Seekedge
「よお、夢想家。元気でやってるか?」
昼間から賑わう酒場の隅のテーブルで、聞こえてくる冒険者たちの話し声を肴にビールをちびちびと舐めていると、一人の大柄な男が片手を上げて近づいてきた。知った顔だ。
「夢想家じゃない、探索者だ。これでも多少は名が売れてきてる。久しぶりだな、戻ってきてたのか」
「別にここが拠点ってわけでもねーがな……よっと」
男は当然のように相席すると、自分の酒を注文し始めた。俺はやはりちびちびと酒を舐めながらそれを眺める。
「随分と羽振りが良いんだな」
「まーな。今やってるのは魔法のかかった武器やアクセサリの仲介だ」
「魔法の武器……? そりゃ、儲かりそうだな」
商人をやっているこの男は、かつて冒険者としてとあるギルドの長をしていた。そのせいか、武器やら冒険装備やらの扱いに詳しく、おそらくそのおかげで商売がうまくいっているのだろう。粗暴な口調に反して人好きのする性格も、それに貢献しているのかもしれない。
「ああ、冒険者は基本的に自分が扱えない武器やアクセサリには興味がねーだろ? どこぞを冒険して拾ってきたとして、売るしか使い道がねーわけだ。それを他よりちょっと高いくらいの値段で買い取る。そんでそれを欲しがる奴のいるところへ持ってって、競りにかける。するとあれよあれよと言う間に売値が釣り上がるんだ」
「はあん」
実に羨ましいことだ。いや、どう考えても魔法の武器や装備に詳しくなきゃ出来ないし、興味がなきゃ続かない商売だろうから、俺がそれをやったところでって話だが。
「なんだ、お前もついさっき名が売れてきたっつったじゃねーか」
「名前はな。でも昨日入った稼ぎは月が満ちる頃には使い切る」
俺が言うと、そいつは「そんなに頻繁に宝探ししなくちゃ食ってけねーんじゃ、まだまだ夢想家だ」と言って笑った。
「で、昨日は何売ったんだ?」
「加工済みのピンククリスタル。廃教会の地下に巣食ってた魔物を、どこだったかの冒険者ギルドが一掃したって聞いてチビと行ってきたんだ。二人合わせて十個だか見つかった。チビは他にもいろいろガラクタを拾ってたが全部持って帰ってたな」
探索者は宝探しに特化した職種だ。冒険者のような戦闘技能はなく、戦力としてはただの一般人。もちろん多少は武器の心得があるし、探索を成功させるための装備も用意するが、魔物と戦って打ち負かすなんて出来るわけがない。
だから探索者は、冒険者によって安全が確保された宝探しスポットに出向き、冒険者が見つけられないような「隠れた宝」を探す。そしてそれを売ることで生計を立てるのだ。
「廃教会のピンククリスタル……? 全部売ったのか? いや、お前はいつも記念だっつって一つは残してたよな? 出してみろ」
「…………? なんだよ急に」
言われるがままに宝石を出す。いたって普通の桃色水晶。太く短い正五角柱の形に加工され、酒場のオレンジの照明を受けて輝いて見える。輝いて……。
「ん…………?」
「やっぱりか……お前、ぼられてんぞ」
「な……!?」
驚く俺に、奴は呆れた顔で説明を始める。
「教会でクリスタルといや、祈祷がかけられてるモンに決まってるだろ……教会で祈祷済みの、しかもピンククリスタルなら、一つで二千くらいが相場だ。それが十個? 満月どころか季節が半周しても釣りが来る」
「一つで二千……!?」
「無知を突かれたな……まあそんなこともある。これに懲りて俺んとこでしばらく商売の手伝いしてくれてもいいんだぜ?」
お前の頭にお宝に関する知識をこれでもかってくれーに詰め込んでやる。とそいつは笑った。
笑い事じゃない。ピンククリスタルが本当に二千もするなら、俺は桁一つ損したことになる。たかだか水晶ならそんなものかと思っていたのだが、とんだ大失敗だった。今頃俺が水晶を売った商人はほくそ笑んでいるに違いない。
「いや、今からでも遅くない。これ売ってくる」
