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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第一章 父の故郷は魔女の国
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(4)意識の違い

 体育館を回り込んですぐに弓道場の入口に辿り着いたルーカスは、想像以上の規模に驚いた。

「ここですか……。校内に随分立派な練習場があるんですね」

「さすがに近的場ですけど。取り敢えず着替えてくるので、ここで待っていて下さい。観覧席とかが無くてすみません。板の間に直に座るのは痛いですから、今座布団を持って来ますから」

 その申し出を、ルーカスは慌てて辞退する。


「練習中は皆さん、直に正座するんですよね? 大丈夫です。もし本当に無理になったら、失礼して足を崩させて貰いますから」

「そんな事、遠慮しないで下さい。皆には言っておきますし、気楽に見ていて大丈夫ですから」

 そして部長と顧問の男性教諭にルーカスを紹介してから、アイリは更衣室へと消えた。そしてルーカスは顧問から軽い説明と注意事項を聞いてから、射場の後方の隅に落ち着く。興味深そうに視線を向けてくる部員と、時折笑顔で会釈を交わし合いつつ大人しくしていると、程なく白筒袖と紺袴に着替え終わった部員が勢揃いし、準備を整えてから練習を開始した。


(うん、やはり矢のつがえ方は違うし、軌道も若干異なるな)

 せっかくだからと注意深く練習を観察していたルーカスは、見慣れているアーチェリーとの矢の番え方や引手の差異に、まず目がいった。次に藍里の技量を確認する。


(この女、思った以上に、なかなか筋が良さそうだな)

 交代で射ている藍里の矢は全て的を外さず、しかも中心に集まっており、周りの部員達は的を外す者も散見できる中、その成績は目立っていた。


(しかし所詮、動かない的を狙うお遊びだからな。実戦では役に立たんだろう。そもそも、こんな平和ボケした土地で、ぬるま湯に浸かって育った能無しの能天気女など、リスベラントに入れるわけにはいかないな。取り敢えず、不穏分子を抑え込んだら、父上に再考を促さないと)

 部活動では十分な成績でも、実戦ではどうかなどと物騒な事を考えているなどおくびにも出さず、ルーカスは終始大人しく見学していたが、部活が終了して家に戻る道すがら、藍里が心配そうに声をかけてきた。


「クラリーサさん、部活をご覧になってどうでしたか?」

「ええ、とても興味深かったです」

「真剣に見ていた様なので、退屈はしていなかったと思いますが、何だか難しい顔をしていたので、ちょっと気になって……。何か気になる事でもありましたか?」

 そう尋ねられたルーカスは、思わず足を止め、真剣な顔付きで藍里と向き合った。


「気になったというか……。この際、一つ聞いてみても良いでしょうか?」

「はい、何でも聞いて下さい」

「藍里さんは、どうして弓道を嗜んでいるの? 国を守る為?」

「はい?」

「だから戦闘の手段として、弓道を嗜んでいるのかと思いまして」

 唐突過ぎる問いかけの内容に、藍里は完全に面食らった。一瞬冗談かと思ったものの相手の真剣な顔付きを見て、困った様に思った事を口にする。


「戦闘って……、誰と、どこと闘うんですか? あくまでスポーツですけど?」

 正直にそう述べた藍里だったが、ルーカスは深く溜め息を吐いてから、自分自身に言い聞かせる様に詫びの言葉を口にした。

「……そうですよね。いきなり変な事を言ってごめんなさい」

「いえいえ、さすがは元々は騎士が設立した国の方ですよね! 心構えが違います!」

(聞いた俺が馬鹿だったな)

 何やら気落ちしているらしい相手を慰めるつもりか、藍里が明るくルーカスを持ち上げてきたが、彼にしてみれば、それは煩わしい以外の何物でもなかった。そして色々話しかけてくる藍里に密かに苛々しながら、愛想笑いで相槌を打ちつつ歩いていたルーカスだったが、バス路線から細い坂道に入って上り始めた所で、左手首にしていた時計から、警戒する様な短い電子音が鳴り出す。 


「え? 何? この音」

 常には耳にしない音が聞こえた為、咄嗟に音源がどこか分からず周囲を見回した藍里とは対照的に、ルーカスは迷わず時計の文字盤のカバーに右手で振れながら、それに向かって呼びかけた。

「どうした!?」

「殿下、狙われてます!」

「何!?」

「はあ?」

 ルーカスはその報告に血相を変えたが、いきなり腕時計から聞こえてきた声とその内容に、藍里は戸惑った声を上げた。しかしそれには構わず、物騒過ぎる報告が続く。


「連中、物量作戦で来ました! 本国から送り込まないで、金に物を言わせて現地調達したらしいです!」

「一般人のヒットマンです! 恐らくジャパニーズ・マフィアかと」

「ちょっと待て! ヒットマンとかジャパニーズ・マフィアが、一般人と言えるのか!?」

 複数の声にルーカスが思わず突っ込みを入れたが、連絡してきている相手もあまり余裕が無い口ぶりで、報告を続けた。


「ともかく今こちらは、有象無象の連中と交戦中です。すぐに片づけて合流しますので、お気をつけて。そちらに向かった別働隊もいる筈です!」

「分かった。お前達も十分注意しろ」

 取り敢えず状況を確認したルーカスは、腕時計から右手を離して通話を終わらせ、盛大に悪態を吐いた。


「全く、半月もしないうちにこれとは。しかも幾らこちらで大っぴらに力を使いたくないとはいえ、金で薄汚い連中を雇うとは。恥を知れ!」

「あ、あの……、クラリーサさん? 何か急に、言葉使いが乱暴になった様な……。それにさっき、腕時計から声がしてましたよね?」

 そこで漸く、思わぬ緊急事態の勃発の為に、藍里の前で素で応じてしまった事に気が付いたルーカスは、慌てて笑って誤魔化そうとした。


「え、ええと、これは……、我が国で新規開発中の、最新通信機能付き腕時計なんですけど……」

「え? 本当? こんな小型で凄い! さすが精密工業と医療技術が最高レベルの技術立国!」

 そんな苦し紛れの説明に対して、忽ち目を輝かせた藍里に、ルーカスは本気で脱力しかかった。


(おい、そう簡単に信じるなよ……。うん? あれは!?)

 そこで坂道の上の方から響いてくる車のエンジン音を耳にしたルーカスは、何気なく音のした方に目を向けると、曲がりくねったその細い道を自分達に向かって突進してくる大型車を認め、瞬時に険しい表情になった。


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