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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第五章 新たな騒動の種
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(3)後継者問題

「取り敢えず、ここなら暫くは大丈夫だと思いますので」

「あ、ありがとう、セレナさん」

 方向が分からなくなる位、何度も角を曲がってある部屋に飛び込んだ藍里は、床にへたり込んでセレナに礼を述べた。その横にどかりと腰を下ろした悠理は妹よりは冷静だったらしく、軽く室内を見回しながら問いを発する。


「でもセレナさん。ここって、ギリギリ公爵家のプライベートスペースに含まれてませんか? 俺達が入って拙くないんでしょうか? 通り抜けてきた詰め所の、警備兵も不満顔でしたし」

「ここは一応、私が使わせて頂いているお部屋ですから」

「ああ、なるほど。そうでしたね」

 さらりと説明されて、悠理は目の前の女性がランドルフの第二公妾だった事を思い出した。するとここで彼女は難しい顔になって、部屋の奥に設置されている本棚の方に歩き出す。


「警備の方には、皆様をお連れする事を言って通して貰いましたから。ですがあの方達から、アイリ様がここにいらっしゃる事が他の方に漏れると思いますので、今のうちに脱出ルートを確認してきます。ウィル、付き合って」

「あ、ああ、分かった。……って、なんでそんな服装で!?」

 本棚の前に到達するなり勢い良くドレスを脱ぎ出したセレナに、ウィルは勿論、その場にいた全員が仰天した。しかしその下に着込んでいたレオタード姿になりながら、彼女が事も無げに告げる。


「こんなビラビラ広がってる格好で、狭い所を通れないでしょう? 万が一出口の方から敵と遭遇した時、咄嗟に反撃できなかったら拙いし」

「それにしたって……。おい、ちょっと待て! どうしてそんな所から!?」

「隠し通路だからに決まってるわよ。一々驚かないで」

 身軽な姿になった途端、セレナが口の中で低く呪文を唱えると、本棚が音もなく右にスライドし、壁にぽっかりと開いている穴が現れた。それにウィルが唖然としていると、彼女は次に奥の部屋から、普段着の様な無駄な装飾が一切ない簡素なドレスと靴を持ち出して、藍里の前のテーブルに広げる。


「アイリ様、お待ちの間に、これに着替えておいて貰えますか?」

「ええと……、分かりました」

 抜け穴の存在に、まだ度肝を抜かれながら藍里が頷くと、セレナはさっさと壁に開いた、その暗い空間に足を踏み入れながら、未だ呆然としているウィルを振り返って催促した。


「さっさと来て下さい。暫く使ってないから、きちんと使える保障が無いんです。開かなくなってたり、知らないうちに面倒な所に繋がっているかもしれないので、その時はフォローして下さい」

「……ああ」

 まだ完全に気を取り直していないらしいウィルを連れて、セレナが壁の向こうに姿を消してから、悠理がぼそりと感想を漏らす。


「……公妾様って、結構面白い事をしてるんだな。公爵様の趣味か?」

「私も思ったけど、口に出しちゃ駄目だと思う」

 真顔で藍里が応じると、この間に気を取り直したらしいジークが声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」

「うん、ありがとう、ジークさんこそ怪我は無い?」

「いえ、怪我らしい怪我は。しかしカイル殿の婚約はともかくとして、アイリ様とルーカス殿下との事については……」

 そう言って非難がましい視線を向けて来たジークに、思わず悠理は弁解した。


「俺は無実。本当に知らなかったから。父親たちの独断専行か、公爵の暴走だ」

「本当に?」

「信用無いな……。まあ、公爵の気持ちも分かるけどさ」

「どういう事よ?」

 疑わしげな妹からの視線を受けて、悠理は溜め息を吐いて説明を始めた。


「公爵は正妻のエレノア様との仲が良くないって言うのは有名な話で、彼女との子供もアメーリア殿下しか居ないんだ。対して自分の意志で迎えた第一公妾のミネア様との間には、クラリーサ殿下とルーカス殿下が生まれたわけ。しかもクラリーサ殿下は『ルイ』、ルーカス殿下は『ディル』位を十代のうちに取って将来有望と思われてるから、正妻の実家であるオランデュー家の周辺では面白くなくて、これまで事ある毎にネチネチと嫌がらせしてたんだよ」

「うっわ……、何か本当にネチネチしてそう……」

 今回オランデュー一派から受けた嫌がらせを思い返し、藍里は本気で顔を顰めた。それを見て悠理も渋面になりながら、話を続ける。


「ディアルド公爵もその地位に就いてから二十年近く経過しているし、そろそろ後継者を、つまり公爵家当主と同じ『アル』を名乗る人間を決める時期にきているんだ。必然的にそれは『ディル』保持者で争われる事になるが、ルーカス殿下はディルの中では最年少の上、既にお亡くなりのミネア様は平民出身だから、母方からの後見もない。オランデュー伯爵はそこを突いてきたわけだ。今までは」

「じゃあ、今からは違うの?」

 不思議そうに藍里が尋ねると、悠理は至極当然の如く言ってのけた。


「ここで聖紋持ちのお前がいきなり出てきて、目障りなオランデュー伯爵の息子から、見事ディルを取ってしまったわけだ。しかも息子と同じ十七歳で、兄二人と母親もディルときてる。これは変な男に穫られる前に、セーフティーキープするのは当然だ。仮にお前が公爵になっても、殿下にはその夫の地位が手に入るって寸法だ」

「ちょっと! 何よそれ!? 他人の人生、自分の都合で勝手に決めないでよ!」

「耳元で喚くな! しかし事前に本人に話を通す位、するかと思ったんだが……。公爵らしくないな。この数年、周到にオランデュー伯爵の勢力を削いできたって言うのに」

「何よ、それ?」

 嫌な予感を覚えながら藍里が問いかけると、悠理はうんざりした顔付きになって言葉を継いだ。


「お前と母さんの対戦相手がオランデュー伯爵の息子。俺とジークの対戦相手は伯爵の甥。界琉のそれは伯爵の従弟で、確かウィルさんとセレナさんの対戦相手も、伯爵の親戚でしたよね?」

「……ええ」

 そこまで聞いて、藍里は本気で呆れた。


「何? その使えるモノは使えるだけ使って徹底排除、的な露骨さは!?」

「だが向こうは俺達の事なんか歯牙にもかけてなかったから、嬉々として組み合わせを了承してたんだよな」

「同情のしようがないわね」

「今回の二試合で、オランデュー伯爵の近親者にディルは皆無になった。普段『貴族たるもの、先頭に立って戦えるかどうかで、その存在意義を示せる』と公言しているから、面目丸潰れだな」

「確かに、オランデュー伯爵家は気に入らないけど」

 上手く公爵に踊らされた気しかしない藍里が、思わず声を荒げたが、ここでジークがドアに視線を向けながら、鋭い声で警告した。


「静かに。誰か来ます」

「え?」

「オッサンじゃなくて、美人だったら良いんだが……」

 険しい顔になったジークと共に、悠理が立ち上がってドアに向かい、僅かに開けたドアの隙間から廊下を眺めたが、そのまま何も言わずに動きを止めた。それを訝しんだ藍里が声をかける。


「悠理、どうしたの?」

「オッサン2人と、一応美人だった」

「はぁ?」

 意味が分からなかった藍里は、廊下に視線を向けたままの悠理に手招きされて、ドアに歩み寄り、兄同様その隙間から向こうを覗き込んだ。



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