(7)驚愕の真実
カットソーとジーンズに着替えた藍里がリビングに入ると、タイミング良くキッチンから顔を覗かせた先程の女性が、恭しくティーカップを藍里の前に置いた。
「アイリ様、すみません。勝手にキッチンを使わせて頂きました。宜しければどうぞ」
「……いただきます」
(確かに怪しげで変な人っぽいけど、そんなに悪い人でもなさそうなのよね。悠理とも知り合いみたいだし。でも一体全体どういう事?)
壁際に立って穏やかに微笑んでいる女性に若干居心地悪い思いをしつつ、藍里は紅茶を飲みながら考え込んだ。すると立て続けに男四人がリビングに集まり、ソファーに悠理と、治療を優先したのか制服のままのルーカスが並んで座り、後の二人は壁際とドアの横に立つ。その二人の前に、藍里と同様にティーカップが置かれた。
何となく立ったままの三人に気を取られ、ルーカスの足の怪我が有り得ない程綺麗に完治している事に藍里が気が付く前に、悠理が話の口火を切った。
「よし、全員揃ってるな。ところでこうなったからには、藍里に全ての事情を話して構いませんね?」
そう確認を入れると、隣のルーカスが疲れた様に溜め息を吐く。
「勿論です。と言うか、彼女がこちらの世情に関して全くご存じないのは、グラン辺境伯側の事情ですので、寧ろ徹底的に説明して頂きたい」
「殿下の主張は尤もです。じゃあまずお前に、この四人を紹介する。お前がアルデイン公国公女クラリーサ・ディアルド殿下だと思っていたのは、クラリーサ殿下の実の弟の、ルーカス・ディル・ディアルド殿下だ。年はお前と同年だな」
「……れっきとした殿下が、何で女装なんかしてるのよ?」
憮然としながら藍里が突っ込みを入れたが、悠理はあっさりそれを流した。
「説明は後だ。それから他の三人は、全員アルデイン公国外務省国際対応局組織対策課の職員だ。黒髪の男がジークロイド・ディル・ヒルシュで、通称がジーク。プラチナブロンドの男性がウィラード・ディル・デスナールで、通称がウィル。紅一点がセレネリア・ディル・タウミル、通称セレナ。これから暫く付き合う事になるんだから、ちゃんと名前を覚えておけよ?」
名前を呼ばれる度に三人は視線を向けてきた藍里に向かって目礼したが、彼女の疑問は益々膨らむ一方だった。
(何なのよ、その長ったらしい所属名。アルデイン公国の人間だってのは分かるし、見当もついてたけど。それにあの黒髪の人、何か見覚えがある様な……)
一生懸命記憶を探りながら藍里が凝視すると、その視線を感じたジークが僅かに動揺した素振りを見せつつ彼女から視線を逸らした。それを見た藍里が無言で眉を寄せたが、ここで唐突に悠理が問いを発する。
「藍里。お前は中世ヨーロッパの魔女狩りについて、どんな風に認識している?」
そんな事を言われた藍里は頭の中の疑問など吹っ飛び、きょとんとしながら兄を見返した。
「は? なんでここでいきなり、魔女狩りなんて言葉が」
「いいから、さっさと言ってみろ」
「何なのよ、もう……」
いつも以上に強引な次兄に若干腹を立てつつも、藍里は言われた通りに記憶している内容を口にした。
「『魔女狩り』って言えば、男女問わず周囲の者達から『魔術を行使する魔女』だと認定された多くの人間が、拷問されたり処刑された事でしょ? でもそれは根拠の無い言いがかりとか逆恨み、治療が難しい知られていない伝染病への感染とか集団ヒステリーで、社会的弱者が排他対象になっただけで、実際に魔術を駆使してた人間はいないってオチよね」
「確かに、殆どの人間は、身に覚えの無い事で犠牲になった。だがその中には、本物の魔女も少数ながら存在した」
「ふぅん、それは初耳……。は!? 『本物の魔女』って、いきなり何を言いだすのよ、悠理?」
うっかり流しかけた藍里だったが、聞き捨てならない内容を耳にして身を乗り出すと、悠理が小さく溜め息を吐いてから右手を体の前に持って来た。
「さっきお前自身が言った事だ。魔女とは男女問わず魔術を行使する、つまり普通の人間にはできない異能の持ち主と言う事。つまり、こういう事だ」
指を鳴らすのかと思った瞬間悠理の手の上で拳大の炎が生じ、更にすぐ前のカップから立ち上った細い水流が、炎を絡め捕る様にして瞬く間に消火してしまった。
「……はい?」
「言っておくが、俺は手先が器用なのは生まれつきだが、手品は習得して無いからな」
「…………」
言おうとした事を先回りされて釘を刺された為、藍里は黙り込んだ。それを見た悠理が、容赦なく話を進める。
「それで遠い昔、迫害を受けた俺達のご先祖様達はヨーロッパ中を逃げ回り、密かに隠れ住んでいた。そんな中、ある人が己の魔力を駆使してとんでもない物を作り出してしまった。一体何だと思う?」
「ごめん、悠理。既に理解力と想像力の限界なんだけど」
「異世界に通じる扉だ」
「…………」
その途方もない話に、思わず藍里は半眼になって兄を見遣った。その反応は十分に予期出来ていた為、悠理は淡々と話を続ける。
「厳密に言えば、彼女は元々存在していた異世界に繋がる通路を作っただけなのか、それとも異世界そのものを作り出したのか、今でも定かでは無い。だが迫害を受けていた異能の持ち主達は、その異世界に、聖リスベラが作った今のアルデイン国内にある扉を通って、次々移住した。俺達の遠いご先祖様も、その中の一人だ」
そこで聞き覚えのある名前が出て来た為、藍里は思わず口を挟んだ。
「リスベラントって……、会社の名前よね?」
それに悠理が、真顔で頷く。
「アルデインとリスベラントは表裏一体の関係だからな。公にはできない土地の名前を、せめてそこから産出した物を売る企業の名前に、用いたわけだ」
それを聞いた藍里は、必死になって頭の中の考えを纏めた。
「ええと……、そうするとひょっとして、リスベラントには迫害されて移住した魔女の子孫が今でも住んでいて、アルデイン側と行き来している?」
「ああ。互いの国民の中で、その秘密を知っている一握りの者だけだがな。そしてその扉を代々のディアルド家当主が、魔女狩りを指揮していた連中に対して、アルデイン側で死守してきたんだ」
「ディアルド家って……、現在のアルデイン公国の国主の、ディアルド公爵家の事よね?」
今更の様な確認を入れてきた藍里に、ルーカスは顔を顰めたが、悠理は変わらず真剣な顔付きで頷いた。
「そうだ。だから扉を守っているディアルド家が倒れない様に、危機の時にはいつもリスベラントがそれを回避するのにふさわしい人材を、惜しげも無く派遣してきた。それでアルデイン公国はその国土を保ちつつ、今まで存続して来られたんだ」
「なるほど。だから小国なのに周辺の大国に併合されたり、攻め滅ぼされたりしなかったんだ」
これまで何となく疑問に思っていた事が分かった為、藍里は妙にすっきりした表情になって頷いた。しかしここで時計を見た悠理が、舌打ちして勢い良く立ち上がる。
「悪い、時間切れだ。後は皆に説明して貰ってくれ。ついでだ。お前に、嫌でも現実を直視させてやる。ちょっと来い」
「え? ちょっと、いきなり何よ?」
悠理が自分の手を掴んで強引に立たせて歩き出した為、藍里は抗議の声を上げたが、これから悠理のする事に予想が付いていた他の者達は、皆大人しく彼らの後に続いた。