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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第二章 青(ディル)を奪え
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(18)戦闘服

 そしてすぐに戻って来た一成は、藍里の前に持って来たたとう紙を開き、中の物を彼女に見せた。

「じゃあ、藍里ちゃん。試合の時は、これを着てくれるかな?」

 物が物だけに中身が着物だと見当は付けていた藍里だったが、軽く持ち上げてきちんと確認した藍里は、困惑した顔を彼に向ける。


「何ですか? 白の着物に藍染袴?」

「女性らしく華やかに緋袴でも良いかと思ったんだが、藍里ちゃんの名前に『藍』が入っているからね。こちらの方が相応しいかと思ったから。それで」

 にこやかに告げてきた従兄の台詞を、藍里は慌てて遮った。


「ちょっと待って! 幾ら何でも御前試合なんて格式ばってる試合に、着物で挑むなんて拙いと思うんだけど?」

「『日本での戦闘時の正装だから』と言えば、問題ないんじゃ無いか? 万里がディル位を獲得する為に御前試合をした時は、『日本女性の正装だから』と主張して振袖を着た筈だし」

「……振袖?」

 いきなり口を挟んできた基樹の顔をしげしげと眺めた藍里だったが、彼は真顔で話を続けた。


「ああ。因みにお義母さんから贈られた、格式のある逸品だったそうだが、その試合でボロボロになったそうだ」

 そこで藍里は、問い質す相手を基樹に変更した。


「ちょっと待って、伯父さん。この前聞いた話だと、お母さんがディルを盗ったのは七年前じゃなかったの?」

「そうらしいな」

「七年前なら、お母さんは三十八歳だった筈だけど?」

「そうだねえ」

 のんびりと答えた伯父に向かって、藍里はもの凄く疑わしげな視線を向けた。


「……既婚で、その年で振袖?」

「ヨーロッパの人はそこら辺のところは分からないだろうし、構わないんじゃないのか?」

「…………」

 思わず半眼になって黙り込んだ藍里だったが、平然とした基樹の説明が続いた。


「しかも、ダニエルさんからチラッと話を聞いたんだが、試合で『由緒正しき振袖を切られて、譲ってくれた亡き母に顔向けできない』って言って大暴れしたらしいな」

「『それならそんな着物で戦闘なんかするな』ってツッコミを入れた人、その場に誰もいなかったの?」

 勢い良く振り返り、ルーカス達に向かって心の底から突っ込んだ藍里だったが、全員彼女から視線を逸らして無言を貫く。すると藍里の耳に、とんでもない台詞が飛び込んで来た。 


「それで壮絶な笑顔で対戦相手の全身をめった切りにした挙げ句、逃げられない様に土塀で囲んで、蒸し焼きにしようとしたとか」

「蒸し焼き……、ってちょっと!? 御前試合って降参とか無しで、相手が死ぬまでやり合うわけ?」

 慌てて基樹とルーカス達を交互に見ながら顔色を変えた藍里だったが、セレナが血相を変えて否定した。


「まさかそんな事は! きちんと降参すれば、それでおしまいです。ですがその時、マリー殿が対戦相手のシュレーダ殿をドーム状の壁で囲ってしまわれたので、彼の意志を確認できなくなってしまったもので……」

「壁の全方位から一斉に猛烈な火炎攻撃を繰り出したもので、慌てて父親であるオランデュー伯爵が代わりに降参を申し出たのですが……」

「オランデュー?」

 聞き覚えの有り過ぎる家名に、藍里が怪訝な顔になると、すかさずウィルが補足説明してくる。


「シュレーダ殿は、アイリ様の今度の対戦相手の兄君で、当時のオランデュー伯爵の後継者だったんです」

「なんか二重の意味で、我が家と因縁があるわけね……」

 新たな事実発覚に藍里がうんざりしていると、セレナが困った様に話を続けた。


「話は戻りますが、伯爵が降参を申し出ても『私の振袖を元通りにして返しなさい!!』と無茶な要求を繰り出しながら攻撃しているマリー殿が、一切聞く耳を持たなくて」

「今にして思えば、絶対演技ですよね? あれ。今にして思えば、最初の頃はわざと着物を切らせていたかと」

「……まあ、万里さんは、昔から感情の起伏は激しい人だったし」

 フォローにもならないフォローをジークがした所で、ルーカスが溜め息交じりに結論を述べる。


「それですったもんだの末、台無しにした振袖の代わりに、リスベラント央都にあるオランデュー伯爵家の屋敷を丸ごとマリー殿に譲渡する事で、何とかその場を収める事になったんだ」

「そういう訳で、今現在辺境伯ご一家がリスベラントに滞在する時に使用している屋敷は、元はオランデュー伯爵家所有の物だったんです。そして何とか助け出された対戦相手のシュレーダ殿は九死に一生を得ましたが、ディル位剥奪の上精神的な障害が出た為、伯爵家の後継者から外され、アンドリュー殿が伯爵家の後継者になりました」

