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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第四章 御前試合開催
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(6)破滅の序章

「ティラ、バス、レ! ヘイリ、ミューン!」

「ジュエム、リーセ、マイト、ナイ!」

 アンドリューが放つ真空の刃を、藍里が咄嗟に狭い空間で急激な気圧の差を作り出す事で、一時的に強烈な風を生じさせる事で滅する。しかし完全に消失しきれなかった物が、彼女の脇を掠めて着物や袴に幾筋かの切れ目が生じた。


(さてと、段々本気でヤバくなってきたかな? 色々伯父さん達に対応策を教えて貰ったり、小細工した物を持って来たけど、あくまでももしもの時の保険のつもりだったから、一発勝負なのよね)

 連続して繰り出される攻撃をかわしながら、藍里は真剣に考え込んだ。


(正直に言えば、できれば素直にもう少し楽に勝たせて欲しかったけど……。どう考えても今更だし、こうなったら徹底的にやるしかないわね)

 藍里がそんな決意を固めたのとほぼ同時に、彼女の目の前の炎の壁が急に崩れて、アンドリューが前触れ無く肉迫してきた。


「貰ったぁぁっ!!」

「うっ……、つぅっ!」

 自分の考えに没頭していた為、咄嗟に反応が遅れ、藍里はアンドリューの剣を身体に受けてしまった。しかしギリギリのタイミングで身体を仰け反らせつつ、最大限後ろに跳んで、皮膚を幾らか切られた程度で済む。

 殆ど水平になぎ払った彼の剣先は、藍里の鎖骨の下を30cm程真横に切って、白い生地にじわりと血を滲ませた。偶々藍里が背中を向けていた為、詳細が分からなかったルーカス達も、二人の動きと剣の軌道を見て、事態をほぼ正確に把握する。


「まさか、切られたか!?」

「アイリ様!!」

 ルーカス達は顔色を変えたが、藍里の正面に居た者達は、それからそれ以上の混乱に陥る事となった。


「はっ! そろそろ後腐れ無く、とどめを刺してや」

「ジ、グヮン」

「うわっ!!」

 藍里に漸く切りつけられた事に気を良くして、アンドリューが容赦なく続けざまに切りつけようとしたが、急に何かの力で殴りつけられた様に数メートル後方に吹っ飛んだ。


「な、何だ……、今のは……」

 不意を衝かれたにしても、漠然といつもの魔術とは違う感じを覚えたアンドリューは、呆然としながら立ち上がったが、彼に向かって藍里が感情の籠もらない、冷たい眼差しを送った。


「最初から随分とふざけた真似をしてくれた上に、よくもやってくれたわね……。覚悟して貰うわよ?」

 そう告げると同時に、藍里の全身から陽炎に似た揺らぎが立ち上ると同時に、下から緩やかな風が巻き起こって藍里の髪を揺らした。と同時に、彼女の切られた着物の襟の部分が風に煽られてめくり上がり、既に切られた箇所の出血が止まっているばかりか、今まで現れていなかった紅い聖紋が、藍里の鎖骨のすぐ下にくっきりと浮かび上がっているのが明らかになる。


「はっ! 負け惜しみを吐くのも大概に……、え? まさか、本物!?」

 リスベラントの創造主、聖リスベラの印である、聖紋に対する畏敬の念は、この国の住人なら子供の頃から叩き込まれている為、アンドリューが蒼白になったのは無理の無い事であった。そして未だ詳細が分からないながらも、その彼の反応を見て、ルーカス達は容易に事情を推察する事ができた。


