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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第一章 父の故郷は魔女の国
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(2)伏せられた存在

 翌朝、目が覚めたルーカスが嫌々ながら用意されていた制服に着替えて階下に下りると、広めのダイニングキッチンには藍里の姿しかなかった。その彼女に入口から控え目に挨拶すると、無駄に元気な声が返って来る。


「おはようございます」

「おはようございます、クラリーサさん! 丁度朝ご飯の準備が済んだところで、呼びに行く所でした。そっちに座ってて下さいね! 今出しますから」

「はぁ……」

 椅子の一つを指差してテキパキと動き回っている藍里に反論する気など毛頭無く、ルーカスは素直に示された席に着いた。するとその前に、藍里が手際良く料理を並べる。


「いただきます!」

「……いただきます」

 大きなテーブルに向かい合って座った二人は、挨拶をして箸置きから箸を取り上げたが、ここで藍里はふと思い出した様に言い出した。

「あ、そういえばクラリーサさんは、和食や箸は大丈夫ですか?」

(今まさに食べる段階になってから、それを聞くのか……。普通ならそんな事、事前に確認しておくべきだろう? 俺が全く箸が使えなくて、和食が駄目だとか言い出したらどうするつもりだったんだ? やっぱり馬鹿決定だ)

 内心で呆れかえったルーカスだったが、そんな事は微塵も面に出さず、微笑んでみせた。


「アルデインにも日本料理の店はあって、日本文化を勉強する為にそこではきちんと箸で食べていたので、使うのに不自由はありませんし、大抵の食材なら大丈夫だと思います」

「そうですか。それなら良かったです」

 それで納得した藍里が鮭の身をほぐしつつ食べ始めると、ルーカスがこの場に居ない二人について尋ねてきた。


「ところで、支社長とお母様は? まだお休み中ですか?」

「お父さんはここから東京まで遠距離通勤してるんで、朝6時過ぎには家を出てるんです。お母さんは非常勤の看護師で、昨日は深夜勤にヘルプに入った筈だから、帰って来るのは昼前かな~?」

 そう言って呑気にポリポリと一夜漬けの大根を食べている藍里を見て、ルーカスは本気で呆れた。

(この年まで、そんなしょうもない嘘を信じてるのか。どれだけ頭の足りない女だ)

 思わず心の中で彼女を罵倒していると、その分手元が疎かになっていたらしく、藍里が不思議そうに声をかけてくる。


「クラリーサさん、何か食べられない物でもありました? だったら遠慮なく言って下さいね?」

 手が止まっていた理由をその様に推察した藍里だったが、そう声をかけられたルーカスは、慌ててその顔に愛想笑いを貼り付けた。

「いえ、大丈夫です。ちゃんと日本式の朝ご飯と言うものを、堪能しようかと思いまして。ゆっくり食べ過ぎて、学校に遅れてしまうかしら?」

「時間に余裕はありますし、大丈夫ですよ。だけど大した物を出してないんですから、畏まらないで下さいよ~、恥ずかしいです」

 そして二人は、同じ様に笑いながら、相反する事を考えていた。


(良かった。お母さん達には『普段通りの用意で良いから』って言われてたけど、『こんな貧相な物は食べられません』なんて言われたら、どうしようかと思ってたのよね)

(ふざけるなよ!? 何で俺が、こんな貧相な料理を食べないといけないんだ!)

 そんな風に傍目には和やかに朝食を食べ終え、身支度を整えた二人は玄関に鍵をかけて登校した。


「じゃあ、クラリーサさん行きましょうか」

「……ええ」

 そんなセーラー服姿の二人が門から出て、緩やかに曲がっている坂道をゆっくりと下って行くのを、少し離れた坂の木立の陰から双眼鏡で確認していた男は、笑顔で話しかけてくる藍里にルーカスが引き攣り気味の笑顔で返しているのを認めて、我慢できずに盛大に噴き出した。