「目の前に商人がいるだろ。じゃなくて、待て」
腕を掴まれ、立ち上がろうとした脚が止まる。
「なんだよ、勘定は……」
「いいからとにかく座れ。お前にとっても悪くねー話だ」
「ん……? あ、商売の手伝いならしないからな」
「バカ、お前なんかに大事な商品を任せられるか。そんなもん冗談に決まってんだろ」
ひどい言い草だ。
しかしそういうことならと、俺は席に座り直した。そいつはにやりと口を歪めて、悪くない話とやらを始める。
「祈祷済みのピンククリスタルみてーな、いわゆる魔力の込められたモンはな、魔力結晶っつって一時的な魔法の媒介になり得るんだ。特に教会のは身を守るとか、傷を癒すとかいう類いの魔法っつーか祈りが込められてる。だから一先ずそいつはいざという時のお守りにしとけ」
「……それって魔法の心得が無くても使えるのか?」
俺が聞くと、奴はこれ見よがしにため息をついた。
「当たり前だろ。元は信者に売って布施をもらうためのモンだからな。信者なんて探索者以上に一般人じゃねーか」
「……確かに」
というか、そもそも教会やらに助けを求める人々っていうのは、魔物の脅威に不安を抱いている人が多い。ある程度大きな街ならばそうでもないが、近隣の村などは悩み事といえば魔物である。
「とはいえ、大事に持っていて意味があるかは微妙だな……チビもいるし、特に危険な目には遭ったことがない」
「持ってりゃ多少危険なとこでも探索に行けんだろ。今回他所で商売している間に、ごく最近とある遺跡に熟練冒険者ギルドが潜ったっつー話を耳にしてな。その遺跡はある事情で有名なんだが……知ってるか?」
遺跡の名を聞いて、俺は頷く。ほんの少しでも歴史に詳しい奴なら誰でも知っているだろうし、そうでなくとも宝探しで一攫千金を目指している奴なら必ず知っているくらいの、本当に有名な遺跡の名だった。
竜の住まう城、竜族王朝の遺産、世界中の宝が眠る地などとも呼ばれ、幾度も冒険者の間で話題になる遺跡だ。
「その通り。それともう一つ……」
姿勢はそのままで、そいつは周りに聞かれないよう声を落とした。
「商人の間じゃその遺跡は『魔剣が眠っている』ともっぱらの噂だ。竜族の高名な武器職人の作で、同じ作者の魔剣が既に二本ほどがどこだったかの王国の国宝になってる。そうでなくとも商人の手元に回ってきたときゃ、べらぼうな額で取引されんぜ」
「魔剣か……確かに探索者としては是非探しに行きたいところだ。でもその冒険者たちがもう見つけて持ち出してるんじゃないのか?」
「その冒険者ギルドと直接取引した商人が俺の知り合いでな、そいつが聞くと見つからなかったって答えたらしいぜ。実際買い取ったモンの中にも魔剣はなかったってよ」
「いや、売らず明かさずに他所へ行っただけかも知れない」
「それを確かめんのがお前の仕事だろ?」
「そんなわけないだろ」
あくまで宝を探してそれを売るのが俺の仕事だ。……いや、魔剣ほどの宝なら売らないかもしれない。冒険者が魔剣を持ち帰ったとしても、その気持ちは分かる。何せモノがモノなのだから。
「行って、魔剣を持ち帰るか、そうでなくとも遺跡にねーって納得できりゃ一万やる」
それはいい報酬だった。冒険者ギルドが潜ったばかりなら魔物もいないだろう。危険があるとすれば遺跡そのもののトラップくらいで、探索者は魔物との戦闘さえなければよっぽどでない限り死ぬことはない。
「…………」
「……ああ、すまん。お前は蒐集家のチビとコンビだったな。二人で二万、うち四千を前金で出す、でどうだ?」
無言をなんだと思ったのか、勝手に報酬が倍になった。というか本当に羽振りが良いな。
「分かった、引き受ける」
「契約成立だな……これが遺跡までの地図と……前金だ」
テーブルの上に羊皮紙と紙幣をポンポンと重ねる。
「チビと話してくる。勝手に受けたが、この報酬なら文句ないだろ」
「おう、勘定は払っといてやるよ。その代わり、死ぬなよ」
