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逃げた彼女と、ヒモになった僕  作者: 縁藤だいず
2章 変化と停滞
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2-2 今日の主役


 次の日、学校ではちょっとした騒ぎになった。


 クラスの扉を開けた途端、僕の席の周りに出来ていた女子グループから、

「キャー」「ねえ華暖、ダンナが来たよ」と、多種多様な声が浴びせかけられた。


 ……恐るべし、東高新聞部。

 想像していたより遥かに情報の広まりが早い。


 自分の席に移動する間も男女変わりなく、頭を小突かれたり冷やかされたりされる。


 僕はクラスで目立つ側の人間ではない。

 けれどみんなの反応を要約すると「やる時はやるじゃん、纏場」と言ってくれているようだった。


 自席の周りに出来ている女子グループ。


 そこにやっとの思いで辿り着くと、

女子たちは葦の海が割れたかのように、道が切り開かれる。


 そして人垣に隠れていた”片割れ”が姿を現す。


 その片割れは少し唇を尖らせ、頬杖をつき横目で僕を一瞥する。

 そしていつもより少し高い声で言う。


「えっと……トッシ、おはよ」


「……うん、おはよう」


 すると周りの女子たちが一斉に高い声を上げ、色めき立つ。


「カグラがなんかいつもよりしおらしい~!」「うん、おはようだって、キザ~!」

「なにこのカユい感じ~!」


 と、もう言いたい放題だ。


「肩……もう大丈夫なの?」


 少し周りの反応が気になるのか、華暖は目をきょろつかせる。


「うん、なんとか。

普通に生活する分には痛くもないし、学校に来るくらいなら、ね」


「そっか……なんかごめんね」


「華暖……ゴメンはナシって言ったじゃないか」


「「「「「キャ~!ゴメンは、ナシ!」」」」」


「アンタら、うっせえわ!!!」


 華暖、キレた!!


 そう怒鳴りつけると取り巻きはキャッキャッ言いながら四散していく。


「はあ……まったく、ホントしょ~もないヤジウマ共だわ」


 そう言って体を机に投げ出し、ようやくいつも通りの華暖になった。


「にしても、新聞部の影響力はすごいね」


「アタシもそれにはビビった。

今日だけじゃなくて昨日の夕方くらいから、ラインでそのコトばっか聞かれんの」


「記事出来上がったって言ったのが、確かそれくらいだったからね」


 昨日の昼過ぎに部長からのラインで記事のデータを受け取った。


 使われている画像は……僕と華暖のキスシーン。


 しかし直接的なシーンを乗せてしまうと、不純異性交遊やらなんやらで、

僕たちになんらかのペナルティが課せられてしまう可能性があった。


 だから映っているのは華暖の後頭部がほとんどで、

それに被さる形でベッドに座る僕のシルエットが少し覗いているだけ。


 もはや言い訳の域に過ぎないが、写真の中で唇が触れ合ってるわけではないのだ。

 教師に詰問されても言い逃れは出来る。


 だけど僕たちはその新聞部の記事に対して否定をしない。


 それこそが新聞の内容が事実であると雄弁に語っており、このシーンに対しての裏付けとなる。

 そして色恋に敏感な高校生にはとても無視できない、センセーショナルな記事となるのだった。


「でも、意外だったなあ」


「なにが~?」


「いや華暖って目立つの好きでしょ?

