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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第一章 父の故郷は魔女の国
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(3)女子高生の日常

 ルーカスが、自身の姉である『クラリーサ・ツー・ディアルド』の名前で秀英女学院に編入した翌週。すっかりクラスに馴染んで周りを囲んでいるクラスメイト達と楽しげに話し込んでいる“彼女”を眺めながら、昔からの友人である麻衣が藍里の机にやって来た。


「ねえねえ藍里、あのクラリーサさんって藍里の家にホームステイしてるんでしょ? どうして外国の公爵令嬢が、日本まで来てるわけ?」

「偶々お父さんが、リスベラント社の日本支社長だからよ。リスベラント社の本社がアルデイン公国にあって……。と言うかそもそもリスベラント社は、アルデイン公国の国土で産出する貴金属や希少金属を、少しでも有利に他国に売りさばきたくて国策で作った会社だから、殆ど国営企業なのよ」

 先程の授業で使った教科書を机の中にしまいながら藍里が端的に説明すると、麻衣は納得した様に頷いた。


「なるほど。本社の意向は、本国の意向ってわけだ」

「そう。そのルートで彼女を預かって欲しいって、家に要請がきたの。彼女は日本文化に興味があって、前々から勉強してたみたいだから」

 するとそこで、二人の会話を耳にした周囲の者達が、次々と二人の会話に割り込んできた。


「本当に彼女、日本語ペラペラだよね? びっくりしちゃった」

「それに日本の歴史にも詳しいし」

「私、昨日狩野派について聞かれて、冷や汗もので解説したわ」

「だけど、クラリーサさんのお父さんが、アルデイン公国の君主であるアルデイン公爵様なんでしょう? そんな偉い人の娘さんなのに、極東に留学なんて良いの? 後継者候補とかで護衛とか付かないわけ?」

 ヨーロッパの小国であり、日本国内では認知度が低い為こんな物だろうなと思いつつ、藍里は丁寧に父の故郷についての解説を加えた。


「アルデイン公国は君主制を採用してはいるけど、血統主義では無くて実力主義だから、現公爵の子供だからと言っても、すんなり後継者にはならないのよ。だから仰々しい護衛とかも付かないみたい」

「どういう事?」

「後継者の選定は血筋によらず、国民の中から能力がある人間を指名して、歴代公爵はその人と養子縁組してきたの」

「それは初耳だったわ。じゃあ、公爵家と全く血縁関係が無い人間が、次の公爵になる可能性もあるわけ?」

 興味津々でそんな疑問を口にした麻衣に、藍里は困った様に軽く首を振った。


「理論上ではそうだけど、アルデイン公国では古くから続いている家柄同士で婚姻を繰り返していて、歴代の公爵もその中から相応しい人物が選ばれているから、歴代の公爵は事実上縁戚関係にあるみたい」

