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第四話:休息

 アリアが示した通路。それは、コンコースの奥に口を開けた通路だった。これまで俺たちが歩いてきたどの通路よりも幅が広く、まるで巨大な獣の食道にでも足を踏み入れるような、そんな感覚を覚えさせた。


「こっちだ。ついてこい」


 アリアは、その長大な剣の柄に軽く手を添えながら、躊躇なく暗がりへと歩を進める。その背中は堂々としていて、頼もしいというよりは、無鉄砲という言葉の方がしっくりきた。俺は少し遅れて、シルフィと並ぶようにしてその後に続く。


「おい、アリア。もう少し慎重になった方がいいんじゃないか。あんな黒いバケモノが、またどこかに潜んでるかもしれないだろ」


 俺の言葉に、アリアは肩越しにちらりと視線をよこした。


「ああ? ぐずぐずしてたら、日が暮れるどころか、腹が減って動けなくなるだけだ。それに、あんなナマクラ、わたしの敵じゃねえよ」


「いや、でも……」


「お前の世界のやり方は知らんがな、ダンジョンってのはこうやって進むもんだ。怪しいもんがいたら、斬る。それだけだろ」


 明快すぎるほどの理論だった。いや、それは理論というより、彼女がこれまで生きてきた世界の法則なのだろう。力こそが正義であり、道を切り開く唯一の手段。そんな価値観が、彼女の言葉の端々からにじみ出ている。


「……ジュン。心配は、無用」


 隣を歩いていたシルフィが、ぽつりと呟いた。彼女の声はいつも通り感情の色が薄く、それがかえって俺の不安を和らげてくれる。


「アリアの戦闘能力は、私たちのパーティの要。彼女の直感は、時として私の分析を超える」


「へえ、そうなのか」


「ああ、まあな! シルフィは頭でっかちだから、考えすぎんだよ」


 前を歩くアリアが、少しだけ得意げに鼻を鳴らしたのが分かった。どうやら、シルフィに褒められるのは満更でもないらしい。本当に単純で分かりやすい奴だと思った。


「……ただ、過信は禁物。未知の法則下では、これまでの常識が通用しない可能性を、常に考慮すべき」


「うっせえな! 分かってるよ、それくらい!」


 軽口を叩き合いながらも、二人の間には揺るぎない信頼関係があるのが見て取れた。ダンジョンという死と隣り合わせの場所で、互いの背中を預け合ってきた相棒。その絆の強さは、出会って間もない俺にはまだ計り知れないものだ。俺は、そんな二人のやり取りを少しだけ羨ましく思いながら、自分の立ち位置を改めて考える。俺にできることは何だ? 剣も魔法も使えない、ただの現代人。足手まといになるのは目に見えている。それでも、何か。何か、この二人にはない視点で、この状況を打開する糸口を見つけなければ。俺がここにいる意味が、なくなってしまう。


 そんなことを考えているうちに、通路の先の空気が変わった。


 ひんやりとしていた地下鉄特有の空気に、微かに甘いような、それでいてどこか人工的な匂いが加わったのだ。そして、耳を澄ますと、空調の作動音とは違う、微かな音楽のようなものが聞こえてくる。それは、リラックス効果を狙ったような、ゆったりとした旋律のインストゥルメンタル曲だった。


「……なんだ、この音は?」


 アリアが立ち止まり、訝しげに周囲を見回した。


「音楽、か? こんな場所に、吟遊詩人でもいるってのか?」


「……音源は、前方。一定の旋律を、反復している。これは、生き物の演奏ではない」


 シルフィが冷静に分析する。俺はその音楽に、そしてこの匂いに、覚えがあった。これは、デパートやショッピングモールで流れている、あの……。


 通路の終わりが見えてきた。暗がりが途切れ、その先には、これまで見てきた青白いLEDの光とは全く質の違う、暖色系の、圧倒的な光量が満ちていた。俺たちは、その光に吸い寄せられるように、足早に出口へと向かう。