 その事実に、藍里はがっくりと肩を落とした。


「……なんかもう、その伯爵家から見たら、ヒルシュ家って恨み骨髄って感じなんでしょうね」

「事実だな。だからありとあらゆる妨害工作をしてくると、思っておいた方が良いぞ?」

「勘弁してよ……」

「と言う事で、それを踏まえて、これにちょっとした細工をしてあるから。一成は攻撃系は苦手だが、幻視系は得意だから頼んでおいたんだ」

 何やら妙に楽しげに唐突に話に割り込んできた基樹に、藍里は勿論、ルーカス達までギョッとした目を向けた。


「伯父さん! 細工って何!? 変な事しないでよ!」

「いや、攻撃とか、そんなんじゃないから。ちょっと相手をビビらせる位で」

「益々、不安なんだけど!?」

「じゃあ仕方が無い。藍里だけには教えておいてあげるか。ちょっと耳を貸しなさい」

「……何かホントに胡散臭い」

 腰が引けながらもしぶしぶ基樹の席まで近寄った藍里は、ボソボソと耳打ちされた内容に、僅かに顔を顰めた。そして顔を離した伯父に、怪訝そうに尋ねる。


「……というわけだから」

「伯父さん……。話は分かったけど、それって何か意味があるの?」

「特に無いが、効果的に使えば効果的なんじゃないか?」

 飄々とそんな事を言ってのけた伯父に、藍里はがっくりと肩を落とした。


「……伯父さん、日本語が変だから。取り敢えず、変なヒラヒラした服よりはこっちの方が慣れてるから、貰っておくけど。セレナさん、振袖でも良いなら、こういう衣装でも試合するのには問題ないわよね?」

「あ、はい……。確かに御前試合には服装規定はありませんので、構わない筈ですが……」

「じゃあ、これで試合をするわ。確かに薙刀なら、こういう方が違和感無いわね」

 そう言いながら再びたとう紙を畳み、紐を結んだ藍里を見て、ルーカスは心の中で密かに(そんな感想を口にするのはお前位だ!)と怒声を放った。そこで食事が始まってから一言も声を発せず、面白そうに成り行きを見守っていた継治が、藍里を手招きする。


「ああ、藍里ちゃん。俺からも渡しておく物があるんだ。この間調整しておいたんだけど、結構上手く仕上がったから」

「何ですか?」

「いいから、こっち。あ、悪いけど、藍里ちゃんだけ来てくれる? ちょっと武器庫に行くだけだから」

「……はあ」

 藍里が腰を上げると同時にジークも腰を浮かせかけたが、笑顔で継治が断りを入れてきた為、若干不満そうにしながらも、大人しくその場で待つ事にした。


「継治さん、一体何?」

 先に立って歩く従兄に、武器庫に入ってから藍里が訝しげに声をかけると、継治が何かを手に取って振り返った。


「藍華と紅蓮があれば、大抵の事は対応できるとは思うけど、一応念の為にこれも渡しておこうかと思って」

「これって……」

 そうして差し出された、弦が張られていない弓をまじまじと見下ろした藍里に、継治が声をかける。


「見た事が無かったかな?」

「ううん、一回だけ、お祖父さんが手にしていたのを、見た事があるわ。だけどこんな物まで、使って良いの?」

 驚きを隠さないまま藍里が尋ねたが、継治は事も無げに答えた。


「構わないよ。と言うか、この場でこれを使いこなせるのは、藍里しかいないんじゃないか?」

「それで、これを隠し玉にしろって? そんなにヤバめなの?」

「父さんが言うには、『どこからか漏れてる』だそうだよ?」

 にやりとどこか意地悪く笑って告げた従兄に、藍里は自然に渋面になる。


「絶対、面白がってるでしょ?」

「とんでもない。従妹の事を、これ以上は無い位、心配しているよ?」

「取り敢えず、補修と調整どうも。借りていくわ」

「ああ。使い方を間違えない様にね」

 溜め息を吐いた藍里は、食事の前に武器庫に置いておいた紅蓮を取り上げ、その弓を藍華と同様にそれに収納して、何食わぬ顔でそこを後にした。

そして席を外してものの五分で戻った二人だったが、藍里は変わらず手ぶらであり、それを見たルーカスが怪訝な顔になりながら尋ねる。


「何か彼女に渡したのでは無いんですか?」

「ああ、ちょっとした企業秘密?」

「はぁ?」

「俗に言うだろう? 『敵を欺くには、まず味方から』って。あ、日本人じゃないと、このニュアンスは伝わらないのかな?」

「……いえ、仰りたい内容は分かりました。もう結構です」

 堂々と『隠し事をしてます』的な発言をした継治に、ルーカスは僅かに顔を引き攣らせた。そして困った様な顔付きになっている藍里と、何やら楽しそうに笑っている継治を眺めながら、彼はこの一族には自分達の常識が通用しないと、改めて自分自身に言い聞かせたのだった。



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