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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法系短編

【競演】閉ざされた世界で

作者: seia

 北の大陸は、三つの国から成っている。

 そのうち一つ「キユ」という国。一年のうち必ず一か月間、"息吹(いぶき)の時"と言われ、様々な植物、虫、食物、全ての生命の誕生が許される。

 しかし、今年は一向に”息吹の時”が待てど、待てど、やってこない。曇天がどこまでも広がる雪に閉ざされた世界になってしまったのだ。



「じじさま、どうして今年の"息吹の時"がないのです?」


 暖炉にくべる木材も年々減り必要最小限しか焚くことができず、今はか細い炎を揺らしている。


「……考えられるのは、アーネスト様がおっしゃっていたように、領主様についている魔法使いがよくないのかもしれんのぉ」


 揺り椅子をゆらゆら揺らしながら、長い白い髭を確かめるように撫でながら、火元の傍で手をかざす孫に答えた。


「魔法使いがよくない? よくない魔法使いがいるのですか?」


 北の大陸特有の、抜けるような白い肌を炎の熱さでほんのり赤く染めながら、驚いたように目を見開いて聞き返した。


「そうじゃよ。光と闇があるように、魔法使いにも善と、と悪があるのじゃ。まだそのへんの理解はしていないようじゃ、いっぱしの魔法使い様、とは呼んでもらえんのぉ」


 目を細めて、ふぉふぉふぉと笑い声をあげた。イアンは、頬を膨らませてジッと炎を見つめた。

(なんだい、じじさまなんか魔法の一つも使えないくせに、偉そうなこと言って。魔法使いは、みんな人のために、と良い働きしかしないのに。……じじさまボケてきてるのかな?)


「イアン。もっとよく魔法を学ぶのじゃ。その苛立った気持ちもきっと消えるじゃろう……」


 諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐと、重くなってきた瞼の重力に逆らうことができないのか瞳を伏せ、寝息をたてはじめた。


「じじさ……ま?」


 名を呼んだり、顔の前で手を振ってみても反応がないので、イアンは少しホッとした。"息吹の時"がなぜ今年は来ないか、と尋ねたはずなのに、魔法使いとは何ぞやといううんちくを並べはじめたので、うんざりしはじめていたからだった。

(結局、どうして時期が来ないかわからなかったし。はぁ……。かといって今の僕じゃ、どうしてその時期が来ないかわかる(すべ)がないし……。)

 そしてイアンは今にも消え入りそうな火に、細い薪を数本くべて立ち上がった。祖父が凍えないようにと。


 祖父以外はもう寝床に入っているだろうと思い、足音をなるべくたてないように部屋へ向かっていたが、台所からわずかな灯りが漏れていた。近づくと、イアンの母が木の実を丁寧に潰していた。



「母さん?」


 邪魔にならないように小さな声で呼んだ。


「なんだい? イアン。まだ起きてたのかい?」

「うん……」


 答えながら、まだすり鉢に入ってない木の実を素早くイアンは数えた。


「イアン? 今実の数を数えたね?」

「え? そ、そんなことは」


(さすが母さん。僕のすることはお見通しってわけか)

 急いで首を横に振ったが、イアンの母は難しい表情を浮かべた。


「イアン。お前の力はもっと大事な時に使った方がいいんだよ。こうやって人の手でできることは極力、魔法は使わない方がいいって――」

「アーネスト様がおっしゃったから? 母さんも……じじさまみたいなこと言うんだね」


 面白くない、と言わんばかりに口を尖らせ、右足のつま先をを無造作にぐりぐりと床へ(こす)りつけた。


「アーネスト様が、ってわけじゃないけど、魔法使いとはそういうもんさ。やたらめったに使わないのが本当の魔法使いさ」


 そう言うと、また実を潰す作業に戻った。時々流れる汗を拭いながら。

(なんだい、母さんまでじじさまと同じこと言うのか。それに口を揃えてアーネスト様、アーネスト様って。あんなやつヒョロヒョロして、ドジばっか踏むのに"様づけ"なんかして。それに実を潰すなんてこと、魔法を使っちゃえば汗水垂らさなく済むのにさ。なんのための魔法だっていうんだ。楽するために使ったっていいじゃないか。)

