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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第四章 御前試合開催
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(7)呆気ない幕切れ

「とりゃあぁぁーーっ!」

 鬼気迫る藍里の気迫と共に、藍華が勢い良く回りながら彼女の頭上に投げ上げられた。と同時に、先程の袴から伸びた黒い影と同じ物が藍華から放射状に広がった為、アンドリューは慌てて空中を見上げて警戒する。


「なっ、何だ!? あれも何か、変な攻撃か!?」

「……何であの薙刀、十メートル近く上がるんだ?」

「バトントワリングって……、まさかあれの練習?」

 観客席でルーカス達も呆然と事の成り行きを見守っていると、藍里は藍華を投げ上げた次の瞬間には、左手を右腕の紅蓮に当てて短く呪文を唱えていた。


「開、起」

 すると瞬時に彼女の目の前に、弦を張っていない弓が現れた。そして藍華や紅蓮同様、来住家伝来の弓であるその紫焔しえんを左手で掴んだ藍里は、躊躇う事無く弦を引き絞る動作をする。


「集、雷、針」

 すると不思議な事に、紫焔はまるで弦が張ってある様にしなり、その両端から藍里の右手の指先を頂点とする形で、細い光が鋭角を描き出した。更にもの凄い勢いで、藍里の指先に光が集約されていく。


「殿下、アイリ嬢が!!」

「ウィル、どうし……、何!?」

 空中に跳ね上がった藍華に注意が向いていたルーカスは、慌てた様に叫んだウィルに促されてその情景に気が付いたが、それとほぼ同時に競技場の四方から、小さな困惑の声が上がった。


「うあっ!」

「何だ? 今の変な感じは」

「一瞬、急に力が抜けた?」

「一体どうして……」

 それは自分の足を止めようとカール達が画策していたのを逆手に取り、彼らが競技場に密かに這わせていた魔力の流れを利用して、藍里が強引に四人の魔力を一気に吸収したせいであったのだが、そんな事は彼女以外の誰も気付く事は無かった。

 藍里が藍華を空中に放り出してから、この間、僅か三秒。一気に限界まで高められた彼女の魔力を集約した小さな光球が、ここで彼女の指先から放たれた。


「いっけぇぇ――――っ!!」

 そしてそれはアンドリューめがけて一直線に飛んでいき、空中を舞っている藍華からの攻撃を想定して、殆ど地上からの攻撃を防御できていなかった彼の鳩尾に、まともに直撃する。


「ぐわぁぁぁっ!!」

 当然、彼は勢い良く背後に吹っ飛んで行き、受け身を取る余裕など無いまま、競技場の壁に激突した。しかしそれでも勢いは止まらず、壁に穴を開けて観客席の一部を崩壊させた挙げ句、崩れ落ちた瓦礫の中に埋もれる。

 激突した壁は東側の観客席に接した場所であり、近辺に座っていたオランデュー派の人間が何人も巻き添えを食って落下したり、慌てて避難して藍里に怒声を浴びせたが、彼女はそんな声は綺麗に無視して紫焔を地面に落とすと、落下して元通り自分の手の中に戻ってきた藍華に向かって、上機嫌に語りかけた。


「藍華、お帰り! 行くよ!」

 そして両手で藍華を掴んで両腕を振り上げ、上段の構えを取ると、瞬時に藍華の刃先が明るく輝き出す。それを見て東側の観客席に居る者達が一気に顔を青ざめさせる中、藍里は微塵も躊躇わずにアンドリューが埋もれている辺りに向かって、藍華を振り下ろした。


「はぁぁぁーーっ!!」

 勿論距離が有る為、藍華の刃先が直接アンドリューを襲う事は無かったが、藍華が生じさせた衝撃波がそのまま周囲の空気を震わせながら一直線に突き進み、破壊された東側の観客席を襲って更にその周囲が崩壊し、より多くの人間が巻き込まれる羽目になった。


「ぎゃあぁぁっ!!」

「何て事をしやがる!」

「きゃあぁっ!!」

「た、助けてぇぇっ!!」

「そんな! 何で!?」

 狼狽の悲鳴と藍里に対する呪詛の言葉飛び交う中、ランドルフが勢い良く椅子から立ち上がり競技場中に響き渡る声で、この間呆けた様に傍観していた審判達を叱責した。


「審判! 何をやっている!! どう見ても、もう戦闘不可能だろうが!! 貴様等の目は飾りか!!」

 その怒声で漸く我に返ったカールは、慌てて周囲に向かって声を張り上げた。


「はっ、はいっ!! 試合終了! 勝者、アイリ・ヒルシュ!」

「アイリ・ヒルシュ! 勝敗は決した。直ちに戦闘を中止しろ!」

 カールの宣言を受けてランドルフが藍里に呼びかけると、彼女は素直に藍華を構えるのを止めて、左腕の紅蓮に収納した。次いで地面に放り出した紫焔も拾い上げ、右腕の紅蓮に収納していると、瓦礫に埋もれた人間達の救助と怪我人の収容を始めていた者達から、罵声が浴びせられる。