 そして、俺たちはその空間に足を踏み入れた。


 そこは、巨大な吹き抜け構造になった、広大な空間だった。


 俺の頭上、遥か高くにガラス張りの天井があり、そこから太陽光……ではない、どこにあるのか分からない照明の、神々しいとさえ思えるほどの明るい光が、フロア全体をあまねく照らし出している。床は大理石風のタイルが磨き上げられ、光を反射してきらきらと輝いていた。吹き抜けを囲むようにして、上層階へと続く複数のエスカレーターが設置されている。各階には、様々なジャンルの専門店が、ガラス張りの美しいショーウィンドウをこちらに向けて並んでいた。


「な……んだ、ここは……城か?」


 アリアが、呆然と呟いた。彼女の世界の城がどのようなものかは知らないが、この壮大で華美な光景は、彼女にとっても度肝を抜かれるものだったらしい。


「ショッピングモール……だ」


 俺は、かすれた声で答えた。そうだ、これは、俺がよく知っている光景。休日になれば、大勢の家族連れやカップルでごった返す、巨大商業施設。衣料品店、雑貨店、レストラン、映画館まで備えた、一日中いても飽きない場所。


 だが、ここには誰もいなかった。客も、店員も、警備員の姿すらない。ただ、きれいに整えられた商品が、主のいない店内で静かに客を待ち続けている。その光景は、あまりにも現実的で、そのいつか見たことがあるような日常性が感じられるほどに、その異常性が際立っていた。


「しょっぴんぐもーる?またお前の世界の言葉か。とにかく、ここは……」


 アリアはくん、と鼻を鳴らした。


「ん?この匂いは……なんだか香ばしい、いい匂いがするな。下の方からだな!」


 彼女が指さしたのは、地下へと続くエスカレーターの方だった。俺が近くの案内表示板に目をやると、そこには見慣れた日本語で『B1F フードマーケット』と書かれていた。


「……食料。おいしそう」


 隣でシルフィが、ぽつりと同意の言葉を口にした。


「よし! まずは腹ごしらえだ! 行くぞ、お前ら!」


「待て、アリア」


 駆けだそうとするアリアの腕を、シルフィが静かにつかんだ。


「……警戒を。さきほどまでの場所とは違って、安定しすぎている。それが、かえって不自然」


「あ? 何言ってんだ、シルフィ。さっきまでの薄汚ねえ場所より、よっぽどマシだろうが」


「……なんだか、見覚えがあるような……」


 俺は、目の前の光景に強烈な既視感を覚えていた。来たことはないはずだ。こんなに巨大で新しいショッピングモールなら、一度来れば忘れるはずがない。なのに、この吹き抜けの構造、エスカレーターの配置、見知らぬ言語で書かれているはずのテナントのロゴの形まで、全てを知っているような気がするのだ。まるで、夢の中で何度も歩いたことがあるかのような、そんな現実感のない懐かしさがあった。


「どうした、ジュン?」


 俺が黙り込んでいるのに気づいたアリアが、怪訝な顔でこちらを見た。


「いや……なんでもない。ただ、少し……この場所に、覚えがあるような気がして」


「なんだと? お前の世界の場所なのか?」


「分からない。でも、すごく……知っている場所に思えるんだ」


 その事実は、俺にわずかな安堵と、それ以上の言い知れぬ恐怖を与えた。このルミナルスペースとかいう場所は、日常から外れ落ちた既視感のある異世界だと、大学で話していたあいつは言っていた。だとすれば、この光景は、どこかありそうでない、そのような夢のようなものが生み出したものなのか?


