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童鬼と嫁さま

童鬼と嫁さま~新婚な日常~

作者: 藤乃ごま

「童鬼と嫁さま」続編になります。お読みでない方はまずはそちらからお読み下さい。

 私の名は千花。年の頃は十五。


 つい先日までは、近くの村で家族と共に暮らしていた。しかし、とある事情から急きょ嫁ぎ先が決まり、今は嫁いだ先の屋敷がある山奥で暮らしている。


 私の旦那様は、年若い鬼――。


 正真正銘の()なのだ。

 これは、私と旦那様――赤苛(せっか)様との日常。






「起きて、起きてください。赤苛(せっか)様。気持ちの良い朝! 朝ですよ!!」


 陽の光が燦々と射し込む家屋の室内に、年若い少年が寝ている。髪はボサボサで口許には涎の跡がうっすらと付いている。


「ううーん、千花ちゃん、もうちょっと眠らせてよー」


「…………もう!」


 私は、寝ぼけ眼で抵抗を繰り返す少年――赤苛様の布団を容赦なくひっぺがしてやった。


「んー、なに、するのさぁ!!」


「なに、ではありません!! 朝です! いつものように朝げも出来ております。ちゃんと起きてくださいまし」


「ううー……」


 赤苛様はそれでも起きる気にはなれないらしく、ごろごろと諦め悪く寝返りを繰り返していたので、とっておきの一言を言うことにした。


「……今日は、赤苛様の大好きな杏酒が出ておりましたよ」


「――ほ、本当?! ……今すぐ起きる!!」


 そう答えた時にはすでに布団から起き上がり、部屋から駆け出している赤苛様。寝癖が頭からぴょこんと飛び出したままだ。


「…………まったく、もう」


 手を腰に当て、呆れた風を装うが、どうしても顔の笑みを消し去ることは出来なかった。






 私が鬼の赤苛様に嫁いで、早くも二月が経過しようとしていた。童のようには見えるが、正真正銘の()と広大な屋敷で二人きり。当初は怯え、戸惑いを露にしていたのだが、いつの間にかすっかり屋敷とその主人に慣れ親しんでしまっていた。


「千花ちゃん、早くー!」


 食卓がある一室から、赤苛様がブンブンと激しく手をふっている。陽の光を浴びて、朱色の髪と瞳がより一層、美しく光輝いているのだが、本人は自覚が無いのか、なんとも間の抜けた笑顔でこちらを手招きしていた。


「はいはい、今参りますよ」


「うふふふ、杏酒ー杏酒ー!!」


 大好物に浮かれる赤苛様の後に続いて部屋に入ると、食卓の上には、色彩豊かな朝げが二人分置かれていた。


「わーい、杏酒だぁー!!」


「赤苛様。まずはお食事が先です」


 飛び上がらんばかりの勢いを見せる赤苛を一応、ピシャリとたしなめる。実際の歳は違うのだろうが、外見は十歳足らずにしか見えないし、何よりも動作や仕草が幼いのでどうしても保護者のような気持ちになってしまう。そんな私の言葉に、赤苛様は頬をぷくりと膨らませて対抗してきた。……少し、いやかなり可愛らしい。


「ううー……。そもそも、僕はご飯食べなくても平気なのにー」


 鬼は、神仏の類いとなるので、本来は食物を摂取しなくとも生きられるのだそうだ。栄養等を気にする人間と違って、口にするのは純粋に香りや味が気に入った物だけで良いらしい。


 しかし、それとこれとは別問題である。


「それでも、駄目です。せっかく物の怪さん達が作ってくれたんですもの。きちんと食さなくては」


 そう。二人きりだと思っていた家屋には、実は沢山の物の怪達が居るらしく、この目の前に置かれた朝げも物の怪達による手製なのだった。住み込みで居るわけではなく、わざわざ通ってくれている――らしい。


 らしい。としか言えないのは、人間の私にはその姿が見えないからで、嫁いできた次の朝、食卓に並んだ温かで豪勢な朝げを前にして、疑問を口にした私に、赤苛様が平然と理由を説明してくれたのだった。


『配下の物の怪達が身の回りの事をやってくれるよ』


 当然のように置かれた朝げと赤苛様の言葉を前に、初日は目眩がした。私の知っている物の怪とは人を呪い、怨み祟る恐ろしい存在だった。当然、そのような者達が作った食事に手をつけることがどうしても出来なかった。最初の一週間は、空腹と己の常識との葛藤に大変苦しんだものだ。


