びるっ!」


 そう言って浴室に入っていく。

 僕は雑誌を押し付けられて赤くなった鼻をさすりながら、その様子をぼけーっと眺めていた。


 ポンコツ……


 自分からからかってやろう、って押してきといて、

ちょっと押されたらすぐに顔赤くして引っ込むって、弱すぎだろ。


 ここに泊めてもらった翌日のことを思い出す。


 真面目にお願いして見せたら、

下着姿を見せちゃいそうになったり、危なっかしいったらありゃしない。


 それを半ば楽しんでる僕も大概だけど。


「つめたぁぁ!?」


 そして浴槽から響くレイカの叫び声。

 予想がつく。ガス電源をオンにするのを忘れて、シャワーを頭から被ったのだろう。


 レイカ、君は本当に……


---


「エビチリ~~」


「……エビチリだけど?」


 レイカは特に意味もなく、今夜の献立を読みあげる。


「フカヒレスープ~~」


「インスタントだけどね。そうじゃなくてレイカ、それを食べてることはわかったから。

このままだと無意味な文章稼ぎをしていると思われるからやめてね」


「お~」


 グダグダ……。

 なお今夜もレイカの趣味嗜好に合わせ中華尽くしである。


 本当は角煮とかも作りたいんだけど、

バイト上がりや学校終わってからだと、イマイチ煮込み時間にこだわれない。


 だから今度の休日にぜひとも実践したい。

 そんな次の楽しみを頭に思い浮かべながら、ふと思う。


 ……このままでいいのか自分。

 本当にヒモ……じゃなくて主夫生活が染みついてしまいそうだ。


 我ながら男らしい趣味がなくて悲しくなる。

 といっても料理はいまの僕にとって、最後の趣味に等しい。


 レイカに栄養のある食事を食べさせる!ヒヨコラーメンを食べさせない!