「探索者をなめるな」
俺が言うと、そいつはまたにやりといたずらっぽい笑みを見せた。
「魔剣!?」
拾ってきたガラクタが棚やら床やらに並べられた部屋の奥、チビが本を読みながら座っている安楽椅子の前で、先ほどの話を説明してやると、チビは大声を出して驚いた後、それからすぐにニコニコし始めた。本を閉じて安楽椅子から立ち上がると、俺より頭二つ低い位置に癖っ毛がピコピコ揺れる。
「僕らもなかなかどうして、大きな仕事を任される程有名になったんだねえ」
「依頼主は顔なじみの武器商人だけどな」
「竜族の遺跡かあ……ふふふ、いろいろお宝が残ってるといいなあ」
どうやら既に俺の声は聞こえていないらしい。というか、部屋の中にこれだけガラクタがあるというのに、まだ集める気なのだろうか。
「もちろん、だって竜族の遺跡なんて初めてじゃないか」
どうやら声に出ていたらしい。というかこの手の話題なら聞こえるようだ。
「竜族は手先が器用ってイメージがあまり浸透していないけどね、その分力強さを感じるモノづくりをするんだ。ほらこの国の王城の手前にあるガーゴイル像、あれも竜族の作品だよ。あれだけ気魄があると本当に『守ってくれそう』な気がするよね。あとは昨日行った教会の……」
ダメだ、またチビのウンチクが始まった。
「ストップ、ストップ」
「……ん、何?」
「お前の蒐集家魂は分かったから、今は明日の出発のための準備をしろ。一応もらった前金で必要なものは買い揃えられる」
「でも四千かあ、半分にすると二千だね、僕の装備新調するには少し足りないかなあ」
魔術師の装備って武器もアクセサリも軒並み高いんだよねえ、とチビは眉をハの字にして笑った。
「いや、俺はいつもみたく軽装でいいから、前金は好きなだけ使ってくれ。残りの報酬もきっちり二等分するから気にしなくていい」
「おお? 気前いいねえ?」
「お前の魔法がなくて困るのは俺だからな。投資みたいなモンだ」
実際、今までの探索でも何度も助けられている。いちいちガラクタを集めて荷物を増やす悪い癖があっても俺がこいつと組んでいるのは、それ以上に補助魔法や支援魔法の腕が、下手な冒険者魔術師よりも抜群に良いからだ。
「そういうことならきちんと使わせてもらうよ、ありがとう」
「どういたしまして」
夕日に赤く染まった市場に出る親友を見送って、今度は俺が安楽椅子に腰掛ける。
魔剣か。国宝級の宝だ。小さい頃何度も夢に見たそれが、ついに手に入るかもしれないところまで来た。あの商人が言った夢想家なんて言葉も、あながち間違っていない。俺が探索者になったのは、冒険者になれるような戦闘適性がなくとも冒険者のように宝探しができるから。
しかし、冒険者が見逃すような宝は、しかし価値もまちまちだった。奥まった場所や隠れた場所にあるものは、価値は高いがある種ヘソクリのようなもので、宝というイメージはあまりない。その辺りにゴロゴロと落ちていて冒険者が見向きもしないものは、当然価値も低くその日の酒代くらいにしかならない。台座に置かれたり宝箱に入れられたりして目立つような宝は冒険者が見逃すはずがない。探索者の現実は、そんなモノだった。
今回の魔剣にしても、そりゃ熟練の冒険者なら見逃すはずはないだろうから、やはり持ち帰ったのではと思わなくもないが……俺の夢見がちな頭はそんなことなどお構い無しに、遺跡に潜って魔剣を見たい、この手にしたいと願い続けている。
「夢想家じゃない、探索者だ」
いいや、俺はまだ夢想家だ。だから必ず魔剣を手にして、本当の探索者になる。
ここが俺の、一世一代の大勝負だ。
この小説は、作者の知り合いが自作したソリティア系カードゲームの前日譚、いわゆるプロローグのようなお話です。少しでもご興味が湧きましたら、『猫的カードゲーム幻想』で検索するか、http://thinkablecat.web.fc2.com/にアクセスしてみてください。