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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第一章 父の故郷は魔女の国
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(6)次兄の帰還

「消えろ――――っ!!」

 そう藍里が絶叫した途端、藍里の全身から発生した光源が周囲を飲み込み、すぐ近くにいた男達がそれに巻き込まれた。


「うわぁぁぁっ!!」

 そして何故か男達が、目が眩んだ為だけではない様な悲鳴を発したが、伏せていた藍里にはその理由など見当がつくはずも無く、光が消えていつまで経っても痛みが生じない事に不審に思った彼女が恐々と上半身を起こしてみると、彼らの姿はどこにも存在しなかった。


「え? 私、死んでない? それに……、あの人達、どこに行ったの?」

「……おい、ちょっと待て。まさかこのタイミングで顕現か? 勘弁しろよ」

 茫然として辺りを見回す藍里の前で、地面に横たわったままのルーカスが呻き声を漏らす。そんな二人の前に、法面の上の雑木林から三人の男女が血相を変えて駆け下りて来た。


「申し訳ありません、殿下。片付けるのに手間取りました!」

「服に血が! お怪我は!?」

「大丈夫ですか!?」

「何とか大丈夫だ。それより……」

(何? 何かこいつの知り合いみたいだけど、どうしていきなり外人が三人も現れるわけ?)

 ゆっくり起き上がったルーカスを囲んで、彼の怪我の具合を確認し始めた日本人離れした容貌の三人を見ながら藍里が呆気に取られていると、勢い良く振り返ったルーカスが、藍里に両手を伸ばした。


「あ、クラリーサさん! 撃たれたのに急に起き上がって大丈……、きゃあぁっ!!」

 慌てて手を貸して立ち上がらせようとした藍里だったが、ルーカスはその手を取らずに彼女の制服の胸当て部分に手を当て、刃物も無いのにどうやってか胸当てを綺麗に縦に裂いた。そしてそこを両手で一気に左右に開いた為、流石に藍里が悲鳴を上げる。

 

「ちょっと! いきなり何するのよ!?」

 しかし藍里の当然の抗議を、その場の人間は誰一人耳に入れなかった。

「やっぱり紅連三日月! 辺境伯夫人の言った事は、真実だったのか!」

「凄い……、初めてお目にかかりましたよ」

「書物や絵でしか見た事はありませんでしたが、何て神々しい……」

 その時藍里の鎖骨の下には、紅い三日月が三つ、百二十度ずつずれて重なった様に見える、アルデイン国旗の意匠と同様の痣が浮かび上がっていたが、自分の胸元などはっきりと見下ろす事などできなかった藍里は、口々に勝手な事を言っている面々に対して、再び怒りを爆発させた。


「人の服切り裂いて、何を訳の分からない事ほざいてんだ、このド変態!! 飛んでけ――――っ!!」

「ぐわぁぁっ!」

「……え?」

 そして手加減なしでルーカスに繰り出したパンチは見事彼の頬にヒットしたが、何故かそのまま彼の身体が一直線に吹っ飛び、十メートル程離れた道路の法面に激突した。


「きゃあぁぁっ! 殿下!」

「ルーカス殿下! 大丈夫ですか!?」

 その衝撃で完全に気を失ったルーカスに三人が駆け寄り、狼狽しているのを尻目に、藍里は呆然と自分の拳を見下ろした。


(ちょっと待って。どうして、あんな凄い勢いで吹っ飛んで行ったの? それに、何か違う名前で呼ばれていたわよね? そりゃあ、男の名前がクラリーサなんて筈はないけど、でも『殿下』って……)