「ふざけるな!」

「やりすぎだろうが!」

 しかし藍里はその声に、飄々と言い返した。


「あ、そうなんですか? なかなか審判の方から声がかからなかったもので、もっと徹底的にやらなければいけないのかと思っていました。すみません、御前試合で戦うのは初めての上、見学すらした事が無かったので、全然勝手が分からなかったので。試合の前に挨拶に来てくれた審判の方が、自分達が責任を持って判断・対処すると仰ったものですから」

 その白々しい物言いを聞いて唖然とした者達が言い返そうとする前に、ランドルフが重々しく彼女に同意を示し、試合開始時のやり取りを指摘した。


「アイリ嬢が主張する通りだ。だからこそ今回、審判に我こそはと名乗り出てきたディル位を四人も付けて、万全の体制にしたつもりだったが。私の買いかぶりだったらしい。カール、ロナルド、パトリック、アスター。私はお前達に、試合開始前に試合の安全に関する全権を委任した。然るに、この惨状は何事だ。せめて負傷者への補償と競技場の復旧は、お前達四人の責任できちんと取り計らう様に」

 じろりと睨み付けながら通告してきたランドルフに、カール達は顔色を変えて弁明しようとした。


「そんな!」

「公爵閣下!」

「元はと言えば、そいつが自分で攻撃を止めなかったせいで、被害が大きく」

「黙れ!! 明らかに一撃目と二撃目の間に時間が有ったにも関わらず、ただ傍観していたのはお前達の怠慢以外の何物でも無いだろうが! 彼女は試合の判定はお前達が責任を持つと言及していたから、制止されない以上は続行するべきと判断しただけだ。自分の怠慢を棚に上げて、事情に通じていない者に責任転嫁を図るとは、それでも聖騎士位最上位たるディルか!? 恥を知れ!!」

「…………」

 正論を繰り出されて、ぐうの音が出なかったカール達は、それ以上文句を言えずに黙り込むしか無かった。


 そんな外野を無視する事にしたらしいランドルフは、アンドリューから一時返却されていたディル位を示す青いマントを側近から受け取り、観客席の縁に立つ。するとそこからスルスルと競技場に向かって半透明な階段が形成され、それを使って競技場へと降り立った。


「それでは勝敗が決したので、ディル位の授与を行う」

 片膝を付いた藍里の前に立ったランドルフが、観客席の一部が依然として喧騒に包まれているのを綺麗に無視しつつ堂々たる姿で宣言し、藍里に向かってマントを差し出しながら、厳かに告げる。


「この度の戦いは見事だった。これから末永く、リスベラントの為に尽くしてくれる事を望む」

「公爵閣下の仰せの通りに。謹んでディル位を拝命致します」

 膝を折ったまま恭しく両手でマントで受け取った彼女は、用意していた言葉を返した。するとランドルフが声を潜めて問いかけてくる。


「これで君はアイリ・ディル・ヒルシュだ。その覚悟はできているか?」

「いえ、全く」

「だろうな」

 即座に小声で言い返した藍里に、ランドルフは苦笑いで応じた。そして有無を言わせぬ気迫を醸し出しながら、静かに告げる。


「疲れただろうが、今夜の夜会にはダニエルに一家で参加する様に要請しているんだ。頑張ってくれ」

「……公爵様の仰せとあらば」

 棒読み調子で応じた藍里に、ランドルフは一瞬口元を緩めたが、すぐにいつもの厳格な表情になって踵を返し、空中に浮かんだ階段を上って行った。そして彼が観客席に戻ると同時に階段も消滅し、それを合図代わりに、藍里もここに入って来た時に使ったドアを目指す。


(やっぱり食えないオジサマよね。あの時、わざと二撃目を止めなかった筈。よっぽどオランデュー派が目障りなのかしら?)

 崩壊した東側の観客席の喧騒を背に受けながら藍里は進み、西側の入退場口に到達した時、何気なく背後を振り返ってランドルフを見上げた。しかし、その全く考えが読めない顔を見て、小さく肩を竦める。


「ま、私には関係ないか」

 そして扉を開けて競技場から出た藍里だったが、この先ランドルフの意向が彼女の人生に大きく関わってくる事になるのだった。




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