 それをモットーに推移した趣味ではあるが、

レイカは小腹が減った時にヒヨコラーメンを遠慮なく食べるので、ほら……


 僕はリビングに空気を読まずデカデカと設置してある、ベッドの上のモニュメントを見つめる。


 ヒヨコ抱き枕。

 そう。僕が毎日料理をしているにもかかわらず、三十個のヒヨコを食し、手に入れてしまったのだ。


 それに抱き枕とは名ばかりで、送られてきたのは横にも場所を取る、ただの巨大クッションだった。


 けどそれをベッドの上に置くのはどうなんだろうか。

 自分の寝るスペースが圧迫されて苦しいはずなのに、レイカは逆に寝やすい、とご満悦だ。


 なんとも女のコの趣味は理解に苦しむ……


「ねぇ、諭史さぁ」


「ん~」


「私って、結婚できるのかな」


「ボフッ!?」


「うっわ、きたないな……」


 僕はフカヒレスープを吹き出していた。


「い、いきなりなにを言ってるの……?」


 濡れ布巾で自分の粗相を拭きながら、

またレイカの突拍子もない発言にため息をつく。


「あ~いや、私たち、って意味じゃなくて……」


 少し頬をかき、視線をそらしながらレイカは言葉を続ける。


「動画でさ、結婚式のプロモーションビデオとか見てて、

なんかすごい楽しそうだな、って思ったの」


 レイカはテーブルに両肘をついて、どこか遠くの未来に思いを馳せる。


「なんかすごいんだ、いまの結婚式って。芸能人呼んだり、マジックを始めたり、

急にみんなが一斉に躍り出したりして。よくわからないけどみんな楽しげなの」


 それを口にする姿は、人並みの夢を見る少女のようだった。


「結婚したことをお祝いしてもらうはずなのに、

来てもらった人たちに、楽しい思いをしてもらおうと必死で。それがちょっとおかしい」


 けれど浮かべる恍惚とした表情は、少女と呼ぶには艶を含みすぎている大人の表情。


「でもそれもそのはずだよね。

呼ばれた人たちはあくまで僕たちを祝ってください、って呼ばれたお客様なんだから」


 世間知らずなとこもありながら、考えは落ち着いているところもあって。


「だからその”お客様”を精一杯その人たちを祝ってあげる。

祝ってもらって、認めてもらうために必死にお返しをしようとする。そんなギブアンドテイクで不思議な集まりの、不思議な式」


 将来に転がっているかもしれない、一つの可能性に自分を照らして妄想を楽しむ一人の女性。


「でもね?だから逆に私はこう思うんだ。

……自分には結婚式なんて出来いな、って」


 けど、それ故に夢はあくまで夢であって、

手の届かないものであると、自分に、自分勝手に、分相応の評価をしてしまう。


「そもそも式なんて、できるわけないってないなって思ったの」


 レイカは自分の限界を感じてしまっていた。

 いや、自分に自信なんて持てるわけないとすら、思ってしまっている。


「結婚式なんて子供の頃、お父さんたちと行ったっきりだけど、

生まれた時の写真から、成人式の写真までいっぱい写してた」


「ああ……」


 レイカの言わんとすることがわかってきた。


「子供の頃の写真とか、ないなって。

それにさ、式やるって誰を呼ぶんだよって話だよね」


「……わかるよ。僕も将来、式をするなんてことになったら、誰を呼べばいいかなんて想像つかない」


「諭史は、まだいいじゃん。

私と違って、たくさん友達いるんだから」


 レイカは僕に線引きをする。

 ……お前は私ほど孤独じゃないだろ、って。


 わからない人に同情なんてされたくない――


「私にはさ、呼べるような人。本当に誰もいないからさ」


 もう誰に言うでもなく、天井を見上げながら独り言になった会話を宙に放る。


 僕にだって本当にそんな人たちいない、勝手に決めるな。

 そんな誇らしくもない反論が、胸の内に反響する。


 ……けれども実際に式をしようと思い立ったら、きっと来てくれる人はいるのだろう。


 僕にはまだ早い、とも考えてもみるが、

もし結婚をするとしたら相手方の友達に会うこともあるだろうし、職場との関係も密接になる。


 すると自ずと付き合いの長い友達や、職場の上司や同僚は来席してくれるだろう。


 それにお互いの両親や親戚なんか集まったら、

やっぱりそれなりの数の人が集まるんじゃないのか?


 けれど果たしてその時、自分は誰を呼びたいと思って、

どれだけの人を招待し、その中で誰を選んで、また誰が来たいと言ってくれるのだろう?


 ある意味、結婚式に呼べる人が多いということは、自分の人生の広さを表わすことにもなる。


 だからその時に備えて交友関係を広げる?


 いや、そんなの違う。

 呼びたい人が多いというのはあくまで結果だ。


 自分がいままでお世話になった人たちに、

最低限の礼儀として挨拶をさせてもらうのが目的で、呼べる人が多いことを誇りに思うのは、筋違いも甚だしい。


 だから人数の多い、多くないは関係ない。

 それに式に呼ぶために広げた交友関係なんて気持ち悪い。ただのママゴトだ。


「だからさ、私は結婚したとしても、式なんてやりたくないんだ」


 ――レイカの考えは、間違っている。


「自分の友達とかさ、付き合いとか。そういうのを開けっ広げに見せびらかしてさ、

それまでの人生を勝手に判断されたくないし、それで評価されたり、舐められたくない」


 レイカは結婚雑誌を手に取り、それに憧れる反面、

自分とかけ離れて見えてしまうその光景に、嫌悪を抱く。


 ……けど僕はそれを正してやることはできなかった。


 だって、いまのレイカを否定したら、

それこそレイカは自分が独りになってしまったという、勘違いを引き起こしてしまいそうだったから。


 そう思えてしまうくらい、最近のレイカは危うい。


「……でもね、式に参加してくれるどころか、私の近くには誰もいない。

だからそもそも結婚なんて、できるわけないんだよね」


 レイカは自嘲しながら、茶碗の中身を掻き込んで麦茶を一気に煽る。


「ごめん、諭史。なんかつまんない話した。忘れ……」


「僕は!」


 反射的に立ち上がり、声を荒げてレイカに――。


 ……レイカに?