 黙々と潰す母の姿をイアンは見つめた。母の仕事を少しでも軽くしてやりたいと思い、眼光を鋭くしたその時。視線に気付いたのか、ふっと顔をあげて、いけないと唇を動かしたうえに首を横に振って息子がしようとしたことを制した。

 ますます面白くない、と言わんばかりに頬を膨らませ、姉妹(きょうだい)たちが寝ている部屋へドスドス足音を立てながら向かった。寝ているとわかっているのに、力任せにドアを開けた。

 立てつけが悪いので、二か所で止めていた蝶番の一つが飛んで、上部分が傾いた。


「イアン、怒って物にあたるのは、いい加減やめなさい」

 その音で目を覚ましたのか隣で眠る妹を起こさないように、ゆっくり上半身を起こして静かに諭した。

「……すいません」

 怒らせると母より怖い姉には頭が上がらず、ボソボソと謝るイアン。

「わかればいいのよ。わかれば――」

 語尾はフニャフニャと呟きながら、もぞもぞと布団にまた潜りだした。

(よ、よかった。ドリーン姉さん、少し寝ぼけてたんだ。)

 イアンは胸を撫で下ろす。

 そして、母が用意した石を温め布で包んだものが布団に忍ばせてある、ほんのりと温まった寝床にイアンも潜りこんだ。




 その夜イアンは不思議な夢をみた。

 ずっと遠くに――。ぼんやりとシルエットしか見えないはずのお城が、今目の前にあるのだ。一度もはっきりと城を見たことがないのに、イアンは”それ”が国を治める城主がいる城だ、と何故か確信した。見上げれば空に向かってどこまでも続くような塔が一本。その両隣にはそれよりは低く、仰げば頂点が確認できる塔が建っている。遠目では雪のせいか薄暗く、黒に近い建物だと思っていたイアンは目を見開いて驚いている。

 目にしている城は、白く輝いていたからだ。

 もしも、陽の光がそこにあったのなら、反射して目が灼けてしまうのではないか、というほどに。

 しかし、ここではただ白く輝いているだけで、目を覆うまでの光は発していない。目を細めれば反射は(しの)げるくらいで。

「そこの坊や、いつまでそこにおるのじゃ? 脚が冷えてしまうえ? 中へ入ってゆるりと温まったらどうじゃ?」

 どこからともなく老婆のような枯れた声が降ってきたので、イアンはあたりを見回した。


「だ、だ、誰ですか?」


「誰とは悲しや。我はそなたに近い者。遠くとも近くとも関係ない存在というに」


「い、言ってることがよ、よくわ、わかりません」


「なんと簡単に答えを導くとは。そなた、まだ若いの?」


 笑いを含んだ言い方だったので、イアンは頬を膨らませた。


「ぼ、僕はまだ十一です!」


(若いからなんだっていうんだ)

 いきがりながら見えない相手に告げると、耳障りな甲高い声がそこらじゅうに広がった。

(この気持ち悪い笑い方。嫌だ。聞きたくない)

 必死で耳を塞ぐが、ほんの少しの隙間から笑い声は入り込み、鼓膜に貼りついてしまう。首を、頭をぶんぶん振るが、どうにも声がこびりついて離れない。


「十一と。……若い。若いが悪くないの。素質は充分じゃ。我と此処で話しをできる者は少ないゆえ。いつか我を求めよ。さすれば、我はいつでもそなたに応えようぞ。そなたもこのようになりとうないじゃろ?」


 笑い声が止むと同時に城も消え、代わりにイアンの背丈をゆうに超える大きな水晶のようなものが現れた。


「よく見るがよい」


 言われるがまま、イアンは水晶のようなものをじっと見つめた。ぼんやりとだが、その中にうっすらと人の形のような輪郭が浮かび上がってきた。


「ん?」


 よくよく凝視する。すると、


「え? え?」


 駆け寄ってもう一度、自分の中で出した答えが合っているかどうか確かめた。

(間違いであってほしい。なぜ? どうして?)


