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【短編小説】at the ムーラン秋葉原in春夏醜冬

掲載日:2025/12/21

 そこを訪れる奴らは孤独の端くれだ。

 だから僕も孤独だ。


 空調の効いた店内をありがたく思ったが、そこを天国と呼ぶにしてはあまりにも湿った諦観が充満していた。

 それは孤独の所為だ。

 孤独は誰の所為だ?

 果たして、自分自身でしかない。



 小春日和と言うには暑過ぎる日差しを避けて踏み込んだのはそんな場所だった。

 孤独の穴を埋めるようで、実際は孤独の穴が広がっていくんだ。まるで自傷行為だけど、誰もが病院で同じことを言われる。

「セックスが足りていませんね」

 女医かソープ嬢かは分からない。

 でもそこに違いは無い。

 まるで棚に並べられた女みたいな顔をして言うだけだ。そいつらはセックスをくれない。


 所狭しと置かれた棚には、絶望とか断絶とか閉塞とか鬱屈とか悲観、どんなに良く見積もったとしても羨望だとか白昼夢を具現化した様な女たちがパッケージされて並んでいる。

 その絶望や閉塞はどれも美しく、そしてそれは、そこにいる僕らにとって、断絶や閉塞そのものだった。

 僕らの春は来ない。

 それは自分自身で台無しにして踏みつけた春であったし、同時に誰にも省みられないからこそ引きちぎり丸めて捨てた春だ。


 手に取った偽物の春が僕に微笑む。

 僕らは春を捏造する。

 プレイバック出来ない春を詰め込んだ誰かの春、其れは僕らが知らない春だ。

 全身の毛穴から諦観を噴出する僕らの影を作り出す巨大な光だ。

 憧憬だ。

 たどり着けない幸福だ。


 かつて感じていた些細な幸福は、家と言う小さな箱の中にあった。僕らはその箱の中で全身に幸福を浴びていた。

 でももうその箱は無いし、箱の外には春がなかった。指の隙間から春は出ていってしまった。

 そして僕らの幸福も形を変えてしまった。


 かつて幸福であったはずの時間。

 ムーランに立てこもる僕らの、幸福だった時間。それが繭の中や箱の中でだけであったとしても、紛れもなく幸福であった時間。

 箱の中の幸福、ポケットの中に収まるような幸福。

 でもその箱から、いわゆる闘争領域と呼ばれる場所に出ると、そんな幸せが実にちっぽけでいかに惨めなものだったと思い知る。

 そして僕らは春を台無しにした。



 何故なら僕らは誰にも肯定されず、誰にも省みられないから。

 背中を丸め肩をすくめて陽の当たらない場所を、そっと歩くしかない存在だったと知ることになったからだ。

 その闘争領域と呼ばれる冷たい水の中で、犬かきより無様な溺れ泳ぎをし続けている中で、僕らは悟る。

 神は存在しないし、自分はこのまま朽ち果てていくのだと。

 そしてゆっくりと、その冷たい水底で考えるのをやめる。


 どんなに願おうと、僕らは闘争領域に出る事を余儀無くされる。

 それは仕方ない。

 いつまでもその箱の中にはいられない。

 箱の中の幸福には限りがある。

 その限界のタイミングまで、僕らは横断歩道の黒いところだけを歩き続ける様にして闘争を避ける。

 白いところを踏んで、汚したりしないように願って祈る。


 だから僕らは、他人の春を観ながら自分の春を重ねては更に自分を追い詰めて、もっと惨めな思いをしていく事になる。

 あまりにも断絶した他人たちの春は、絶望的な距離感で微笑むし揺れる。

 僕らを絶対に直視しない春。

 僕らが絶対に直視できない春。

 僕らは手を伸ばす。

 羨望と白昼夢の春が微笑み、窒息しそうなまま断絶と閉塞と鬱屈と悲観が、空な身体中を駆け巡るのを感じる。



 愚劣な春。

 白いものが汚していく春。

 春で埋め尽くして死にたい。

 あのパッケージの中にいる美しい春たちで僕の穴を埋めて欲しい。闘争領域の水底で冷え切った僕らを救って欲しい。

 今まで手に入らなかった春で埋め尽くされて死にたい。

 あのパッケージの中にいる美しい春たちが柔らかく包み込む温度の中で救われてそのまま死にたい。

 

 棚に並べられた春たちが微笑む。

 棚に並べられた春たちが身をよじる。

 春を教えて下さい。

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