男女比が極端に違う世界に転生した俺が、昔俺と父親を捨てた母親に高位貴族の娘を誑かして来いと言われた件について
「お前には学園に入学し、そこで高位貴族の娘を引っかけて来てもらう。その為にお前を引き取ったのだからな」
父親が死に、それで引き取られた訳だが、それまで放置されてたのに。
本来ならこの人はこの女爵家を継がない人だった。だが姉とその夫と子が馬車の事故で死に、次女だったこの母が急遽継ぐ事となった。
そして実家を継ぐ為に、愛していたはずの父と俺を捨て、実家の女爵家を継ぐ事となったが平民であった父、そして俺は、貴族であるこのお家に迎え入れるのを許されず、捨てられたらしい。
そう父親に聞いた。
何でも祖母にあたる人がそう言ったらしいが、その祖母とやらも母が家に戻って来て直ぐに死んだと聞いている。
愛していた。父親が言うにはこの母は本当に俺達を愛していたと、そう聞いていたがその母は、俺の事を都合の良いコマぐらいにしか思っていないみたいだ。
愛されていたと思いたい父親の願望か、それとも本当に俺達を愛していたのかは分からない。だが、今は少なくともこの人は、俺を自家の繁栄の為の道具だとしか思っていないみたいだな。さて……。
「高位のですか? どの位高位のですか母上?」
「高ければ高い程良い。王女殿下もお前と入学が同じになるし、王女殿下のお心を得る事が出来れば最高だな」
なるほどねぇ、王女殿下か。なーんか乙女ゲーだとか、小説の無料投稿サイトの、異世界恋愛系で有りがちな話だな。もしかしてこの世界は創作物の世界なのかな? なら……。
「いや~母上。つまりそれはアレですか? この国を盗るおつもりなのですね? 今の王家に成り代わり、母上がこの国の王になると、そう仰ると言う事ですか?」
「おい……。お前は何を言っているのだ?」
何を言っているも何も。
「えっ? 何をって……。つまり母上は俺に、いえ、私に殿下を、王女殿下を誑かし、その上で私を殿下の王配とした上で、母上が外戚としてこの国を裏から牛耳ると言っておられるのですよね? そして後に王家や高位貴族を粛清し、母上が王となる、その布石の為に私に言っているのでしょう? 分かっていますよ。いや~、母上ってば中々やりますねえ。女爵から王にですか~。国盗り。実に野心溢れる一代事業じゃないですか。この国を戦乱の渦にへと、群雄割拠の時代へと導くのですね母上」
あらまぁギョッとしちゃって。ママってばどうしちゃったんだろ?
「お、お前はさっきから何を言って……。ちょっと待て、私は……」
「分かってますって母上、皆まで言わずとも。母上が言いたいのは、我が家の武威を、そして名を、この大陸に轟かせるのですよね? その為の布石として、王女殿下を誑かして来いと。その為に私を引き取ったのですね。分かっていますから」
あらら。口をパクパクさせちゃって。酸欠の金魚の物真似かな?
「反逆は英雄の特権。そう聞いた事があります。母上が殿下を、王女殿下の心を盗れと仰ったのは、その為の下準備。そう言う事ですよね。分かってますよ母上」
「何故そうなる? 私は高位の令嬢、あわ良くば王女殿下の寵愛を得よと言っている。それなのに何故王位簒奪や、戦乱の世に等と……」
あれぇまさか本当にこの人は分かっていないのかな?
