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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第一章 父の故郷は魔女の国
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(8)両親は異世界通勤者

 しかし帰ると言った兄が玄関を出て家の外壁を回り込んだ為、藍里は怪訝な顔になった。

「悠理、どうして物置なんかに用があるの?」

 庭の一角に設置してあるプレハブの物置に到達した所で藍里が疑問を呈すると、悠理はキーホルダーを取り出し、そこに付いている鍵の中から一つを選び出して、鍵穴に差し込みながら素っ気なく答える。


「ここに近道があるからだ」

「はぁ? 大体どうやってアルデインまで帰るっていうのよ。頭おかしいんじゃない?」

「いいから黙ってろ」

 藍里としては当然の感想を口にしたのだが、悠理は面倒くさそうに応じただけで鍵を解除し、引き戸の取っ手に手をかけて、何やらブツブツと呟いた。そして勢い良くその戸を引き開けると、背後の藍里を振り返る。


「さあ、行くぞ」

 しかし物置の中を眺めた藍里は、再び怪訝な顔になった。

「え? 何でこんなに物置の中が真っ暗? いつもは中にある物は見えてるのに」

「いいから、さっさと入れ」

「きゃあっ!! ……ちょっと悠理、何するのよ! 危ないじゃない!」

 中を覗き込もうとした所を、かなり乱暴に背中を突き飛ばされた藍里は、物置に足を踏み入れてたたらを踏んだ。しかし反射的に振り返った目の前にある物が、どう見ても引き戸を開けた状態の事務用大型ロッカーな上、背後から聞き覚えのある声がかけられた為、ゆっくりと声のした方を振り返る。


「おや? 藍里さんもいらしたんですね。お久しぶりです」

「…………」

 大きな机の向こうから声をかけてきた初老の男性が、何度も家に泊まりに来た事があるリスベラント日本支社副社長のルベト・ラングである事を認識し、更に今現在自分が存在する場所がどう考えても一般企業内の一室、しかもかなり設備が整った役員用の部屋だと推察できてしまった為、藍里は物も言えずに固まった。それを見たルベトが「おやおや」と小さく笑いながら立ち上がる間に、空いたままのロッカーか悠理以下の面々が次々登場し、一気に室内の人数が増す。


「藍里。いつまでも呆けていないで、ルベトさんに挨拶くらいしろ」

 直立不動の妹を見て悠理がしかめっ面で促すと、漸く我に返った藍里は、慌てて条件反射的に頭を下げた。

「あ、えっと……。ご無沙汰しています、ルベトさん」

「いえ、こちらこそ。今回は大変でしたね、藍里さん。襲撃の一報は受けましたが、本当にお怪我はありませんか?」

 心配そうに尋ねられた為、藍里は素直に頷きつつ問いかける。


「はい、大丈夫です。あの、ここはどこでしょうか?」

「リスベラント社、日本支社の社長室です」

「……ですよね」

 一応予測した内容をしっかりと肯定されてしまった藍里は、がっくりと肩を落とした。そんな彼女には目もくれず、悠理は忙しげに二つあるドアの片方に向かう。


「じゃあ時間がないので、俺はアルデインに戻ります。詳しい説明は殿下とそちらで宜しく」

「了解しました。悠理さん、藍里さんへのご説明、ご苦労様でした」

「……え?」

 頷いたルベトに悠理は背を向け、廊下に繋がるドアではなく、秘書が待機している隣室に繋がるドアの前で何やら一瞬立ち止ってから、勢い良くドアを開けてその向こうに姿を消した。その行動に、藍里は早速疑問を口にする。


「『アルデインに戻る』って言って、どうしてわざわざ秘書室に繋がるドアから外に出て行くんですか? あっちの廊下に繋がるドアから、出て行けば良いじゃありませんか」

 そう尋ねられたルベトが律儀に答える前に、ルーカスが呆れ顔で会話に割り込んだ。

「お前、いい加減この部屋に、ドア一枚でやって来た現実を直視しろ。物置の戸とこのロッカーの戸が繋がっている様に、あそこのドアがアルデイン公国公宮のドアの一つに繋がってるからに決まってるからだろうが。ユーリ殿はそこから出て、職場のアルデイン国立総合病院に向かうんだ」