「あ、アーネスト様?」

 心で思っていた名前が突いて出てしまった。

 何かに驚いて、目も口も開き、右手をかざしたまま動かない姿がそこにあったのだ。しかし、数々の逸話を持ち合わせているアーネストは、自信を喪失してる風貌ではなく、たゆみない凛とした雰囲気が閉ざされた中にいても見て取れる。


「こやつは、我に同調しなかった故の末路ぞ」


 フフフフという笑いと共に、声の主がワイン色に染め上げたビロードのマントを身に纏った人物が、アーネストを閉じ込めている水晶らしきてっぺんに優雅に腰かけた。


「本来なら水晶に閉じ込めたあと、木端微塵に砕くはずだったのじゃが、こやつ、あの女の弟子にしてしかず。閉じ込める前に何やら強力魔法をかけたのか、砕けんのじゃ」


 口惜しそうに嘆いた。


「そこでじゃ、そちに頼みとうことがあるのじゃ」


「頼み……とは?」


(だめだ、聞いちゃいけない)

 心の声に反して、視線は上へ。フードから覗いて見える瞳孔。その金色に輝く猫目から視線が外せない。口も勝手に動き出してしまった。


「こやつの術を解くべく東の国へ旅立ってほしいのじゃ」


「え?」


「東の国には此処にない魔法がたくさんあるでの」


「我の頼みごとを聞いてくれたあかつきには、もうすぐ売られるであろう姉や妹、いや村全体を救おうぞ」


「なっ!!」


(姉さんと妹が売られる? 何を言ってるんだ?)

 即座に不審げに下から見上げた。


「そなたの村は間もなく、雪に覆われ、我のために全てを差し出すのじゃ」


 迷うことのない言葉に、イアンは眉間に皺を寄せた。


「我は、雪が好きじゃ。永く雪を降らせたいのじゃ。故に膨大な力が必要での」


 紅い唇を動かし、にっこりと笑みを浮かべた。


「なのに、こやつは我の邪魔を!」


 優雅に水晶のようなものに手をついていたが、そう言うとギュゥと拳を作り、震わせている。語尾も心なしか強まっている。


「そなたも、こやつのことは気に食わないのだろう?」


「え?」


「驚くことはない。言うたじゃろ? そなたは我に近いと」


(意味がわからない。どうして僕がアーネストのことが気に食わないとわかってしまったのだろう?)

 ますます眉間に皺を寄せて声の主を見上げる。金目は一瞬細くなり、


「そなたには、こやつを超える力を秘めてる故に、東の国で見つけてほしいのじゃ」


「あ、あの、でも」


「これは夢であり、夢で非ず。そなたが目を覚ました時に使いをやろう。旅に必要なものは全て使いの馬車に乗せようぞ。反した場合、そなたの家族、村を無に還すゆえ。そして、約束を違えて戻ってきたときも同様ぞ」


「な!!」


(家族と村を人質にしようというのか? こんなあくどい考え!!)


「あんた魔女だな?」


「ふふふ。今更なことぞ」


 愉快でたまらないと言わんばかりに笑い声をあげながら、ふわっとイアンの前に降りてきた。そして立ち尽くすイアンを抱きしめ、耳元で囁いた。


「我の名は――――。我の名を他に明かした時、そなたの家族、村が無となること、しかと心に留めとくのじゃ。よいな?」

 今までのしゃがれた声ではなく、甘く痺れるような声色で、イアンは微動だにできずにいた。


「我の約束は真実(まこと)。疑うことなかれ。目を覚ました時、真実(しんじつ)と知ろうぞ」

 金目は一度閉じ、再び開いた時、眼球が一回転したようにイアンには見え、ぞっとしたことに気を取られていた。

 そう、気を取られてる場合ではなかったのだった。この言葉の意味を、もっとよく考えるべきだったと思う時がくることと知らずに――――。


 どっと疲労感が残る中、イアンは重い瞼を押し上げた。


 見慣れた天井を見上げ、何度か瞬きをして、濃く残る夢の内容を思い出していた。

(僕が東の国に行かないと、姉さんたちが売られるうえに、村がなくなってしまう? 本当なのかな? 相手は魔女だ。……嘘かもしれない)

 魔女に告げられたことが未だ信じられなく、イアンは思い巡らしていた。

(でも、そういえば薪も少なかったし、食べ物もギリギリなのは、なんとなくわかる。家の事情がよくないことは感じていたけど……。そうだ! じじさまに聞いたら何かわかるかもしれない)