「何故も何も……。殿下は婚約者がいらっしゃいますし、他の高位貴族のご令嬢も皆婚約者が居ます。そんなとこに横槍を入れるなど、絶対に揉めますよ。下手しなくても国が割れます。そうなれば戦乱の世になるのは必定。つまり母上はその戦乱の世で我が家の武威と名を上げる為にその様な事を私に仰っているのかと……。もし国が割れずとも、私が殿下の寵愛を受け、王女殿下の王配となり、そして母上が外戚として国政に介入し、裏から国を牛耳るのかと……そう思ったのですが」
「だから……!」
うーん頭抱えちゃったよこの人。普通に考えればそうしたいって言ってると見なされるんだよな。何で分からないんだろ? とは言えなぁ……。
「えっ? 新たな王朝を建て、母上が王となり、妹が王女となるから、だからその布石として私にやんごとなき方々を誑かせと言っているのかと、そう思ったのですが」
「違ーう!」
突然絶叫なんかして大丈夫ですか? 脳の血管切れちゃったりしないか心配だなぁ。
「母上、大声を出すと身体に宜しくありませんよ。大丈夫ですか?」
「誰のせいだと……。はぁ……。お前は顔が整っている。それこそ絶世の美男子と言っても差し支え無い程の美しさ。だからそれを使い、高位貴族と縁を繋げと言っている。寵愛を受ければ我が家の利になる、只それだけの事」
「なるほど……。母上は慎重ですね。野望は胸の内に秘め、事が全て終わるまでは悟らせないと、そう言う事ですか」
なるほどなるほど、そうか、そうだよな。事が事だもん、バレたら大変な事になるもんな。
「だから……。反逆だとか国盗りだとかそんな事では無く、家の利益となるようにだな……」
頭痛が痛いってお顔になってるよママ。
「と、言うネタ振りですか? つまりヤレと。喜劇における定番ですね。しかし母上、私も一応血の繋がった息子ですよ。私には本心を語って頂いても……。私はそんなに信用出来ませんか?」
悲しいな。我が子にも本心は言わないし、悟らせないとは。
「もう良い。王女殿下には近付かなくとも良い。他の高位貴族に、我が家の利になる様に立ち回れ」
「と、言うフリですか?」
「だから違うと……。はぁ……。とにかく、殿下には、王女殿下にはむしろ近付くな」
ため息吐くと老けるのが早まるから、ヤメた方が良いですよママ。
と言うかそれ、ネタ振りにしか聞こえないんだよなぁ……。やるなよ、やるなよ、絶対やるなよ。って、ソレそう言う事だろ?
まぁ良いや。俺も別にそんな事をしたいと思っていないし。やるなよって言うならそうしよう。
あら、ママ。手のひらを下に向け前後に振っちゃって。
なら俺も手を振り返そう。
「何をしている……?」
「えっ? 母上が手を振っておられるので私も振り返しているのですが?」
「出て行けと言っている!」
いや、ママ無言だったよね? それを言ったら怒りそうだから言わないけど。
手のひらを母上に向け、左右に振ってみたけどダメだったんだ? なーんだそうなんだ。
母と息子の心温まる、やり取りがしたかったんじゃ無いんだ。残念残念。
子供の頃に出来なかったやり取りがしたかったんだと思ったけど、違うんだね。
あら。引き取ったのは失敗だったかって呟いちゃって。聞こえてるよママ。
ボクね、耳は凄く良いんだ。
さて、お部屋に戻るかな。
しかし転生するとはなぁ。
何で自分が死んだのか全く分からない。
前世の記憶はほぼあるが、推定死んだ時? 辺りが全く分からない。もしかして死合ったりしたかな?
俺は前世で言うところの武術における、他流派の免許皆伝にあたる修練者だった。我が流派である那由多流は、ドが付く位マイナーな流派であったが、知る人ぞ知るある意味で有名な流派でもある。
動乱の影に那由多流あり。忍び殺し。強者と死合った果てに地獄に落ちるのが最上の死に方。地獄に堕ちても地獄で鬼を斬る者。閻魔大王と死合い叩き斬る者達。狂戦士すら裸足で逃げだす。だのと言われていた訳だが、まさか死合っちゃった?
我が流派は様々な武器を使う。
刀等の刀剣類や、槍等の長得物。打撃武器や、それこそ十手も使うし、苦無や棒手裏剣や手裏剣類やなんかの投擲武器。
弓も当然使うし、馬術も修めている。
言うまでも無いが、体術も修めており、昔はそれこそ火縄銃も修練の一つとされていたが、最近は流石に外されてる。言うなれば武器全般に加え、十手や寸鉄に体術系や、馬術を含むありとあらゆる戦いに必要な事を修練、他流で言う修行をして身に付けて来た。
持っていれば使いたくなる。人生を懸けて身に付けた武、それを試したくなるのも俺自身分かるよ。だからと言って現代に死合うのは基本的に禁止だ。そりゃそうだ。法に触れるからな。
とは言えだ。でもなぁ、流石に死合ったりはしていないよな? なら何で死んだんだろ? うーん。そうだな、考えても仕方ない。まぁ良いや。
それより問題は、この世界、男女比が極端に違うんだよな。10対1。約ではあるが女10に男が1。それがこの世界だが、この手の物語に有りがちな貞操逆転世界では無い。
但し女が多いので、男は前世で言う所の女がやっていた仕事をやっている。女は男がやってた事を基本的にやるし、女性優位なこの世界。
戦うのも女。男は数が少ないので非常に大事にされており、蝶よ花よと育てられているが、我が家のママって俺の扱い悪くないか?
