01 アリス
ナツ様と花ゆき様企画の【童話パロ企画】参加作品です。
童話パロ作品をいくつか書いているので、これは参加しなくては……! と他にも連載抱えていてながらも執筆しました。
【残酷描写あり】タグは、ハートの女王さまの「首を刎ねよ!」関連を示しています。以後前書き注意喚起は致しません。
どうぞよろしくお願いいたします。
アリス。
『不思議の国のアリス』の主人公であり、この物語を終わらせることができる唯一の存在。
物語を終わらせるために、この国を歩き、女王陛下の元にある“扉”をくぐることで“元の世界”へと戻ることができる。
本物のアリスならば、この物語は終末を迎えることができる。
偽物のアリスならば、“外の世界”から新たなアリスを迎え入れなければならない。
【01.アリス】
「さよなら! 素敵な夢をありがとう!」
“アリス”が『不思議の国』から去ってしまう。
満面の笑みで、大きく手を振って駆け出す。
彼女の世界へと続く現実世界への帰り道に向かって。光あふれる扉の先は全く見えないが、夢の世界への決別の言葉を告げたのだ。
あとは彼女の意思に関係なく、物語の結末に向けて動くだけである。
「女王、あっさりと還しちゃっていいの? 突撃命令は?」
答えなど言わずともわかっているくせに、背後で皮肉げに笑う彼はあえて聞いてきた。
女王は一つ鼻で笑って答える。
「あんな得体の知れない小娘如きに、か?」
「あはっ。可哀想に、あの娘だって一応アリスなのにねぇ」
「“一応”アリスなのだから、こうして見守ってやってるだろう。何が不服だ?」
すでに扉へと駆け出した彼女との距離は大きく、無礼にあたるであろう会話が聞こえる心配などない。遠目でわかる程度の微笑を浮かべていれば、彼女はなんの心残りもなく還ることができるだろう。
「ほら、一応本来の結末通り、アリスに襲いかかれとでも言われるかと思ってさ」
「やりたいなら止めはしないぞ。その後の保証はしないがな」
「……女王、さらっと恐ろしいこと言うね」
怖い怖い、と軽口を叩く彼の靴先目掛けて、女王はかかとを落とした。
「危なっ!?」
「ちっ、避けたか」
「避けるよ。ピンヒールなんてシャレにならないじゃん!」
「喧しい。ほら、最後くらいまともに見送ってやれ」
「はいはい、女王陛下のお望みのままに」
扉の前でくるりと振り返り、大きく手を振るアリス。表面上はにこやかに笑みを浮かべ、女王は手を振り返してやった。
おどける彼を促すと、仕方ないとでも言うかのように、見かけだけはアリスの帰還を喜んでいるかのように振舞っていた。
アリスには悟られぬよう、あくまでも見かけだけは。
「……お前はいいのか?」
アリスから視線を外さないまま、女王は足元の存在に言葉を投げかけた。
びくりと大きく震えたのが、気配でわかる。
「チャンスは、扉が閉じるまでだぞ?」
ビクビクと怯えているかのように体を震わす白うさぎを横目で見下ろした。
不安に揺れるピンクの瞳が、女王と扉の方とを交互に映し出す。
煮え切らないその態度に、パタパタとせわしなく動く長い耳を切り落としてしまおうか、と考えてしまう。きっと、首を切るよりも簡単に違いない。
キィ、と音を立てて扉が閉まり始める。
溢れ出す光の量が減り始める。
アリスの姿が、消えてしまう。
白うさぎは悩んでいる。動けずにいる。
考えていることなど、女王には手に取るようにわかった。否、この場にいれば、この場を共にしてきた彼にもわかる。
何度も何度も、繰り返したことなのだから。
「今なら、まだ間に合うんじゃない? 君のその、無駄に早い足ならさ」
「でっ、ですが……」
「何を躊躇する理由があるのさ? さっき女王が言ってたこと、聞いてなかった?」
「えっ?」
彼の言葉に、白うさぎは弾かれるかのようにして振り返った。
呆れたように嘲笑を浮かべる彼は、とん、と白うさぎの背中を押しながら、答える。
「『やりたいなら止めはしない』って」
彼の言葉をその長い耳が拾うや否や、白うさぎは猛然と駆け出した。
女王のあきれ果てた視線も、彼の小馬鹿にした笑みも、立場もしがらみもかなぐり捨て、ひたすら足を動かす。
「待って! 待って、まだ閉まらないで!」
ただただ、彼女の元にたどり着くために。彼女のそばにいるために。
扉が閉まる前に、早く早く。
閉まりかけた扉の向こうで、アリスが驚いたように目を大きく見開いたのが見える。
愛しいアリスに向かって、白い毛で覆われた短い手を必死に伸ばす。
握りしめていた白手袋も、せっかく届けてくれった扇子も、狂ってしまったままの時計も、速度を落としてしまうものは全てかなぐり捨てた。
間に合え! 間に合わせないと!
扉が完全に閉まってしまう前に!
「待って!」
ギィイ、と音をたてて扉が閉まろうとしている。残された隙間は、あとわずか。
間に合うか。いや、間に合わせる!
