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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第四章 御前試合開催
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(1)二つの御前試合

 御前試合当日。すっきりと気持ち良く目覚めた藍里は、普通に朝食を平らげて、一度自室へと戻った。そして室内で軽くストレッチなどをして時間を潰した後、ゆっくりと着替えを始める。

「よし! 準備完了!」

 姿見に映る、白一色の着物に藍染袴を身に着けた自分の姿を確認して満足した藍里は、最後に紐を取り上げ、たすきを掛けて袂が広がらない様に押さえた。そしてその両腕に装着しているのが露わになった紅蓮に、小さく語りかける。


「今日は色々宜しく」

 その囁きに応える様に紅蓮が一瞬だけ淡く紅く光り、それが消えてから藍里は部屋を出て、一階の玄関ロビーへと向かった。


「本当に、その恰好で行くんだな」

 着物に草履と、一見どう見ても戦闘に不向きな藍里の格好を見て、ルーカスは本気で眩暈を覚えた。しかしそれを、藍里は一笑に付す。

「当たり前でしょう? 着慣れないチャラチャラした服なんかより、よっぽど良いわ」

 今日臨むのが一応公式な場である為か、全員昨日までの服装より金属製の飾りや緻密な刺繍、襟や袖口が広がっている衣装を着込んでいる状態を見て、藍里は皮肉っぽく口にした。それにルーカスが弁解がましく答える。


「いや、さすがに試合をするのにチャラチャラした服は着ないぞ? それより、武器はちゃんと持ってるよな?」

「大丈夫よ。藍華はちゃんと紅蓮に入れてあるから」

 そう言いながら腕に付けている紅蓮を軽く叩いた藍里に、彼は不安を隠せない表情で呻く。


「……何か無茶苦茶不安だ」

「失礼ね。何がそんなに心配だって言うのよ?」

「何もかもだ」

「本当に失礼な奴よね、あんたって」

 へそを曲げた藍里が彼に文句を言っていると、彼女同様普段着からの着替えを済ませた万里達が、明るく声をかけた。


「じゃあ、頑張ってね? 私達は観客席で応援してるから」

「はいはい。なんなのよ、その皆揃ってのキラキラヒラヒラっぷりは? 娘や妹が文字通り真剣勝負するって言うのに、娯楽じゃないのよ?」

 思わず藍里が母親に冷たい目を向けたが、万里は少し困った様に言い返した。


「だって御前試合って、半ば娯楽なんだもの。見物に行く人は、皆こんな格好なのよ? 地味な格好をしたら、周りから浮くじゃない」

 その主張に、藍里は思わずぼそりと呟く。

「……アラフォーで堂々と振袖着た人が、今更何言ってんのよ」

「あら、藍里。何か言った?」

「何でも無いわよ!」

 そこで万里が不気味な笑顔を振り撒いた為、藍里は慌てて話題を変えた。


「あれ? そう言えば、界琉だけ妙に地味ね。そんな格好で良いの?」

 家族の中で一人だけ、一切飾りのない上地味な色合いのシャツとベスト、すっきりとしたデザインのズボンとブーツという出で立ちの長兄に、藍里は不思議そうな顔を向けたが、彼は淡々と理由を説明した。


「ああ、一応動きやすい様にな。藍里の次に試合をするから」

「それなら納得……、じゃなくて!! 『次に試合をする』って、何よそれはっ!!」

 寝耳に水の話に、藍里が慌てて問い詰めると、界琉は怪訝そうに問い返した。


「聞いていなかったか?」

「聞いてないわよ!!」

「てっきり殿下達から、聞いているものだと思っていたんだがな」

 そこで視線を向けられながら言われた台詞に、ルーカス達は盛大に首を降った。

「俺達も初耳ですから!」

「何だ、そうか。じゃあそう言う事だから」

 あっさりと話を終わらせた界琉に、唖然としたウィルが慎重に尋ねてみた。


「……カイル殿。その試合、いつ頃開催が決まりましたか?」

「うん? そうだなぁ……、ちょうど藍里の試合が決まった頃かな?」

 とぼけた口調でカイルが返すと、今度はセレナが若干顔を強張らせながら問いかける。


「因みに、対戦相手はどなたでしょうか?」

「アシミル子爵家のマース殿です。広い胸をお借りする気持ちで、戦いますよ」

 そう言って嘘臭い笑みを振り撒いたカイルを見て、ルーカス達は呻いた。


「よりにもよって、こっちも『ディル』じゃないか……」

「普通だったら、かなり話題になる筈なのに……」

「アイリ嬢の話題に隠れて、殆どスルーされてますね」

 そんな囁き声を交わす同僚達とは違い、ジークだけは怒りを露わにして界琉を睨んだ。


「わざとぶつけたのか?」

 それに界琉が、ジーク以上の険悪な表情で睨み返す。

「愚問だし、お前にどうこう言われる筋合いは無い」

「…………」

 そこで男二人が睨み合い、何故か一触即発の空気になった為、ルーカス達は勿論藍里も慌てたが、ここで間延びした声が二人の間に割り込んだ。


「まあまあ、界琉は昔からちょっと引っ込み思案で目立つのが嫌いだし、お茶目な性格だから敢えて黙っていただけだから」

 その白々しい物言いに、その場にいた殆どの者が(それは一体誰の事だ!?)と心の中で突っ込みを入れ、ジークは疲れた様に溜め息を吐いた。


「お前も、本当に相変わらずだな、悠理」

 それに、悠理が微塵も悪びれずに言い返す。

「理解者がいてくれて嬉しいよ。ジーク兄ちゃん?」

「…………」

 含みのある笑顔付きの、子供の頃の呼び名で言われたジークは、何とも言えない表情で黙り込んだ。そして界琉もそれ以上事を荒立てるつもりは無かったのか無言を貫いている為、この隙にここを抜け出そうとルーカスが藍里に声をかける。


「それじゃあ、そろそろ出発するぞ」

「そうね。じゃあ先に行ってるから」

「ええ、頑張ってね」

 そして軽く手を振って藍里が断りを入れると、家族が玄関先まで付いて行って、問題無く彼女達の出発を見送った。


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