 少し考え込んでから、一人で考え込んでいても埒が明かないと、藍里は狼狽している四人の元に歩み寄って仁王立ちで声をかけた。


「ところで、あんた達も変態の一味? 纏めてぶっ飛ばすわよ!?」

「いえ、アイリ様、我々は決して怪しい者では」

「ところで賊は? 我々と入れ違いに、逃走したのですか?」

 弁解しつつ、地面に屈み込んだまま一人の男が尋ねてきた為、藍里は渋面になって答える。


「知らないわよ! 急に消えたんだもの。あんた達がどうにかしたんじゃないの!?」

「消えた?」

「本当よ!? いきなり眩しくなったなと思ったら、次の瞬間目の前から忽然と姿が消えちゃったの!! 言っておくけど私、頭がおかしくなったりしてませんからね!?」

 憤然と言い返した藍里だったが、それを聞いた栗色の髪の美女は、重々しく頷いて言い出した。


「やはり……、そうだったのですね?」

「え? 何が?」

「アイリ様は本当に、聖リスベラの生まれ変わりでいらっしゃるんです。ですから、何処とも知れない彼方の空間へ、賊を飛ばしてしまったのですわ」

「はい?」

 完全に理解不能な事を呟かれて当惑した藍里だったが、その女性は今度はいきなり藍里の両足に抱き付きながら、感極まった叫びを上げた。


「アイリ様! この際ついでに、私もどこへなりと飛ばして下さい! 人一人存在しない異空間でも、真空の宇宙空間でも構いません! 寧ろそれが私の望みですから!」

「ちょっと待て! セレナ、落ち着け!」

「早まるな! アイリ嬢、間違っても本気にしないで下さい!!」

 途端に他の二人の男が、狼狽しながらその女性を引き剥がしにかかったが、そんな三人を藍里は冷め切った目で見下ろした。


「……変態の仲間は、やっぱり変態なのね。さっさと家に入って通報しよう」

「え? そんなアイリ様!」

「アイリ嬢、俺達は怪しい者じゃないから!」

「怪しい人間が、自分の事を怪しいなんて言う筈ないでしょ!?」

 悲鳴じみた声を上げた面々を、藍里が盛大に叱りつける。しかしそこで自宅の敷地内から走り出てきた人物が、必死の形相で藍里に呼びかけた。


「ちょっと待て、藍里!! その人達は味方だから、これ以上事を荒立てるな!」

 聞き覚えのあるその声に思わず藍里が振り返ると、予想通り自分の次兄が駆け寄って来る所だったが、何故か遠く離れた異国にいる筈の兄の登場に、藍里は無意識に眉根を寄せた。


「悠理? アルデインから帰国するなんて、言ってなかったじゃない。どうしてここに居るの?」

「お前が襲撃に遭ったと連絡を貰って、たった今着いたところだ」

「でも……、道の方からじゃなくて、門の中から来たじゃない。私達が来る前に、帰宅してたのよね? そもそもあんた、本当に悠理?」

 藍里としては当然の疑問を呈したのだが、目の前の悠理はこめかみに青筋を浮かべた。


「……おい、本気で怒るぞ、藍里。兄の顔を見忘れたか?」

「だって変態女装男の肩を持つなんて、同じ穴のムジナとしか思えないじゃない。悠理そっくりな顔で油断させて、隙を見て誘拐するとか襲うとか、するつもりなんじゃないの?」

「ほぉう? 俺に向かって良く言った。それなら嫌でも俺が実の兄だと、認めさせてやろうじゃないか。お前の初恋は、幼稚園のすみれ組の時」

「へ?」

 唐突に始まった話に藍里が呆然となったが、悠理はそれには構わず淡々と話し続ける。


「隣のバラ組のこうき君に告って、こっぴどく振られて一晩泣き明かし、それに激怒した界流がその子に怒りの鉄槌を下して、卒園までの残り二年半、藍里の半径五メートル以内に彼が足を踏み入れる事は無かった……」

「…………」

「え? ちょ、ちょっと待って!」

 物憂げな表情で悠理が語った内容に、他の三人も何とも言えない表情で押し黙った。ただ一人藍里は動揺していたが、悠理はそれには構わずに話を続ける。


「それから、一番最後におねしょしたのは、小学」

「分かった分かったごめん! 悠理本人よね! 認めるから、それ以上人の黒歴史を暴露しないで!!」

 慌てて話を遮ってきた妹に、悠理はしかめっ面で応じた。

「最初からそう言え、馬鹿者。とにかく、俺は後二十分位しか時間が無いんだ。オペの開始時間を無理矢理遅らせて貰ったからな」

「は?」

 意味不明な事を言われて藍里は困惑したが、悠理は正体不明の三人とも顔見知りだったらしく、テキパキと事務的に指示を出した。


「取り敢えず、お前は着替え。俺は殿下の治療。ジークは殿下を家の中に運んで、俺の治療の補佐。セレナさんは上への連絡。ウィルさんは連中の乗って来たあの車の処理手続き。そして十五分後にリビングに集合。異存は?」

「ありません」

「ユーリ殿、宜しくお願いします」

 そして三人が時間を無駄にせず言いつけられた事に取り掛かった為、悠理は厳しい顔付きになって妹を促した。


「ほら、お前もさっさと動く。リビングで簡単に事情を説明してやるから」

「……分かったわよ」

 そして藍里は不承不頷き、少し離れた所に落ちていた鞄を拾い上げて、着替える為に自室へと向かった。


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