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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第二章 青(ディル)を奪え
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(7)手合わせ

「じゃあ俺の得物は、まずはこれにするか」

 基樹が板張りの道場に入るなり、その一角にしつらえてある神棚の前に奉納してあるかのように設置してある飾り台から、鞘も柄も黒一色の刀を取り上げたのを見た藍里は、道場の隅で靴下を脱ぎながら若干嫌そうな声を上げた。


「うわ……、伯父さん、本気?」

 その声を聞いた基樹は、ゆっくりと鞘から刀身を引き抜いて藍里の方に向き直りつつ、薄笑いを浮かべる。

「藍里も暫く本気でやってないだろう? 一ヵ月で勘を取り戻すつもりなら、最初からこれ位でやらないと駄目だろうな」

「もうホント、勘弁して欲しいんだけど」

 心底うんざりした表情になって、手足を曲げ伸ばしして準備運動を始めた藍里に、ルーカスが小声で囁く。


「おい、どういう事だ? この薙刀といい、あの日本刀といい、刃を全く潰していない様に見えるが、まさかこれまでにも真剣で試合をした事があるのか?」

 それに首を手首を回しつつ、藍里が事も無げに告げる。

「ああ、うん。まあね。母方の祖父が結構厳しくて。祖父が亡くなる前は、悠理達と同様に小学校から直行してここに来て、嫌ってほどしごかれてたのよ。全く女の子相手に、あれは無いわよねぇ……」

 アキレス腱を伸ばしながら愚痴った彼女に、ルーカスは思わず噛み付いた。


「そんな事、一言も言ってなかっただろう? それに伯父は相当強いのか? さっき書道家だと言ってたじゃないか!?」

 その非難する様な声に、藍里はきょとんとしながら言い返す。

「確かに書道家と言ったけど、伯父さんが弱いとは一言も言ってないわよ?」

「……っ、あのなあっ!?」

「殿下、お二人の試合が始まりますし、ここにいては危ないです」

「真剣試合ですし、下がっていましょう」

 激昂しかけたルーカスを左右からジークとウィルが宥めて壁際に引き摺って行きかけた所で、セレナがぼそりと呟く。


「考えてみれば、来住様はマリー様の兄上でしたね……」

「…………」

 それを聞いたルーカス達は何とも言えない表情になって黙り込み、一塊になって壁際に移動した。それを見送った藍里は、藍華と銘打ってある薙刀を手に、恐れ気も無く道場の中央へと歩み寄る。


「さて、準備はできたか? 藍里」

 面白そうに笑っている基樹に、藍里は覚悟を決めて頷く。

「いつでも」

「それでは始めるか」

「お願いします」

 そこで礼儀正しく二人揃って向かい合い、静かに一礼した。

 次に上半身を起こしたとほぼ同時に、藍里は弾かれた様に背後に二メートル程飛びずさり、振り下ろされた基樹の剣先を避ける。と同時に回転の反動を付けて、基樹の腰に向けて薙刀を振り払った。

 しかし基樹はその刃部を余裕で受け流し、逆に柄を滑らせる様に刀身を藍里に肉薄させてきた為、藍里は慌てて薙刀を持ち替えつつ、体捌きでそれをかわす。その一連の動きだけで、二人の動きが素人のそれでない事がはっきりと認識できたルーカス達は、揃って顔を強張らせた。


「……おい、何だこれは?」

「何だと言われましても……。私も来住家には、もう十五年近く足を踏み入れていませんでしたから。確かに子供の頃から、界琉と悠理は相当強かったですが……」

 そんな呆然としながらのやり取りの間にも、藍里は右腕を巻き付ける様に薙刀を持って、躊躇せずに踏み込みつつ顔面、脛、銅を立て続けに突き打とうとし、基樹はそれを刃で受け止め、または弾き返しながら反撃の機会を窺っていた。そして藍里の技の合間を縫って足を狙った一撃を、振り上げた薙刀の石突で止められる。


「取り敢えず、実戦形式での訓練でも、何とかなりそうで良かったじゃないですか」

「後は、魔術の方をどうするかですね」

 驚いた後、ウィルとセレナが冷静に藍里の動きを検証し始めた為、ルーカスも口を閉ざして二人の手合わせを見守る事にした。長さ的には刀より有利に見えても、逆にその長さの為振り回しにくく、重量もそれなりに見える薙刀を縦横無尽に扱っている藍里を見たルーカスは、密かに彼女に対する評価を変える。

 そして道場内にいる誰もが無言のまま、十分程二人の打ち合いが続いた。突き込んできた刀を刃で打ち落とし、基樹の体勢が崩れた所を狙って打ち突こうとした藍里だったが、その隙は演技でそのまま勢い良く受け身を取りつつ転がった彼に難無くかわされた挙句、脇腹に剣先を突き付けられて続行不可能となった。

 

「まあ、久しぶりにしてはなかなかじゃないのか? 一ヵ月できっちり勘を取り戻していくぞ?」

 刀を突き付けてきた伯父に「ここまで」と言われたと同時に、緊張の糸が切れて床にへたり込んだ藍里は、全く息を切らさず、汗もかかずに含み笑いで見下ろしてきた彼に、息も絶え絶えに申し出た。


「……ちょっと待って、休憩。息、切れた」

「緊張し過ぎだ。もっと普通に呼吸しないと、戦闘中に酸欠になるぞ?」

 呆れ気味に言ってきた基樹に、藍里は精一杯言い返す。


「そうは言っても! 伯父さんが矢継ぎ早に攻撃してくるんだもの!」

「攻撃を休み休みやってどうする。しかし今回、紅蓮に傷を付けられなかったな。下手をしたらボロボロになるかと思ったが」

 そう言われた藍里は自身の手の甲から腕を覆っている物を見下ろし、傷一つ無いのを認めて驚いた顔になった。


「本当。何回かは確実に掠ってたから、てっきり切れてるか破れてるかと思ったのに」

「この前、聖紋とやらが出たんだろう? 多分自然に反応したんだな」

「反応って、何が?」

 さらりと紡がれた言葉に藍里が怪訝な顔で尋ねると、基樹は道場の入口を指差しながら指示を出した。


「後から説明する。取り敢えず休憩だ。ほら、水を持って来てくれたぞ? 十分後に裏山への上り口に来なさい」

「分かりました」

 見れば気を利かせたらしいセレナが、どこから調達してきたのかグラスに入った水とタオルを手に道場に戻って来たところで、伯父の指示に文句を付ける理由などない藍里は、座り込んだまま素直に頷いた。



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