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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第二章 青(ディル)を奪え
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(10)魔導具取説書

 木が生い茂る裏山を縦横無尽に駆け回る藍里達を追いつつ、ルーカス達が黙々と切り倒された木の処理をし始めてから二時間後。一成がライト片手に中腹まで登って来て「親父、もう暗いからいい加減にしろ」と声をかけてくれた事で、漸くその日の稽古は終わりになった。

 藍華を手にしてよろよろと下りてきた藍里に治癒魔術をかけるべく、彼女に付いてセレナが一足先に母屋に入り、他の者達は残っている木を手早く下まで下ろし、公道から裏庭まで伸びている細い私道の横に手際良く積み上げる。そして一同が母屋に戻って手を洗い、基樹に案内されて座敷に入ると、大きな座卓に質量共に十分な料理が揃えられていた。


「いやあ、今日は本当に助かりました。つまらない物ですが、どうぞ遠慮無く召し上がって下さい」

「どうも……」

「いただきます」

 配られたグラスにビールや烏龍茶を注ぎ、機嫌が良い基樹の音頭で乾杯してから、ルーカス達は若干引き攣った表情で食べ始め、来住家は基樹と一成、更に丁度帰宅した次男の継治を含めて機嫌良く箸を動かした。そんな中取り敢えず一口食べてから、藍里が文句を口にする。


「それにしても……、何なのよ伯父さん! あんな力が使えるなんて、今まで一言も言った事無いじゃない!」

「そりゃあ今まで藍里には、こんな力は無いと思ってたからな。家訓だから幾ら身内と言えども、無闇に口外する訳にはいかなかったんだ」

 姪の非難にも基樹は平然と言い返したが、ここでルーカスは真顔で確認を入れてきた。


「先程の戦闘で耳にしましたが、あなたが用いた魔術発動時の呪文は、やはり来住家で独特に発展させた物ですか?」

 その問いに、基樹は真顔で頷く。


「はい。本家本元はリスベラント語でしょうが、江戸時代の日本でそんな言葉を喋る人間はいません。それでうちの先祖が数代に渡って研究して、日本語でアレンジをしたみたいです。そして一族の中で見込みのある人間だけに、それを習得させてきたと言う訳です」

「それで細々とながら、今までちゃんと家系を繋いできた訳ですか……。改めて考えると、凄い事ですね」

 話を聞いたルーカスが思わず心の底から感心した声を出すと、基樹は静かに笑った。


「明らかに異端の力の持ち主、しかも恐らく初代から数代は外見に父方の血が色濃く出ていたと思われますし、その方々の苦労を思えば、現代で家を守る事など大した事ではありませんよ」

 そこで当時を想像したのか、妙にしんみりとなった空気を打ち消すように、藍里が素朴な疑問を呈した。 


「だけど伯父さん。魔術抜きでも、今日は剣の腕前が凄かったわよ。これまでの手合わせでは、明らかに手加減してたわよね? どうして武道家として名をあげるなり、師範の資格を取って弟子を取ったりしないの? 自宅に立派な道場だってあるのに」

「それは」

「あのな、藍里ちゃん。親父は腕が立ち過ぎる上、得物を持つと性格変わるんだ」

「そうそう。本気で剣道やったら相手を滅多打ちにして、竹刀や木刀へし折るし。真剣なんか持たせた日には、確実が死人が出る。だから祖父さんから『お前はこれ以上まともに鍛えるな』って、逆に武器の類を取り上げられたんだよ」

「へ?」

 何か言いかけた基樹を遮り、一成と継治がこぞって言い始めた内容を聞いて、藍里は目を丸くした。それを見た二人の従兄は、苦笑を深めながら説明を続ける。


「だから祖父さんが死ぬ時、父じゃなくて俺が武器庫の管理をする様に言い付けられてね。あの中身については、俺の方が詳しいんだ。普段は俺が鍵を持ってるし」

「それで剣を取り上げられた親父は、その手に筆を握って一筆必殺の気合いで書いてたら、いつの間にか書道家として認められる様になったってわけ。祖父さんの判断は正しかったよな? あのまま剣を握らせてたら確実に辻斬りやって、身内から犯罪者を出してたぞ」

「お前達……、実の父親に向かって、なんて言い草だ」

「……それは知らなかったわ」

 憮然とする基樹の斜め前で藍里は呆然とした表情になり、ルーカス達は(本当に、そんな危ない奴なのか?)と密かに戦慄した。しかし一成たちは、楽しそうに話を続ける。


「しかし藍華も紅蓮も、本当に藍里と相性が良いな」

「それは俺も驚いた。あの超絶ハイの親父とぶっつけ本番で、何とか互角に戦えるだなんて」

「紅蓮があらゆる攻撃を、自動で最低限の衝撃にしてくれたらしいな。怪我もかすり傷程度だし」

「何代目だったっけ? 俺達が魔導具と言ってる、魔力を効率よく行使できる武器を作るのを得意にしてたご先祖様。その人もこれを見たら、さぞかし満足だろうな」

「俺達が知ってる中で、完全に使いこなしてるのは、親父の他は界琉と悠理だけだしな」

「全く、あいつらときたら、『どうせお前達には使いこなせないんだから、貰ってくぞ』って、来る度にごっそり持って行きやがって」

「まあ本当の事だから、反論できないがな」

 どうやら従兄弟同士の仲は微妙らしいと分かる会話を聞きながら、ルーカス達は(どこまで規格外だ、この一族は)と、ほとほと呆れていた。するとここで、基樹が思い出した様に言い出す。