だからみんなから聞かれることに喜んで答えてるもんだと思ってたけど」


「……最初はそうだったんだけど、でもみんなして同じことずっと聞いてくるし、

昨日からラインも鳴りっぱだし、さすがに限度ってもんがあるわよ」


 華暖の素のテンションはさっきの女子グループと同じだ。

 その華暖がここまでくたびれてる様子を見ると、相当に大変だったに違いない。


「お~い、お前たち。ホームルーム始めるぞ~」


 担任の先生が入ってきて、ようやくクラスの喧騒が落ち着きに向かう。


 予鈴のチャイムと、椅子を引き摺る音がクラスに鳴り響き、

落ち着いたころを見計らって淡々と連絡事項を伝える。



「……で、今日の連絡事項は以上だ。

あと、纏場と佳河。ちょっと職員室に来てくれ」


 担任のその一言で、クラス内がざわつく。


「おいおい、先生ウチのヒーローをどうしようってんだ」


「けが人に追い打ちするような真似しないでよね~!?」


 あちこちからブーイングが入る。


「取って食いやしない、ちょっと確認するだけだ」


 なんだよ確認って~と声が上がるが、

先生も手をひらひら振って取り合わず、教室を出て行く。


「やっぱ呼び出されんのか、メンドいわ~」


 華暖はやさぐれた声を上げ、ペンをくるくると回す。


「そりゃあこれだけの騒ぎになっちゃったしね」


「ほんっとに。トッシ~が取材オッケーなんてしちゃうから」


「……ノリノリだったくせに、よく言うよ」


 インタビューの内容は僕と華暖の比率で言うと二対八くらいだ。


 まあ、僕は起きたら病室と言う状態だったから、

正直事故について話せることがないっちゃないんだけど。


 僕と華暖は席を立つとそれだけで周りから囃し立てたられる。


「カグラ~!二人で一限フケちゃダメだかんね~?」


「フケねえっての!」


 華暖は声の方を見ようともせず、教室の外に一人で足早と向かう。

 僕は一歩遅れてその後を追いかける。


 廊下に出たら出たで、他クラスの生徒達からの視線を感じる。

 ヒソヒソ話が聞こえると、全てが僕らの話じゃないかって気さえしてしまう。


「まったく、みんなミーハーよねえ」


「気にしてもしょうがないよ、それにカリカリするだけ損だ」


 通りかかった男子生徒達に「よっ、朝から熱いね」と声を掛けられる。


「うっさいモブ。失せな」


 取り付く島もなく、吐き捨てる華暖。

 ギョッとする男子生徒に振り向き、僕は手を合わせて謝罪のポーズを取る。


「華暖、少し落ち着きなよ」


 僕がそう声をかけると、華暖は急にピタッと立ち止まる。


「……トッシ~さ」


「うん?」


 こちらを振り向かず前を向いて喋り続ける。


「アタシ、言葉遣いワルいかな?」


「……急に、どうしたの」


「や、なんとなくそう思ってさ」


 華暖は未だに前を向いたままだ。


「トッシ~が気になるなら直そうと思うんだけど、どう?」


「どう……って」


 普段ならどんな質問だよって笑ってしまうとこだけど、華暖の声は至ってマジメだった。


「華暖の話したいように話せばいいじゃないか」


「そう、なんだけどっ」


 華暖はその時、ようやく振り向いた。


 僕は振り向いたその顔を見て、息を呑む。


「トッシ~が直せっていうなら、直そうと……思う」


 華暖は唇を引き結び、瞳を揺らして僕の答えを待っていた。

 いつもの遠慮のない物言いとは違い、消えてしまいそうなくらい小さな声で。


 ワイシャツの上に羽織ったニットから、少しだけ覗く指先をきゅっと握り込んでいる。


 昨日の朝、病院で見た華暖とはまるで様子が変わっていた。


 あの時に別れてからなにか心境の変化があったのか、

もしくは時間の経過でなにか気づき直すようなことがあったのか。


 華暖のそんな様子を見て、僕も体が硬くなってしまう。

 ……おいおい、相手はあの華暖だぞ?なにを緊張してるんだ。


 それに、答えは考えなくても……とっくに出てるじゃないか。


「いまのままで、いいと思うよ」


 僕は、それだけ口にした。


「……そう」


 少し下を向き、視線を落として華暖がそれに応える。


 この話はこれで終わりだったはずだ、けど居心地の悪さから僕は続きを口にしてしまった。


「……華暖と会ってから文句とかも言い合ったけどさ、そんな紆余曲折があって華暖と仲良くなれたんだ。

だからいまの言葉遣い変とも思わないし、僕は嫌いじゃないよ?」


 華暖はなにも言わない、少し俯き黙って耳を側立てる。

 そして反応がないことに焦り、見事に余計なことを言ってしまう。


「それに言葉遣い悪いなんて言ったら……レイカなんてその比じゃないって!

”この野郎”に”殺してやる”なんて言うんだからさ、もうそこまで来ると女の子かどうかも……あ」


 言い終わってから、僕は自分の過ちに気付く。


「……ハハ」


 華暖は笑いながら額を手で覆い、ひとつ溜息をつく。


「か、華暖……」


「トッシ~、いまの特別に笑い話にしてあげっから」


「ご、ごめんっ!」


 僕は自分の非を認め、廊下に土下座を決め込む。


「まったく!ホンット、アンタってデリカシ~の欠片もないの?」


「ほんと~にごめん!」


「ったく……ホント、笑っちゃうよね」


 華暖は困ったようにそのまま笑い出す。


「アタシ、こんな厄介な物件に首突っ込んじゃったんだからさ……」


「……面目ない」


「い~よ、言葉遣いも変えない。

アタシもトッシ~に変えてくれって言われなくてちょっと安心した」


 華暖は先ほど見せた慎ましさをかなぐり捨て、僕にとっての佳河華暖に戻ってくれた。


「職員室、いこ?

ちゃっちゃか済ませて、一限の時間まるまる屋上でイチャつくんだから」


「……授業に戻る、だからね?」


「ったく、相変わらずトッシ~はつまんないわね」


 そう言って軽口をたたく華暖の背中に、僕はもう一度心の中で謝った。


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