 しかし、徐々にではあるが、その抵抗も和らいでいくことになった。――というより、抵抗を感じていたら、ここでは生きられないことを悟ったのかもしれない。


 この屋敷では、姿こそ見えないが、至るところに物の怪が潜んで居る。


 広大な美しい庭を掃除する――河童。

 廊下を拭き掃除するのも――化け蛙。

 ご飯を炊く――小豆あらい。

 玄関先に水をまく――砂かけ婆。

 風呂を焚く――口避け女。


 赤苛様から説明される度に『姿が見えなくて、本当に良かった……』と思ったのは、言うまでもない。


 姿が見えなくとも、感じる気配や空気。

 朝は、包丁で野菜を切る音や水撒きの音で起こされ、日中は姿なき子供達がクスクスと笑いながら廊下を走り回り、夜はお風呂を焚く薪のはぜる音が聞こえる。


 不思議なもので、二月も生活していると、見えない者達の気遣いや心持ちまで少しずつ感じられるようになってきていた。


 私が美味しいと言った食事は度々出してくれるし、綺麗だと言った花は必ず欠かさずに活けてくれる。風呂の温度や着物の趣味まで――。


 とにかく、至れり尽くせりで、一応嫁いだ身としては逆に申し訳なくなってしまうほどの厚待遇を受けているのだった。


 どうやら、ここの物の怪達は、私の事を大変好意的に受け入れてくれている――らしい。


 物の怪達が人間である私に、どうしてここまで良くしてくれるのか。理由は全く分からない。しかし、良くして頂いているのだから、せめてこの見た目も中身も幼い鬼――夫の教育は責任をもってしっかり果たしたい思う。


「さ、きちんとお召し上がり下さい」


「う、ん……。まあ千花ちゃんがそう言うなら……」


「野菜も残しちゃ駄目ですよ」


「ううっ……」


 赤苛様は観念したのか、野菜の入った器をそろりと持ち上げた。気のせいか部屋の空気が和らいでいる気がする。


「……なんだよー。笑うなよー」


 赤苛様が、襖の方に不貞腐れながら声をかけている。きっと、配膳を担当した物の怪に今のやり取りをからかわれたのだろう。


「……いつもありがとう。頂きます」


 見えはしなかったが、赤苛様の目線と何となくの気配で、襖の方に朝げの礼を伝えた。


『サワサワサワ』


 部屋の空気が震える。

 きっと、喜んでくれているのだろう。私はそんな風に解釈すると、朝げを手に取り、赤苛様との会話と美味しい食事を楽しむことにした。






「今日は、千花ちゃんに綺麗な池を見せてあげる!!」


「……池、ですか?」


 朝げが終わり、縁側で庭を眺めていると、私の膝に寝転んでいた赤苛様が突然起き上がり、きらきらとした瞳の輝きを持ったまま、こちらに話しかけてきた。


「そう! ここからだいぶ遠いところで、人間には辿り着けない場所に池があるんだけど。そこの主である爺様に千花ちゃんを紹介したいんだ」


「池の爺様……?」


 池の主とは物の怪の類いか、それとも神仏なのだろうか。今となってはそういった存在に対し、畏れも恐怖も抱かなくなっているので、どちらでも良いのだったが。


「うんっ! 普段はとっても優しいけど怒るとすごーく怖いんだ! ちょっと千花ちゃんに似てるね!」


「…………」


 私だって、怒りたくて怒っているわけではないんですよ。赤苛様があまりに幼いからですねー……。


「千花ちゃん?」


「あ、すみません。少し物思いに耽ってました」


「もー! そーゆー所も爺様そっくり! 爺様もたまに難しい顔してぼんやりしてるんだよ」


「…………それは、それは」


 きっと、赤苛様の教育方針について悩まれていたんだろうなぁ。ああ、分かるなぁ……。


 爺様に似ていると言われて、乙女としては正直複雑な心持ちだったが、その心中はきっと似たようなものだろうと推察する。


「どう? 爺様に会ってみたい?」


「……そうですねぇ……」


 赤苛様は、自由に振る舞っているように見えるが、ここに嫁いできてから私の意見を(ないがし)ろにした事は一度もない。結局、最後には必ずこうして私に確認を取ってくれるのだった。


 人のようで人でない。


 童のようで童でない。私の――旦那様。


 今はまだ伴侶のように接することは出来ないが、赤苛様は私の事を心底慈しみ、大事にしてくれる。最初はどうなる事かと思ったが、こうやってずっと一緒にいるのも幸せかもしれない――そう思えるほどには、情や愛着が深くなっていた。


「行きましょうか。その池の爺様の所に」


「ほんとっ? やった! きっと爺様驚くよー。うふふ、自慢してやろっと!」


「ふふふ」


 とある日の昼下がり、鬼の棲みかでは和やかな日常が繰り広げられていた。

池の爺様編は、また次の機会がありましたら、書きたいと思います。

お読み頂き、ありがとうございました!

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