「……っ! ぶふぁっ! で、殿下の女装っ……、スカートっ!」

「笑うな、ウィル」

「不謹慎だと思いますが?」

 同行している一組の男女に冷たく注意されてもウィルの笑いの発作は止まらず、腹を抱えて笑い出す。

「いや、だってさ! だ、駄目だっ!」

 呆れた様に僅かに顔を顰め、その手から双眼鏡を奪い取ったセレナは、代わりに二人の様子を観察しながら、感心した様に述べた。


「あの様なお姿をしていると、本当にルーカス殿下はクラリーサ殿下に酷似していらっしゃいますね」

「お二人とも、母親似だからな。写真でしかクラリーサ様の顔を見た事が無い人間なら、十分誤魔化せる」

「ですが……、グラン辺境伯も無茶な事を仰る。殿下が少々お気の毒です」

「だが確かに女子高に自然に出入りして護衛する為には、そこの生徒を装うのが最適だからな。公爵直々の指名でもあるし、この際殿下には少しだけ辛抱して頂こう」

 そんな同僚二人のやり取りを聞いて、漸く笑いが収まったらしいウィルが、何気なく思った事を口にした。 


「だが、ジーク。さすがに男の俺達は無理でも、セレナにあそこの生徒になって貰えば良かったんじゃないか?」

「……え?」

 その瞬間ジークの顔が微妙に引き攣り、セレナからは凍てつく視線がウィルに向けられた。


「ウィル……、あなたは二十代後半の女に、高校生の真似をしろと? どんな嫌がらせですか。まだ殿下の女装の方が、社会的に許されます」

「そうなのか?」

「私的にはそうです」

「…………悪かった」

 きっぱりと言い切られ、ウィルは己の配慮が欠けていたのを悟った。そんな彼を冷たく一瞥してから、セレナはジークに向き直って話題を変える。


「ですがやはり、警護対象のアイリ嬢の周辺に堂々と張り付け無いのは、色々やりにくいですね」

 無意識に渋面になったセレナに、ジークも難しい顔になる。

「仕方が無い。俺達の一般社会での力の行使は、極力制限されているしな」

「だが逆に言えば、その規律を違反した段階で、誰であろうと問答無用で拘束できる訳だ。取り敢えず監視を怠らず、連中が尻尾を出すのを待つしかないな」

 真顔で再び話に加わったウィルに、二人も真顔で同意する。


「早々に出してくれれば良いのですが」

「ああ。殿下が本格的にキレる前に、撤収したいものだ」

「それから……、アイリ嬢は本当に、その身に“あれ”をお持ちなんですか?」

「それは俺も確認したかったんだ。あのマリー殿が、口からでまかせを言うとも思えないんだが……」

 再び話題を変えてきたセレナに、ジークは僅かに怯んだ様子を見せた。そして意味有り気に視線を向けてきたウィルから、微妙に視線を逸らしつつ答える。


「……少なくとも、俺は見た事は無い」

「昔、一緒に暮らしてたのに?」

「子供の頃の話だ。向こうは俺の事など、存在すら覚えていない」

 その物言いに、ウィルは引っかかりを覚えて問い質した。

「ちょっと待て。再会もしていないのに、どうしてそう言い切れる?」

「まるで、あなたに関する彼女の記憶を消したとでも言うような口振りですね」

「…………」

 何気なく感想を述べたセレナだったが、無反応のジークを見て目つきを険しくする。それはウィルも同様で、こちらははっきりと非難する顔付きで問い質した。


「どういう事だ? こちらの世界での不急不必要な力の行使は禁じられていると、ついさっきお前が口にしたばかりだろうが?」

「移動するぞ、ウィル。セレナは定期連絡をしてくれ」

 あからさまに話題を逸らしてきたジークにセレナとウィルは唖然とし、尚も追究しようとしたものの、相手の顔付きから幾ら問い質しても無駄だとすぐに分かってしまった為、互いの顔を見合わせてから取り敢えず了承の返事をして動き出した。


「分かった。じゃあ、次の通学路の監視ポイントはこっちだ」

「了解しました。東京支社からの情報入手も併せて行います」

 そして移動を開始しながら、先程チラリと双眼鏡で確認した藍里の姿を思い浮かべて、感慨にふけった。


(本当に、大きくなったな。まさかこの時期に、こんな騒ぎになるとは。相変わらずの万里さんの天然ぶりにも、困ったものだ。いや、あの人の事だ。やはり何らかの計算の上なのか?)

 子供の頃の一時期をこの地で過ごしたジークにとっては、今回の仕事はある意味過去の古傷が疼く物ではあったが、他の誰かに代わって貰う選択肢など有る筈も無かった。


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