「……既視感。興味深い現象」


 シルフィが、分析するように呟いた。


「だとしたら、何か罠があるかもしれない。慎重に行こう」


「ちっ、分かったよ。ごちゃごちゃうるせえな。だが、腹が減ってるのは事実だ。まずは地下の食い物がある場所に行く。いいな?」


 アリアは不満そうにしながらも、俺たちの意見を受け入れたようだった。俺たちは、アリアを先頭に、止まったままのエスカレーターを階段のように使って、地下一階へと下りていった。



 地下一階は、巨大なスーパーマーケットと、様々な総菜や弁当を売る専門店が軒を連ねる、いわゆる『デパ地下』のようなフロアだった。ここもまた、地上階と同様に、無人であること以外は何の変哲もない。生鮮食品コーナーには、まるで今朝運び込まれたばかりのように新鮮な野菜や果物が並び、鮮魚コーナーのショーケースには、綺麗な魚が氷の上に陳列されている。だが、それらを管理する店員の姿はどこにもなく、ただ、店内BGMだけが陽気に流れ続けていた。


「うおおおおっ! すげえ! なんだこりゃあ!」


 アリアが、子供のようにはしゃぎ回っていた。


「なぁなぁ、ジュン!この黄色くて長いのはなんだ!?野菜か?薬草か?旨そうな匂いがするんだが!?」


「それはバナナだ。果物で、皮をむいて食べるんだ」


「ばなな?へぇ、変な名前だな。じゃあ、こっちのトゲトゲしてるやつは!?」


「パイナップルだ。それも果物だ」


 アリアは目を輝かせながら、次から次へと商品を指さしては、俺に質問を浴びせてくる。彼女にとって、このスーパーマーケットは未知と興奮に満ちた宝の山なのだろう。


 一方、シルフィはアリアとは対照的だった。彼女は、静かに商品棚にある、一つ一つの商品を手に取っては、そのパッケージを食い入るように見つめている。


「……ジュン。この、金属の器に食料を封じ込める技術。これは、お前の世界の一般的なもの?」


 彼女が指さしたのは、ツナやサバの缶詰が並んだ棚だった。


「ああ、缶詰だな。長い間、食べ物を保存しておくためのものだ」


「なるほど……。そして、この表面に描かれた記号……文字列。これは、この器の中身を示していると推測される」


 シルフィは、缶詰の側面に印刷された原材料名や栄養成分表示を、まるで古代の碑文でも解読するかのように、指でなぞっている。その青い瞳は、純粋な知的好奇心にきらめいていた。


「すごいな、シルフィ。その通りだ。何が入っているか、どんな栄養があるかが書いてある」


「……情報の伝達媒体として、極めて合理的。無駄がない。美しい」


 彼女の感性は、俺には少し理解しがたいものがあったが、この状況を楽しんでいるらしいことだけは伝わってきた。


 俺は、そんな二人を横目に、実用的な食料を集めることに専念した。日持ちのするパン、栄養価の高いカロリーバー、そして何よりも重要な水。それらを、近くにあった買い物カゴに手当たり次第に放り込んでいく。代金を払う必要がないのは分かっているが、それでもどこか、万引きでもしているような後ろめたい気分になった。長年染み付いた常識というのは、こんな非日常的な状況下でも、なかなか消えてくれないものらしい。


「よし、こんなものか」


 カゴがずっしりと重くなった頃、俺はアリアとシルフィに声をかけた。


「おい、二人とも。あまり遊びすぎると、また何か出てくるかもしれない。そろそろ安全な場所に移動しよう」


「おう、そうだな! 腹も減ったしな!」


 アリアは、両腕に抱えきれないほどの果物と、いたくパッケージの画像に気に入っていた、ポテトチップスの大きな袋を三つも抱えて、満足そうに頷いた。シルフィは、厳選したらしい数種類の缶詰と、瓶詰めのジャムを大事そうにローブのポケットにしまっている。


 俺たちは、俺たちは、フードマーケットのフロアの隅に、買い物客が休憩するための小さなスペースを見つけた。


 そこには、簡素なテーブルと数脚のイスが置かれている。ここなら少しは落ち着いて話せるだろう。俺たちは、買い物カゴをテーブルの上に置き、ささやかな、しかし、この世界に来て初めてのまともな食事を始めることにした。