 なにを言えるんだろう?


「……」


 期待と不安がない交ぜになった、あどけない瞳。

 それは幼少時代、僕の背中を追いかけていたレイカにそっくりだった。


 それに僕が応えてやれることは……


「……ごめん、なんでもない」


「……そ」


 レイカがふっと瞳を伏せる。その顔に浮かぶのは落胆・失望、その類の……


「って、なによそれ!」


 レイカは漂っていた怪しい雰囲気を払拭するように、大げさにツッコんで見せる。


「ま、こんなガキどもが、そんな未来のこと話してもしょうがないよね」


 レイカはいかにもくだらない話をしてしまった、とでも言うように、

おどけた声を出し、テレビをつけ始める。


「そ、そうだね!なんか僕もちょっとマジになっちゃったかも」


「ははっ、そんなこともあるよね……」


 僕はそのままレイカに背を向けて食器を片付け、洗い物を始める。


 テレビからお茶の間に流れてくるのは明るめのバラード。

 だけど僕の耳に響くのは、壁時計の秒針が立てる音だけだった。


 ――あの時、僕はなにを言いかけたのか。

 レイカの結婚式には出席したい、とでも言おうとしたのだろうか。


 それともレイカに”未来”でも提示するつもりだったのだろうか。


 でも一つ言えることはなにも決めていない人間に、

二の足を踏みまくってる奴に、なにも言う資格は存在しないってことだけだ。



 先日に大江戸君とした、人脈造りの話を思い出す。


 彼は人との交流を作ることにこだわっていた。

 それは新聞部として必要な行動で、自分のやりたいことをなすための過程でもある。


 けど、そのために人に好かれるようなことを意図的に行うこと、

広げることを目的とした交友関係は汚いものなのだろうか?


 いや、そんなことはない。

 大江戸君は汚くなんてない、やりたいことに勤勉だっただけだ。


 僕は優佳や華暖と出会った時のように、

偶発的に出会って広がっていく交友関係に、根拠のない潔癖な関係を見出していた。


 けれどそれはただの思い込みだ。

 新聞部の集まりに参加し、あの時感じた彼らの一体感がニセモノであるなんて到底思えない。


 それに僕は新聞部の影響力に頼もしさを感じている。

 その背後にある交友関係、バックボーンに。


 だからこそ大江戸君たちが言う「優佳を探す」と、僕の言う「優佳を探す」は重みが全然違うのだ。


 現に縁藤という名字を元に、レイカの靴でさえ見つけてみせた。

 僕が自ら得た優佳の痕跡は一つもなく、戻ってきてくれるのを願ってばかりいる。


 そんな他力本願な男だった。


 だからこそ僕が手にすることの出来るものは、なにもないのだろう。

 レイカにかけられる言葉なんて、ありはしない。


 自分の望みさえ叶えられない人間が、間違っても人の人生を支えられるはずがないのだから。


---


「ああっ……うう、うわあああ、っ」


 深夜のマンションに響き渡る泣き声。

 事前に雨戸を閉めてあるが、声がどれだけ漏れてしまうかはわからない。


「レイカ、ほら大丈夫だから」


 僕は背中をさすり、必死に発作が収まるようになだめる。


「ああ、う……ああっ……」


 レイカは先日から夜泣きをするようになっていた。


 癇癪を起こし、暴れまわる。

 今夜はきっとあるだろうと思い、眠らなかった。


 引っ越してきた当初はなかったことだ。

 だから、きっと。原因は僕にあるのだろうな、と漠然と感じていた。


 レイカは行き場のない僕に、居場所を与えてくれた人だ。

 けれどレイカにとって、居候させることでプラスになったことが一つとしてあっただろうか?


 いや、ないだろう。


 ……はは、じゃあ僕は疫病神か。


 でも、ここを出て行くことはできなかった。


 レイカは泣いている間、僕の手を離すことを無いのだから。


 原因でありながら、離れることはできない。


 それにこんなレイカを放って出て行くなんて、出来るはずもなかった。


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