たん、と大きく地面を蹴った。地面と水平に体が跳ぶ。
「ウサギさんっ!」
扉へと文字通り飛び込んだ白うさぎと、慌てたように手を伸ばしたアリス。
その姿ももう、扉の向こう側。僅かに空いた隙間からは、その後アリスたちがどうしたかなど、分からない。女王たちに知る気もなければ、知る必要もないのだから。
ぱたん、と扉が完全に閉じた。
「間に合わせたか、残念だな」
扉が閉じたと同時に微笑を消し、女王は冷めた瞳で扉を見据えた。
「女王、本当に残念だと思ってる?」
「当然だろう。間に合わなかった時の絶望に染まった顔を見て、笑ってやろうと思っていたのだから」
「うわぁ、超悪趣味」
なんとでも言え、と吐き捨てカツカツと靴音高らかに扉へと近付く。
細い銀のチェーンをたぐり、その豊満な谷間に埋まった赤いハートの鍵を引っ張り出し、扉にかちりと鍵をかけた。
「いつ見ても思うけど、それ、エロいよね」
再び谷間に押し込んでいると、するりと彼が首に腕を回し、背後から抱きついてくる。
女王はうっとおしそうに眉をあげはしたが、振り払いはしなかった。彼がスキンシップ過剰なのは今に始まったことではない。不敬な態度など、今更だ。
「それがどうした?」
「この扉を開けるとき、あの娘だって見とれてた」
「それで?」
「……そこにしまうのやめない?」
くい、と鎖骨部分のチェーンを引っ張られ、ペンダントトップのハートの形が胸元から覗く。
女王は大きくため息をつき、彼の手を振り払った。再び、鍵が見えぬように胸元へと押し込む。
「ここが、一番安全だから仕方ないだろう。女王の胸元に手をいれるような愚者がいると思うか?」
「その胸に埋もれてみたいとは常々思っているけどね、俺は」
「くたばれ変態」
真顔で言われた言葉に、嫌悪感をあらわにしながら女王は彼の腕を振り払った。
気持ち足早に彼から距離をとると、慌てたように追いかけてくる。
「ごめんって女王。ただの可愛い、本気の冗談じゃないか」
「変態にかける慈悲は、あいにくと持ち合わせていないのでな」
「大変、申し訳ございませんでした。女王陛下の寛大な御心でお許し下さい」
胸に手をあてて深く礼をする彼に、呆れた視線を向けて大きく息をついた。
調子のいいヤツだとは思う。それでいて憎めない。
そして、女王であるが故に、手放せない。
「……物語は」
「まだ結末をむかえてはいないよ、女王」
「そうか」
このアリスもダメだったか。
落胆する気持ちが半分。やはりそうだったかと思う気持ちが半分。
女王は、静かに瞳を閉じた。
この物語『不思議の国のアリス』で本当の結末を迎えなければ、この世界は終わらない。この世界の住人も役目を終わらせることができない。
この物語を終わらせるためにアリスを“外の世界”から連れてきているのに、どうして終わらないのだろうか。
あと何度、この物語を繰り返さなければいけないのだろうか。
誰もが物語の終結を望むこの世界に、いつ、終わりが訪れるのだろうか。
「また、繰り返さなければいけないのか」
「とりあえず、新しい“白うさぎ役”が来るまでは、アリスのことなんか忘れちゃえば?」
その言葉は、女王の耳に甘い蜜のように溶け込んでくる。
忘れられればどれほど幸せか。アリスの存在など、忘れてしまいたいと何度願ったことか。
それでも――
「忘れられるか。アリスなくして、この『物語』は終わらない」
忘れられない。この国に存在しているのであれば、どこにいようとアリスの影がつきまとう。
脳裏にアリスの存在が染み込んでいる。
まるで洗脳されているみたいだ、なんて誰が言ったのやら。全くその通りだと今なら全力で頷けてしまう。
「一時だけなら、アリスのこと、忘れさせてあげようか?」
ふわりと、耳朶で彼が優しく囁いた。
「……ちなみに、どうするつもりだ?」
「もちろん、俺とのあまぁい時間で。俺のことだけしか考えられなくしてあげる」
「発想が発情うさぎみだいだな、却下」
「酷いなぁ。俺、こんなにも女王のことが大好きなのに」
くすり、と彼が笑う。
きっといつもの冗談。軽口でなんでもさらりと言えてしまう彼の言葉は、まるで麻薬のようだと思う。だからこそ、彼の言葉に飲まれてはいけない。彼の言葉に一度堕ちてしまえば、きっと一人では立てなくなるくらいに、彼の言葉が欲しくなる。
咎めるかのように、女王は彼を呼んだ。
「役無」
「何?」
女王の反応を楽しんでいるかのように、彼は笑った。
「私のことが大好きなら、もっと尽くせ。私のために働け」
彼女は女王。手の上で転がすのが彼女の役目。
彼女で楽しまれるのは不本意であり、本来ならば、彼女が彼で楽しむのだ。
女王がアリスで遊んでいるように。
高慢に言い放った言葉に、彼は笑みを深くして静かに礼を返していた。