 気怠い体を起こしながら、イアンは祖父が眠っている部屋へ向かおうと思った。

 その時、ベッドだけでなく、家全体が揺れ出した。先に起きている姉妹や母親たちの小さな悲鳴を聞き、慌ててイアンは家族のいる所へ走り出した。


「イアン、来てはいけないっ!!」


 いつも弱々しい声しか出さない祖父が声を張り上げて、自分たちの方に来ようとしていたイアンを止めた。母親、祖父が手近にあるものを担いで戸口を睨んでいる。異様な光景に思わず足を止めてしまう。

 姉妹は身を寄せ合い震えながらイアンの方へにじり寄ってくる。


「ドリーン、イアンを地下に連れて行きなさい」


 声をひそめて、姉ドリーンに急かすように指示を出した。妹に何か囁いてから、ドリーンはイアンの手を掴み、引っ張った。


「ちょ、ちょっと待って。なんなの?」

「いいから早く来なさい。早くっ!」


 ぐいっと強引にイアンの腕を引っ張り、台所へ向かおうとした時、冷たい風と粉雪が一気に家の中に吹き込んできた。


「これは、これは物騒な物をお持ちで」


 白い世界と正反対の黒づくめで全身を覆った突然の来訪者は、残念そうな憂いのあるような声を出したあと、パチンと指を鳴らした。


「きゃっ」

「なんじゃ、これは」


 母親と祖父が持っていた物が一瞬にして灰となり、驚き尻もちをついた。来訪者は、横目で一瞥しながら止まっているイアン達のところへ滑るように近づいてきた。


「美しいお嬢さんで。でも気性が荒らそうですね。私の好みではありませんが……」


 にこりと口角を上げたが、二人には無理な作り笑いにしか見えなく、気持ちのいいものではなかった。早く弟を連れて逃げないといけない、と思っていたドリーンだったが、来訪者に額をそっと押されるのと同時に膝に力が入らなくなり、容易に腰を抱えられてしまった。


「ちょ、ちょっと、は、離してください」


 腕ではねよけようとしても、膝以外も力が入らなくっており、ドリーンは驚いた。


「離しません。お嬢さんには城まで来ていただきますから。イアン様が無事に帰還するまで城で丁寧にお預かり致します。ですので、イアン様、心置きなく旅に出てください」


「な、何を言ってるんです?」


 急に自分の名前が出てきてイアンは面食らってしまった。


「約束なさったでしょう。我が主に」

「あるじ?」

「そう、滅多に名を明かさぬあの方が、貴方には明かしたというお方。お忘れで?」


 (さげす)むような眼差しでイアンを見つめた。


(嘘だ。そんな……)


「あれは夢だ!」


 信じられないと言う表情を浮かべ頭を振った。


「いいえ。夢ではありません。現にお迎えにあがったわけですから」


「だ、だって」


 わなわなとイアンの脚は震え出した。


(あれは夢で、名前なんて……)

 名前、という言葉で耳元で囁かれた光景がふっと湧いて消え、みるみるうちにイアンは青ざめた。

 怯えたような目で、来訪者を見上げると、灰色のガラス玉のようにつるりと光っている瞳と視線がかち合った。


「貴方に選ぶ権利はありません。あぁ? いやありますね」


 ぽんと手を打ち、白い歯を覗かせた。


「この家族を捨て、故郷も捨てる覚悟があるなら、どうぞどこへでもお行きなさい。でも、残ったこの者達は無残に殺されてしまうでしょうけど」


 喉をくつくつ言わせながら、いとも簡単に物騒な言葉を並べた。イアンは来訪者に跳びかかりたくなる衝動を必死で胸元を掴むことで抑えた。


「さぁ、どうぞ。ご自由に。それとも、このお嬢さんから手にかけていいのでしょうか?」


 首を傾げつつ、ドリーンの腰にあてた腕の力を強めた。


「いっ…い、イアン構わないわ。に、逃げなさっ……い」


 苦痛に顔を歪めるドリーンを見て、イアンはさらに震えた。

(ど、どうしたらいいんだっ。ね、姉さんが!!)