「さて、どうやって開けるんだ、これ?」


 アリアが、サバの味噌煮の缶詰を手に、首をひねっている。


「ああ、それはな……」


 俺は、自分のカゴから取り出したツナ缶を見せた。


「この、リング状になってる部分。これを指に引っ掛けて、ゆっくりと引き上げるんだ」


 パキリ、と小気味いい音を立てて、缶の蓋の一部が開く。そこから、油漬けになったツナの、食欲をそそる匂いが立ち上った。


「おお! なるほどな!」


 アリアは感心したように声を上げると、俺の真似をして、サバ缶のプルタブに指をかけた。しかし、彼女は騎士だ。その力は、俺のような現代人の比ではない。


「んっ……ぬんっ!」


 バキッ! という鈍い音と共に、プルタブは根本から無残にもげ、アリアの手の中に残された。


「……あ」


 アリアが、呆然と手のひらの上の金属片と、ただの鉄の塊と化したサバ缶を交互に見ている。その隣で、シルフィが静かにため息をついたのが分かった。


「……アリア。加減というものを、学習すべき」


「う、うるせえ! こいつが思ったより脆いのが悪いんだ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るアリア。その姿がなんだかおかしくて、俺は思わず吹き出してしまった。


「ははっ、まあまあ。貸してみろよ」


 俺はカゴの中から、偶然見つけておいた缶切りを取り出した。


「こういう時のために、こんな道具もあるんだ」


 缶の縁に刃を引っ掛け、てこの原理でぎこぎこと開けていく。原始的な道具だが、確実だ。やがて、ぱかりと蓋が外れ、中から味噌の香ばしい匂いと共に、煮汁に浸かったサバの切り身が現れた。



「……おう、ありがとうな、ジュン」


 アリアが、素直に感心したような目で俺を見ていた。その琥珀色の瞳には、もう最初の頃のような警戒心はない。


「いやいや、それほどでもない」


 俺たちは、それぞれ手に入れた食料を分け合いながら、無言で食べ始めた。俺は袋パンをかじり、アリアは豪快にサバ缶に直接かぶりついている。シルフィは、クラッカーに瓶のジャムを、まるで実験でもするかのように慎重に塗りつけていた。


 うまい。ただのパンと缶詰なのに、今まで食べたどんなご馳走よりも美味しく感じられた。生きていることを、実感できる味だった。


 しばらくの間、俺たちがもぐもぐと咀嚼する音だけが小さくこだましていた。その沈黙を、最初に破ったのはアリアだった。


「……なあ、ジュン」


「ん?」


「お前のいた世界ってのは、いつもこんな美味いもんが食えるのか?」


 彼女の問いは、あまりにも素朴で、純粋だった。


「まあ、これくらいなら、いつでもどこでも手に入るな。もっと美味いものも、たくさんあるぞ」


「そうか……」


 アリアは、どこか遠くを見るような目をした。


「わたしたちの世界じゃ、こんなに美味い保存食は、王侯貴族でもなきゃ口にできねえ代物だ。冒険者の食事なんて、干し肉と硬いパン、それに水くらいのもんだからな」


「……そうなのか」


「ああ。だから、初めてダンジョンから街に帰って、ギルドの酒場で温かいシチューを食べた時は、涙が出るほど美味かったのを覚えてる」


 彼女は、少しだけ照れくさそうに笑った。普段の勝ち気な彼女からは想像もできない、穏やかな表情だった。


「アリアの故郷は、どんなところなんだ?」


 俺が尋ねると、彼女は少しだけ考えるように天井を見上げた。


「故郷、か。アースガルド王国の、北のほうにある小さな村だ。冬は雪に閉ざされるような、何もない田舎だよ。畑仕事を手伝うくらいしか、やることがなくてな。それが嫌で、わたしは騎士になるために家を飛び出したんだ」


「騎士に……」


「そうだ。もっと広い世界が見てみたかった。自分の力がどこまで通用するのか、試してみたかったんだ。まあ、結局、騎士団じゃ窮屈なだけで、すぐに辞めちまったがな。それで、流れ着いた先で、こいつと出会った」