「そうなんだ。でも、藍里は随分アルデイン公国に詳しいのね」

 麻衣が感心した様にそんな事を言い出した為、藍里は若干目を細めて確認を入れた。


「麻衣、ひょっとして、私のお父さんがアルデイン国籍の人間だって事、忘れてる?」

 それに対する麻衣の反応は、藍里の予想通りであった。

「……すっかり忘れてたわ。だって藍里って、純和風顔なんだもの」

 何回か瞬きしてからしみじみと語った友人に、藍里は若干拗ねた様に言い返す。


「悪かったわね。凹凸が無くてのっぺりしてて。でもこれでも、日本とアルデイン両方の国籍を持ってるのよ。成人したらどっちか選ばなくちゃいけなくなるけどね」

「ごめんごめん、別にのっぺりしてるなんて言ってないって」

 そこで苦笑しながら麻衣が藍里を宥め、彼女達の周りで感心した様な声が上がった。


「でも能力で次期公爵を決定するって事は、歴代の公爵は優秀な人ばかり揃ってるって事よね」

「世界大戦中も攻め込まれた事が無くて、独立を守り通しているでしょう?」

「小国でもGDPは高い水準だし、内政外交に長けてるって言えるわよね」

「そう考えると、現公爵令嬢のクラリーサさんが、高校と大学をスキップして、二十一歳で大学院生だっていうのも納得よ」

「それは同感。わざわざそっちを休学して、日本の高校生活を実感してみたいって事で、来日してるし。やっぱり彼女も相当優秀って事よね」

「本当に凄いわ」

 そしてその場全員が、周囲の者達と話し込んでいたルーカスに尊敬と羨望の眼差しを向けたが、何となく視線を感じてそちらに目を向けた彼が自分が凝視されていた事に気が付き、何とも言えない居心地の悪さと、自分に何か不審な点があるのかとの不安を、密かに増大させたのだった。


「あの、アイリさん。私にどこか、変な所があるでしょうか?」

 放課後になり、荷物を纏めて教室から出たルーカスは、並んで歩き出した藍里に真顔で尋ねた。しかし藍里は相手をしげしげと眺めて、怪訝な顔になる。

「は? 別にクラリーサさんに、おかしな所なんてありませんけど?」

「その……、休み時間とかに、妙に周囲からの視線を集めている気がしまして……」

 控え目に気になった事を口にしてみると、思い当った藍里は笑顔で請け負った。


「ああ、その事ですか。それはクラリーサさんにおかしな所があるわけではなくて、美人だし教養はあるし羨ましいって、皆が尊敬と羨望の眼差しを送ってたんですよ」

「はあ、それなら良いんですが……」

 何となく釈然としなかったものの、それからは世間話をしつつ歩き続けたルーカスだったが、昇降口で靴を履き替えながら藍里が唐突に言い出した。


「あ、いけない。今日は部活動がある日だった」

 馴染みの無い単語を耳にしたルーカスは、軽く眉を寄せながら問い返す。

「部活動、ですか?」

「ええ、朝に言い忘れていましたけど、今日は参加予定なんです。クラリーサさんはどうしますか? 先に帰宅されてても構いませんけど」

(だから……、そういう予定は予め周知徹底しておけよ!!)

 そう怒鳴りつけたいのは山々だったが、ルーカスは何とか笑顔を浮かべつつ、穏やかに申し出た。


「せっかくですから、見学させて貰いたいのですが。国ではハイスクールに同様の活動はありませんので、興味があります」

「分かりました。部長と顧問には私が許可を取りますので、一緒に行きましょう」

 そして藍里とルーカスは昇降口を出て、整備された小道を歩き始めた。


「そう言えば……、部活動みたいのが無いと、放課後に運動したい人はどうするんですか?」

 ふと頭の中に思い浮かんだ疑問を藍里が口にすると、ルーカスはちょっと考えてから本国の状況を説明する。

「そうですね……、地元のクラブチームに入ったり、専門のスクールに通ったりでしょうか。そうすると藍里さんの所属先は、運動をするところなんですか?」

 ルーカスが推察してきた内容に、藍里は素直に頷いた。


「そうですね。弓道部は運動部の範疇になりますし。見た目の動きは大した事はありませんが、基礎的なトレーニングはしてますから、それなりに筋肉は付いているとは思います」

 それを聞いたルーカスは、口の中で呟いてから、若干自信無さげに確認を入れた。

「弓道……。要するに『射的』の事、ですよね?」

「そうです。見た事はありますか?」

「アーチェリーなら……」

 若干申し訳なさそうに答えたルーカスに、藍里はさもありなんと小さく笑う。


「ですよね。違いを見て貰えれば、それなりに面白いかと思いますよ?」

「はい、楽しみです」

(特に変な気配は無いな。それに三人の位置も捕捉できているし、大丈夫だろう)

 体育館を回り込みながら周囲の様子を密かに探っていたルーカスだったが、予定外の行動でも特に大きな問題は無さそうだと判断して一人安堵した。


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