「ああ、そう言えば藍里。藍華はかさばるから、そのままだと持ち歩くのに不便だろう? 確か残っている文献によると、それは紅蓮に収納可能らしいぞ? 界琉達も普段は刀とかを何かに収納して、持ち歩いているしな」

 そんな事を言われた藍里は、壁際に置いてある藍華を指差しつつ、目を丸くした。


「は? 『収納可能』って、藍華みたいな長い物を、どうやって紅蓮の中に入れるの?」

「ええと……、ちょっと待っててくれ」

 そして席を外した基樹が少しして戻って来てから、古ぼけた薄い和紙の束を藍里に手渡した。


「これだ。字が崩してあるし、紙質があまり良くないから読みにくいが、これに藍華の取り扱い方法が書いてある」

「武器の取説って、何……。しかも本当に読めないし」

 紐で綴じてある、若干変色している厚めの和紙を慎重に藍里が捲っていくと、ある所で基樹が指差した。


「ほら、ここ。『藍華は対具なる紅蓮に、収納可也。縮収にて調整すべし』と書いてあるだろう?」

「……だから読めないんだけど。まあ、じゃあやってみるから」

 半信半疑で腰を上げた藍里だったが、素直に藍華の所まで行って右手で持ち上げた。次いでゆっくりと左手の腕に付けている紅蓮に軽く当て、周囲が興味深そうに見守る中、先程聞いた言葉を口にする。


「ええと……、『縮収』だったっけ? それって、ランディス」

 日本語に引き続いて、自然に脳裏に思い浮かんだ単語を藍里が口にした瞬間、藍華と紅蓮が接している所が淡く紅く光ったと思ったら、かき消すように藍華が藍里の手の中から無くなっていた。その事実に声を無くして呆然としている藍里を余所に、一成と継治が拍手喝采を送って来る。


「うおぉ、やっぱり実際に見ると凄いな。始めて見たぞ」

「そうだよな。界琉も悠理も『見世物じゃない』って、出したり消したりする所を見せてくれた事は皆無だし」

「この際だから、今度は出してみてくれないか?」

「もう~、二人とも悪乗りし過ぎ!」

「そうだな、じゃあ今度は取り出す方法が書いてある所を……」

 げっそりしながら応じた藍里の横で、基樹がペラペラと紙を捲っていたが、ある所でピタリと動きを止めた。そのまま黙り込んでいるのを不思議に思いつつ、藍里が尋ねてみる。


「伯父さん、どうしたの? それに、紅蓮から取り出す時は、どうしたら良いの?」

「それが……、肝心な所が、虫に食われてた」

「はいぃぃぃ!?」

 声を裏がえさせた藍里が慌てて基樹からその冊子を奪い取ると、そのページの『再度紅蓮より取り出だしたき場合』の次が確かに見事な虫食い状態になっており、彼女は伯父に食ってかかった。


「ちょっと伯父さん!! しまうだけしまって取り出せないって、無責任過ぎるわよ!?」

「いや、すまん。だが、要は出す様な言葉を唱えれば、あっさり出て来るんじゃないのか?」

「そんないい加減な……。取り敢えずやってみるけど」

 さすがに冷や汗を流し始めた伯父を締め上げてもどうにもならないと判断した藍里は、半ば自棄になって言葉を唱え始めた。


「ええと……、有り得そうなのは『出現』かな? これはダネン……、違うか。そうなると『再出』だから、リート。……これも駄目。それじゃあ『行使』えっと、アルト……、うっ、全然反応が無い」

 左腕の紅蓮を押さえたまま藍里が項垂れると、流石にジーク達が心配そうに寄って来て口々に声をかけてくる。


「それなら『復元』はどうかな?」

「『転換』とかも試してみたらどうでしょう?」

「因みに『巨大化』でも駄目でしょうか?」

 ルーカスは呆れ果てて何も言う気力が無かった為、黙々と食べながらあれこれと単語を試し続ける藍里を観察していたが、とうとう彼女の堪忍袋の緒が切れる様を、目の当たりにする事になった。


「おっ、伯父さんの、馬鹿ぁぁぁぁっ!!」

「うあっ」

「きゃあっ!」

「……お前、本気でもうちょっと魔力の制御法を身に付けろ」

 その叫びと共に彼女の周囲に暴風が吹き荒れ、周りを囲んでいた三人は咄嗟に避けきれずに畳に転がったが、冷静に観察を続けていたルーカスが、素早く防壁を張り巡らせて彼女を中心とする半径1メートル内を周囲と遮断した為、来住本家が倒壊する事態は免れたのだった。


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