 アリアは、隣で静かにクラッカーをかじっているシルフィを、親指でくいと指した。


「シルフィは、エルフなんだろ? 森に住んでるって聞いたけど」


 俺の問いに、シルフィはゆっくりと顔を上げた。


「……エルフの里は、迷いの森の奥深くにある。人間が足を踏み入れることは、許されない」


「じゃあ、どうしてアリアと?」


「……私は、外の世界に興味があった。世界の法則、魔法の成り立ち。里の書庫にある本だけでは、私の知的好奇心は満たされなかった。だから、私も里を……出た」


 言葉少なだが、その青い瞳の奥には、アリアと同じ、未知への強い憧れのようなものが感じられた。


「なるほどな。二人とも、似た者同士なんだな」


「「似てない」」


 アリアとシルフィの声が、きれいに重なった。二人は、お互いにむすっとした顔で見つめ合っている。その様子が、なんだか姉妹のようで、俺はまた笑ってしまった。


「ジュンは、どうなんだ?」


 今度は、アリアが俺に問いかけた。


「お前のいた『ニホン』って国は、どんな場所なんだ?」


「俺の国、か……」


 俺は、かじりかけのパンを手に、少しだけ考え込んだ。なんて説明すればいいだろう。


「すごく……便利な国だよ。電気があって、夜でも街は明るいし、蛇口をひねれば綺麗な水が出てくる。スマートフォンっていう道具があれば、世界中の誰とでも話せるし、どんな情報でも手に入る」


「でんき……すまーとふぉん……。やはり、未知の理」


 シルフィが、興味深そうに呟く。


「人々は、モンスターに怯えることもない。戦争も、もうずっと起きてない。平和で、安全で……たぶん、すごく恵まれた場所なんだと思う」


 話しながら、俺は自分のいた世界が、いかに奇跡的なバランスの上で成り立っていたのかを、改めて思い知らされていた。それが当たり前だと思っていた日常が、この二人にとっては、まるでおとぎ話のように聞こえるのだろう。


「へえ……。そりゃ、すごいな」


 アリアが、素直に感嘆の声を漏らした。


「そんなすげえ場所にいたのに、なんでお前は、あんな……なんていうか、弱そうなんだ?」


「……ほっといてくれ」


 アリアの遠慮のない言葉に、俺は少しだけむっとした。


「俺たちの世界は、力だけが全てじゃないんだ。勉強したり、働いたり、色々な方法で生きていける。俺みたいな普通の大学生が、剣を振るう必要なんて、どこにもないんだよ」


「だいがくせい……。ああ、前に言ってた、ガキが集まって何かを学ぶ場所か」


「ガキって言うな。まあ、そうだけど」


 俺は、大学での日々を思い出した。退屈な講義、サークルの仲間とのくだらないお喋り、深夜までのアルバイト。どれも、特別ではなかったけれど、かけがえのない日常だった。もう、二度と戻れないかもしれない、あの場所に。


「……ジュン」


 俺が少し感傷的になっているのに気づいたのか、シルフィが静かに声をかけてきた。


「あなたの家族は、どうしている?」


「家族……」


 その言葉に、俺はどきりとした。


「父さんと、母さんと……それから、うるさい妹が一人。たぶん、今頃……俺が急にいなくなったって、大騒ぎしてるだろうな……」


 心配、しているだろうか。警察に、捜索願を出しているかもしれない。俺の部屋で、何か手がかりを探しているかもしれない。そう思うと、たまらない気持ちになった。


「……そうか」


 シルフィは、それ以上何も聞かなかった。ただ、その静かな青い瞳が、少しだけ優しくなったように見えたのは、気のせいだろうか。


 重くなった空気を振り払うように、アリアがわざと大きな声を出した。


「ま、まあ、なんだ! それぞれの世界に、それぞれの事情があるってことだな! ごちゃごちゃ考えても仕方ねえ! 今は、ここからどうやって出るか、それだけを考えりゃいいんだ!」


「……ああ、そうだな」


 そうだ。今は、前を向くしかない。


 俺たちは、短い食事を終えた。


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