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ようこそリスベラントへ  作者: 篠原 皐月
第二章 青(ディル)を奪え
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(6)藍華と紅蓮

 翌日の放課後。万里の指示通り、藍里とルーカスは連れ立って万里の実家である来住本家を訪れた。

「ここよ」

 藍里が短く告げて、開放してある立派な門をくぐる。その彼女と玄関までの道を並んで歩いているルーカスが、敷地内を眺めながら率直な感想を述べた。


「日本にしては、なかなか広い敷地だな。それに、あちらの棟が道場なのか?」

「そういう事」

「それならこの家では、何か武道を教えているとか?」

「ううん、だって伯父さんは書道家だし。国内では結構有名よ?」

「はぁ?」

 完全に予想外の事を言われたルーカスは面食らったが、藍里が淡々と説明を続ける。


「確かに母方の祖父と曾祖父はどちらも腕が立つ人で、あの道場で剣道を教えていたけど、伯父さんは『弟子を取ったりするのは柄じゃ無いから』とか言って、今はあの道場は身内しか使って無いの。だからいつでも、好きに使えるわ」

「…………」

 思わず無言になったルーカスは、何歩か遅れて付いて来ているジークロイドにどういう事かと詰問する様な視線を向けたが、藍里はそんな事はお構いなしに玄関のインターフォンのボタンを押し、中に向かって大声で呼びかけた。


「伯父さん! お邪魔しま~す!」

 すると廊下の奥の方から、足音など感じさせずに線の細い年配の男性が現れ、藍里達に向かって声をかけてきた。

「やあ藍里、いらっしゃい。万里から話は聞いているよ。それから、そちらがルーカス殿下と、警護の方達だね? 初めまして、来住基樹です」

「こちらこそ、お邪魔させて頂きます」

 そしてルーカスと初対面の挨拶を交わした基樹は、親しげにジークに向かって声をかけた。


「それとジーク君、久しぶり。元気だったかい? 大きくなったねぇ」

 そこで基樹から感心した様に微笑みかけられたジークは、恐縮しながら深々と頭を下げた。

「はい、基樹さん。ご無沙汰しております」

「他人行儀だね。一応、義理の伯父と甥の関係なのに」

「いえ、確かにそうですが……」

 若干困った様子のジークを見て、藍里は不思議そうに口を挟んだ。


「伯父さん、どうしてジークさんと伯父と甥の関係になるわけ?」

 しかしそこで基樹に、如何にも不思議そうに問い返される。

「藍里? ジーク君は万里とダニエルさんの養子になって、ジークロイド・ヒルシュになっただろう? それとも今は、別な名前を名乗っているのかい?」

「……いえ」

 控え目に否定したジークだったが、それを聞いた藍里は素っ頓狂な声を上げた。


「はあぁ!? 養子縁組って、それなられっきとした私と兄妹の関係じゃない!」

 それにルーカスが、冷静に突っ込みを入れる。

「当たり前だ。それにジークが臨時講師に就任した時、校長はちゃんと名前を紹介したぞ? そこで『ヒルシュ』の名前が出た時に、不思議に思わなかったのか?」

 その指摘に、その時の事を思い返し、愕然となる藍里。


「普段そっちの名前は殆ど使って無いから、全然意識して無かったわ」

「……やっぱり馬鹿だ」

「なんですって!?」

 思わず呻いたルーカスの台詞を聞いて藍里はいきり立ったが、ここで基樹が半ば感心した様に口を挟んできた。


「ひょっとしたらと思っていたが、本当に藍里はジーク君の事をすっかり忘れてたんだな……」

「いえ、それは……」

 それに気まずげに弁解しかけた藍里を、基樹は宥めながら上がる様に促す。


「まあ、この際それは横に置いておいて、お茶も出さずに悪いけど、時間が勿体ないから道場の方に移動しようか。武器庫は道場に隣接しているし、まず藍里が使えそうな物を探そう」

「使えそうな物って……、伯父さん?」

 言うだけ言ってさっさと歩き出した基樹の後を追う為、藍里達は慌てて靴を脱いで上がり込み、廊下の奥へと進んだ。


(伯父さんとジークさんって、やっぱり面識があるのよね。それに同じ『ヒルシュ』を名乗ってる位なのに、本当にどうして私だけ、綺麗にこの人の記憶が無いのよ)

 この間、何度も両親に尋ねてもはぐらかされてばかりの事について苛つきながら考えていると、角を二回曲がった廊下を進んでいた基樹が立ち止まり、分厚い樫の板で作られた引き戸の鍵を開け、左右に引き開けた。


「さあ、ここだ。入って見てくれ」

 そして基樹に促されて室内に足を踏み入れた面々は、軽く驚きながら周囲を眺めた。


「うわ……、ここに入るのは久し振りだわ」

「本当に武器庫、ですね。ですが失礼かもしれませんが、この中に実戦に耐えうる物が有るでしょうか?」

 飾ってある鎧兜に代表される戦装束、壁に掛けられたり棚に飾ってある日本刀や短刀などを眺めながらルーカスが疑問を呈すると、基樹はあっさりとルーカスの疑問に答えた。


「骨董的価値は有るでしょうが、実戦に耐えうる物かどうかと言われたら、ここにある物の殆どは、役に立たないガラクタです」

「来住さん……」

 思わず顔を引き攣らせたルーカスだったが、その表情を見た基樹は、面白そうに笑いながら話を続けた。


「ですが一部には使用に耐えうる、と言うか、彼女と相性が良い物はあるんですよ」

 そして奥の壁に向かって歩き出した基樹は、背後の藍里に顔を向けないまま問いを発する。


「藍里、久し振りに藍華らんかを出そうかと思うんだが、それでやってみるか?」

 そう言われた途端、藍里が目を輝かせた。


「え? 良いの? 勿論やりたい!」

「ついでだから、紅蓮ぐれんも出すか。偶には空気に当てないとな」

「やった! フル装備も久し振り!」

「何の事だ?」

 独り言の様な基樹の台詞に、藍里が歓声を上げた為、ルーカスが訝しげに尋ねた。するとウキウキしながら藍里が解説してくる。


「藍華と紅蓮は、来住家の家宝の名前なの。十何代か前のご先祖様に、武器作りに長けた人が居て、その人が作った物の中の一部よ」

「へえ? 因みにそれってどんな」

「いくぞ、藍里」

「うわっ……、と! 伯父さん、危ないから!」

 好奇心に駆られたルーカスが詳細を尋ねようとしたところで、短い警告と共に基樹が藍里目掛けて何かを放り投げてきた。至近距離から物を投げられたら事に驚いたルーカスは、次に藍里が反射的に受け止めた物を見て、微妙な表情になる。


「……それは何だ? 槍、なのか?」

「何って、薙刀なぎなたの《藍華》よ。うん、やっぱりこれが手に馴染むし、重さも手頃よね」

「…………」

 上機嫌で構えて何回か払ってみせた藍里に、見慣れない武器の大振りな動きを見たルーカスは、何とも言えずに押し黙った。そんな彼女に、基樹は更に何かを渡しながら言い聞かせる。


「藍里。手合わせは制服のままで構わないが、しっかり防具は付けておけよ?」

「は~い。そしてこの籠手と脛当ての組み合わせが《紅蓮》なの」

「…………」

 機嫌良く革製に見える物の説明をしてから、鼻歌を歌いながら手早くそれを自分の腕と足に装着していく藍里を見たルーカス達は、(こんなままごとの様な武具で本気で戦えると思っているんだろうか)と暗澹たる気持ちになった。しかしそんな懸念は、隣接する道場に移動してすぐに、霧散する事になった。



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