「後ろ姿で良く分かりませんが……、アイリ様の様子が何か……」

「やはり胸元辺りを切られたらしいな……。しかもあの連中の様子だと、あの襲撃の時と同様、聖紋も浮き出ているらしい」

 そう言ってルーカスが改めて反対側の観客席を眺めると、そこは半ばパニックの様相を呈していた。


「あれは! あの娘は、本当に聖紋持ちだったのか!?」

「聖リスベラ様がお持ちだった物と、全く同じじゃないか!」

「でもオランデュー伯爵は、『恐れ多くも聖リスベラ様の聖紋を保持しているなどと騙る痴れ者』だと!」

「待て! 何か細工があるんじゃないか?」

「冗談じゃない!! 聖紋持ちの人物と、敵対などしてたまるか!」

 そんなオランデュー側に汲みしていると見られる者達の慌てぶりを見たルーカスは、苦々しげに吐き捨てた。


「……狼狽ぶりが見苦しい限りだな。醜悪だ」

「日和見連中は連中なりに、どちらに付くかで動揺しているでしょうね」

「生憎と観客席に座った時点で、その立場は決定済みだ。敢えて理由を付けてここに来なかった連中は、連中より遥かに賢明だな」

 全く同情しない口調で感想を述べたウィルに、ルーカスは素っ気なく答えた。そんなやり取りをしている前方で、笑いを堪える様な口調での会話が交わされる。


「しかし、とことん馬鹿だな……。真っ当に戦っていれば、真っ当に負けただけで済んだものを……。もう命の保証はできないぞ」

「ゴッドハンドのお前の手にかかれば、どんな惨状になっても回復可能じゃないのか?」

 弟がしみじみと言い出した為、界琉は半ばからかう様に言い返したが、悠理はあっさり切って捨てた。


「冗談。俺は明日の当直に入るまでは休暇中。なんであんな礼儀をを弁えない恥知らずな最低野郎の為に、貴重な休暇を潰さなくちゃならないんだ?」

「道理だな。これであいつの命運も尽きたか」

 兄達がのんびりとそんな会話をしているうちに、藍里の袴の裾から無数の黒い影が伸び、その一つ一つが鋭い針状になって一気にアンドリューに襲いかかった。


「うわっ!! な、何だ、これはっ!?」

 聖紋を目にして動揺も露わな彼が、慌てて自分の周囲にドーム状の結界を張って、その得体の知れない物の侵入を防いだが、それを見たセレナは当惑した。

「え? あんな魔術、お教えした覚えはないし、アイリ様も使える術の中には……」

 すると悠理が再び背後を振り返って、解説を加えてくる。


「ああ、多分あれは、一成さん辺りが着物に仕込んでおいた幻術じゃないのかな? 着物が派手に切れたら、自動で発動する様になってるとか。だって藍里の中では今、べらぼうに魔力が高まってるから、あいつはそっちに集中して魔術を行使してない筈だし。分からないかな?」

「……いえ、分かります」

 藍里を注視すると同時に、その魔力の高まり具合を容易に察知できたセレナは、若干顔を青ざめさせた。そしてその横で、ルーカスも焦った表情になる。


「おい、とんでもないぞ。これだけ距離を取ってても、魔力の余波を感じるなんて」

「じゃああの聖紋は、やっぱり本物……」

 半ば呆然とウィルが呟くのと同時に、ジークが勢い良く椅子から立ち上がり、列を回り込んで前方の界琉の席まで下りて行って訴えた。


「界琉、今すぐ試合を止めさせろ! あれだけの魔力の制御を誤ったら、彼女自身に危害が及びかねないだろうが!!」

 常日頃、冷静沈着な彼にしては珍しい激昂ぶりに、ルーカス達は唖然となったが、対する界琉は椅子に座ったまま、ジークを見上げもせずに冷静に言ってのけた。


「審判が制止していない。依然として試合は続行中だ」

「お前、正気か! 彼女を見殺しにでもするつもりか!?」

 思わずジークは界琉の服を掴んで怒声を放ったが、その怒りは倍になって返ってきた。


「昔、藍里に魔力を暴走させて、殺しかけた張本人が何をほざく! 無駄口叩かずに黙って見ていろ! それと、金輪際俺の視界に入るな! 目障りだ!!」

「…………っ!!」

 強引に掴んだ手を振り払われながら投げつけられた言葉に、ジークははっきりと顔色を変えた。そしてそれきり口を閉ざした彼に、ルーカスが慎重に声をかけてみる。


「ジーク? 今のカイルの話は、どういう事だ? 昔、彼女を殺しかけたって……」

「あら、準備が済んだ様ね。意外にあっさりできたみたい」

 のほほんとした、あまりにも場を弁えない万里の声に、ルーカスは脱力しかけたが、一応競技場の中を見下ろしてみた。するとダニエルも、満足そうに応じる。


「1ヶ月の短期訓練だったが、十分コツは掴めた様だな。これも殿下達の指導の賜物でしょう。娘に代わって、お礼を申し上げます」

「ダニエル、そんな事より、さっきカイルが言った事は」

「あ、次で終わりかしらね?」

「『終わり』って……」

 全く人の話を聞いていない万里にうんざりしながらも、律儀にまた競技場に視線を向けたルーカスだったが、それからとんでもない光景を目撃する事になった。



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