 そう聞いた藍里は、益々困惑する。


「じゃあ、このロッカーとかそのドアは、普段は使えないの?」

「違う。普段はちゃんとロッカーだし、隣室に繋がるドアだ。魔術で扉を繋いで、一時的に通れる様にしてあるだけだ。勿論、その術に長けた者が、予め扉を固定しておいた場合に限るがな」

 そんな事を事も無げに言われた藍里は、もの凄く懐疑的な表情になった。

「そんなとんでもない人がこの世にいるの?」

「お前の父親だ」

「……はいぃ?」

 思わず間抜けな声を上げた藍里に、ルーカスは盛大に舌打ちしてから、辛抱強くもう一度告げる。


「お前の父親の、ダニエル・ヒルシュ・グラン辺境伯に決まってる」

「嘘!?」

 本気で驚愕の声を上げた藍里を、ルーカスは盛大に叱りつけた。


「嘘なわけあるかっ!! 第一、辺境伯の称号は、公爵家と伯爵家の当主とその家族しか爵位を持てないから、リスベラントに多大な貢献をした人物に一代に限り特別名乗れる様にした爵位の事で、お前の父親は地上のアルデイン公宮と世界中のリスベラント本支社同士を結ぶ扉を作って固定した功績で、それを賜ったんだぞ!?」

「ちょっと待って! じゃあさっきの物置の扉とか、本当にお父さんが造ったわけ!? そうなると本当に、悠里はアルデインから日本に帰って来てたの?」

「だから、さっきからそう言ってるだろうが!」

 口調がヒートアップする若者二人とは対照的に、ここで落ち着き払った声でルベトが会話に割り込んだ。


「因みに、支社長はアルデイン公爵の側近でリスベラントの内政を司っておられますので、ほぼ毎日こちらとアルデインの公宮を経由して、リスベラントに通っておられます。ここの支社長職はカモフラージュで、業務は殆ど私が代行していますから。私もリスベラント出身で、目くらましの類の魔術を得意としておりますので」

「え?」

 サラッと言われた内容を耳にして、藍里が顔を引き攣らせながらルベトに向き直ると、彼はにこやかに説明を続けた。


「それから万里様は、今日はグラン辺境伯夫人としてリスベラントまで出向いて、ナーデス伯家でのお茶会に出席する予定ですが、ついでに早めに央都の辺境伯の屋敷に出向いて、ご夫妻の留守を守っている家宰から、グラン辺境伯家の財務状況の報告を受けている筈です」

「お母さん、今日も近くの病院でのパート勤務じゃ……。それにお父さん、電車を乗り継いでの長距離通勤じゃなくて、扉を幾つかくぐっての異世界通勤……」

 がっくりと項垂れてブツブツと呟く藍里を見て、ルベトは若干気の毒そうな顔になった。


「……本当に、何も聞いていらっしゃらなかったんですね。辺境伯も夫人も、揃ってお人が悪い」

 そしてルベトが苦笑しながら小さく首を振ると、ルーカス達が思い思いの事を口にする。


「もうこれは、人が悪いとかそういうレベルじゃ無いだろ」

「本当にご両親の話を、今の今まで信じていらっしゃったんですね……」

「取り敢えず、鎌倉に戻りませんか?」

「そうだな。詳しい話はそれからだ。行くぞ」

「うん……」

 そうして促されるまま、再びロッカーと物置の戸を通って自宅の庭に戻って来た藍里は、あまりの非日常っぷりに本気で現実逃避したくなった。


(本当に家に帰って来たわ。有り得ないから……)

 しかし他の四人がそれを認める筈も無く、藍里は急かされて再びリビングへと戻った。


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