(9)便利屋扱い
「……ジーク」
その無言の問いかけに、ルーカスが何を言いたいのか重々察していたジークは、思わず頭を下げて謝罪した。
「すみません。俺も基樹さんがあんなに強いとは……、というか、あれほど魔術の腕が立つ方だとは、微塵も思ってはいなかったものですから……」
それに続いてウィルとセレナが、しみじみと感想を述べる。
「考えてみればあのマリー殿の実の従兄弟で、義兄に当たる方ですからね。当然と言えば当然か」
「あのご様子だと、実力は『ファル』クラス……、いえ、下手をすると『ディル』でしょうか?」
「そんな事を考えるのは不毛ですよ。親父は別に聖騎士位なんて、微塵も興味は無いですからね」
「え?」
突然割り込んだ男の声に、四人は一斉に振り向いたが、その中で先程顔を合わせていたセレナが頭を下げて、ルーカスに二十代後半に見える彼を紹介した。
「あ、先程はありがとうございました。殿下、こちらは基樹氏のご子息の、来住一成さんです」
「お邪魔しています。ルーカス・ディル・ディアルドです」
「初めまして、来住一成です。アルデインからはるばるご苦労様です」
そこで互いに笑顔で右手を差し出して握手を済ませてから、普通には生じない筈の衝撃音が生じた裏山に顔を向けた。そして斜面の一部が崩れているのを認めたルーカスが思わず顔を顰めたが、何故か一成は手前に倒れている木を認めて、満足そうな笑みを浮かべる。
「……ああ、ちゃんと予定通り切ってるな。親父があまり楽しそうだから、頼んでいた事を忘れてるかと思った。どうやらあの物騒な中に割り込んで、叱る羽目にならなくて助かった」
「頼んでいた事?」
心底安心した様に一成が呟いた内容に、ルーカスが怪訝な顔をした為、一成は律儀にその理由を説明し出した。
「あそこの山は我が家の所有なんですが、手入れをしないと荒れて、管理が大変なんです。ですが間伐するのも、人手を集めたり業者に頼むと色々手間がかかる上、物入りで」
「はぁ」
だからどうしたとルーカスは生返事をしたが、ここで一成は一転して良い笑顔になって話を続けた。
「今年はどうしようかと思っていたら、万里叔母さんから連絡を貰ったもので、急いで今日一日かけて山を回って、伐採する必要がある木に印の縄を結び付けてきたんですよ」
「え?」
慌ててルーカスが倒れている木を確認すると、確かに見える範囲で切り倒されている木の幹全てに、赤い紐が結び付けられているのを認めて、思わず顔を引き攣らせる。それには構わず、一成は上機嫌なまま話を続けた。
「いやぁ、本当に助かりました。あ、親父が切った木は、運搬を頼む業者がトラックに積み込み易い様に、魔術で山から降ろしてあの林道に面したそこの空き地に積み上げておいて下さい」
結構な広さのある裏庭の片隅を指差しながら、さらりと仕事を頼んできた一成に、ルーカスは慌ててそれを遮ろうとした。
「あの、ちょっと待っ」
「それでは宜しくお願いします。皆さんの分も夕飯を準備してありますので、遠慮なさらずに召し上がって下さい。さあ、準備再開っと」
「あの!」
しかし一成はルーカスの呼びかけなど物ともせず、さっさと母屋に戻ってしまった。そしてその場に呆然とした四人が取り残され、しかしこのままでも居られないと、ウィルが恐る恐るルーカスに声をかける。
「ええと……、あの、殿下?」
「切り倒した木を、一ヶ所に集めるだと? 俺は便利屋か!?」
「殿下はお休みになっていて下さい。アイリ様の訓練の場所を提供して頂いているのは確かですから、私達が処理しますから」
我に返ったルーカスが激昂すると、セレナが取り成すように申し出た。しかし彼はそれに素直に頷く事はせず、渋面になりながらも裏山に向かって足を進める。
「……俺もやる。お前達だけにさせられん。そんな事が父上の耳に入ったら叱責される」
「宜しくお願いします」
ルーカスが癇癪を起こさずに余計な仕事に取り掛かってくれた事で、三人は感謝して頭を下げた。そして斜面を登りながら左右の斜面に倒れている木を見つけると、魔術で宙に浮かして下の裏庭へと誘導する。それを二十本ほど片付けた所で、誰からともなく呆れ半分感嘆半分の呟きが漏れた。
「しかし、本当に目印を付けておいた木だけ、切り倒しているみたいですね」
「ここまでくると、お見事の一言しか出ません」
「もっと凄いのは、アイリ様を切るついでに切っている訳ですから、その目印の前にアイリ様を追い込む必要があるわけですよね? 本人には悟られずに」
そこで思わず顔を見合わせて四人は無言になったが、ルーカスが嫌そうな顔になって呟く。
「……化け物か」
他の三人も否定できず、その場に気まずい沈黙が漂った。しかしその時、突然そう遠くない所から、怒鳴り声が伝わってくる。
「ほらほら、避けてばかりいないで、とっとと反撃してこいや!!」
「伯父さん、絶対性格豹変してるわよね!?」
その両者の叫びと共に、四人の所にまで拳大の岩石が大量に飛んで来た為、各自反射的に障壁を作ってその直撃を避けた。そして二人の声が再び遠ざかってから、ルーカス達が先程まで二人が戦っていたであろう場所に足を踏み入れると、地面は殆ど平らな所が無い位無残に抉れ、地面に何本かの木が倒れた上、一部の下草が黒く焦げて燻っていた。
「おいおい、山火事になったらどうする気だ。ミューテ、ラン、エス」
ウィルが念には念をとばかりに、焼け焦げた場所にバケツの中身をぶちまける様に、空中に出した水をかけたが、他の三人はそれには構わず、木の回収の為奥に向かって足を進めた。
「随分派手にやってますね」
「あの二人に間違って切られない様に、十分注意しろ?」
「了解しました。まだ死にたくはないですしね」
それから一時間近くの間、時折二人に遭遇してちょっとした命の危険に晒されながらも、四人は黙々と山中に散乱した木の回収に勤しんだのだった。