 イアンの見てるそばでドリーンは懸命に呻き声を我慢し、唇を強く噛み、血を滴らせている。目を一瞬背けたイアンだったが、ハッとして母、祖父、妹を見た。俯いて座り込む母と祖父。妹は一人泣きじゃくっている光景が飛びこんできた。

 昨日まで冗談言い合ったり、喧嘩したり、笑ったり。それが、苦痛に涙に。一変しているさまにイアンはぐっと歯をくいしばった。そして来訪者に挑むような鋭い目つきで睨んだ。


「わかった。望み通り、旅に出てやる。だから姉さんに、家族に手を出すなっ」


 震える脚を必死で抑えながら、声を張り上げた。


「……。つまらない。家族が大事か?」

「もちろんだ」

(僕をここまで育ててくれたから。魔法使いになりたい、と言って馬鹿にしなかったのは家族だけだったから)


 拳を握り、ぐっと目に力を入れて来訪者に言い放った。


「ならばついてくるがいい」


 冷たく言い放つと、ドリーンを抱えたまま開け放たれた戸口へ向かった。


「ね、姉さんは置いていってほしい」


 痛みで気を失っているのかドリーンはぴくりとも動かず、イアンは不安な顔色で訪問者の後ろ背に願った。


「約束を違える可能性がゼロではないために、このお嬢さんだけは譲れませんね」


 にたりと微笑んで返されたが、イアンは(ひる)まなかった。


「じゃぁ、力づくだね」


(攻撃魔法は呪文だけで、実践はしたことないけど。こんな時に迷ってる暇はない!)


 イアンは小さな声で呪文を唱え出した。が、その瞬間体急に浮き、言い終えることができないまま手足をバタつかせた。


「お、お前、な、何をっ」

「いちいち面倒を起こさないでください」

「早く降ろせ!」


 浮遊感が気持ち悪く、さらにイアンはもがく。


「うるさいですね。あなたのような下級魔法使いが、主様の名を知るなんておこがましいというのに。ここで貴方を捻りつぶすことなど簡単ですよ?」


 来訪者は空いてる片手を掲げて、低い声で短く何かを唱えた瞬間、イアンは息苦しくなった。


「うっ、あっ、……くっ、や、やめっ」

(あぁ、姉さんもこんな苦しみを味わったのだろうか?)


 視界がぼやける中、自嘲気味に笑った。


「や、やめてください。なんでもしますからイアンもドリーンも離してください」


 俯いて座り込んでいた母親が、汗を垂らしながら来訪者にすり寄り懇願した。


「ちっ。次から次へと面倒を。……あんたの息子は選ばれたんだよ。諦めな」


 今までとは明らかに違う言い方で来訪者は口を開き始めた。


「普通に、さ、ささやかな魔法使いであってほしかったのに」

「それはできない願いだな。こいつは主様に呼応したからな」

「わ、私達の命で……」

「うるさいっ!」


 足元にいる母親を虫けらでも見るようなゾッとする視線のまま、無慈悲に蹴り上げた。おかしな悲鳴があがり、来訪者はにたりと笑んだ。


「や、やめっろぉっ」


 首元を苦しそうに掻きながら、やっとの思いで声にしたイアンに来訪者はハッと我に返って、


「申し訳ない。あなたの息子が素直でないから……。さて、茶番はお終いだ」


 そうぼやくと、戸口に待たせてある馬車へイアンを浮かせたまま投げ込み、来訪者とドリーンはその後ろにある別の馬車へ乗り込んだ。


「くっそぅ」

(せめて母さん、じじさま、妹に声をかけたかったのに。ちくしょう)


 自由になった身で、馬車の扉を開けようとしたがびくともしないのだ。魔法を使って開けようとしたが、視えない力が働いているのか効き目がない。


「出せよ、ここから出せよぉー」

 声を絞り出し、扉に背中を預けながら座り込んでむせび泣いた。ここから出れない悲しさ。別れの言葉も言えなかったこと。姉を、母も助けられなかったこと。無力を感じて。


(全ては僕に力がなかったからだ。あの黒づくめの男より、アーネストより強くなろう。全てを守れるくらい、戦えるくらいに。なににも屈しない力を手にしてやる)


 走り出した馬車に揺られながら、いつの間にか涙は止まり、薄く笑いながら、イアンは去りゆく景色のなか誓うのであった。

短編難しいですね。。。

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