酷い話だよ。俺の事をコマ扱いなんだもん。
貴族にとっては我が子ですら政略の道具だ、とは言えだよ、可愛い可愛い息子ちゃんに女誑かしてこいだなんて、そして我が家の利になるように立ち回れって酷い話だよ本当。
まぁ良いや、前世とは違う世界に転生したんだ、楽しまなきゃ損だな。
魔法と剣の異世界転生だなんて、道場の子達が聞いたら羨ましがられるだろうが、転生した俺に言わせれば普通の世界に転生したかったよ。
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「おい……。私は殿下に、王女殿下に近付くなと言った筈だが?」
「そんな事を言われましても……。向こうから近付いて来られたのですが。しかも避けても、何故か私に近寄って来られるのです。立場的にあまり言う事も出来ませんし、それこそ近寄るな等と私の立場では言えないのです」
コレ、本当にそうなんだよなぁ。あんたストーカーか? って位に何故かバッタリ出会ったり、関わっちゃったりするんだよな。
「・・・」
あらあらママってば~。頭抱えてまぁ。
「何故……」
本当そうだよね。何でこうなるんだろ?
しかしママ。夏季休暇で帰って来た可愛い我が子に労りの言葉を掛ける前にだね、現状報告が先って、ここは仕事場かな?
学園に行き初めての帰宅なのに、それなのにこの扱いかよ? ママはボクの事を愛していないのかな?
「ウイットロック公爵家のご子息は……。お前の事をどう思っておられる?」
クライド君? そりゃー。
「はい。目を掛けられて……、掛けて頂いてます」
「・・・」
「目を付けられているとも言いますね」
「そんな事を私は言っているのでは無い! 私が聞いているのは……。言葉遊びなぞ今は聞きたくは無い!」
なら後なら良いのママ?
言ったら怒りそうな気がしないでもないから言わないけど。
ヤダなぁ。俺は嘘偽り無く正直に答えてるのに。それなのに何で怒鳴るのかな。
可愛い息子が公爵家の息子君と仲良くなったんだから喜べば良いのに。
それともアレかな? 女では無く、男と仲良くなったから、だからかな?
「公爵家に目を……」
「まぁそりゃそうですよね。何しろウイットロック家のご子息は、王女殿下の婚約者なのですから」
ウイットロック家は、男に黒魔法が出現しやすい家系だが、クライド君もその例に漏れず、黒魔法使いなんだよね。
で、黒魔法って俺が格好良いって言って仲良くなったんだ。でもクライド君は黒魔法に良いイメージが無かったのか、何故か自嘲してた。でも俺は個人的に黒魔法って格好良いって思うから、素直に誉めたし羨ましがったんだけど、それで仲良くなったんだよな。
俺は生活魔法しか使えないから、攻撃魔法を使えるって羨ましいよ。
クライド君と仲は良い、うん、とっても仲は良い。
だから目を掛けられてるし、目を付けられてるってのも嘘じゃ無いんだ。
ソレをどう解釈するか、そしてどう受け止めるかは個人によって違うとは思うけど、ママ上はもしかしてだけど穿った物の見方をして、判断と言うか、俺と解釈が違うのかな?
「他に報告はあるか……?」
うーん……。報告ってママ。やっぱここは仕事場なのかな?
「王女殿下の側近候補の方々の、婚約者のご子息達にも目を掛けて頂いております」
「なっ!」
「目を付けられているとも言いますね」
「だから言葉遊びなぞ要らぬ! 嗚呼……。何故……何故に……」
本当何でなんだろうね。不思議だねママ。
でもママ言う所の、高位のお貴族様の娘さん達とも仲良くなったんだよ。
でもどっちかと言うと、その婚約者である高位貴族の息子君達と仲良くなった訳だが。
どうも俺は、前世で言うおもしれー女ならぬ、おもしれー男と見られてる節がある。
とは言え騎士団長の娘ちゃんは、俺に毎回突っ掛かって来て、毎回負けてるのに懲りずに挑んで来るのはちょっと面倒だけどな。
あんまりしつこいから、だから「次に私に挑みかかり、貴女が負けたら乳揉みしだきますよ」と、そう言ったら回数がかなり減ったけども。
あらぁ。母上まだ頭抱えてるよ。
唸り声まで……。頭が痛いのかな?
「母上、どうされたのです? 大丈夫ですか?」
「だ、誰のせいだと……。お前はもう学園は退学させる……」
「あー……。それはヤメといた方が良いですよ」
「何故だ……?」
何故って。
「いや~、私が学園を今辞めたら、もし退学したらですね、多分あの方達は嬉々としてこの家に押し掛けて来ますよ。何しろ私は目を掛けて頂いておりますから。それに殿下が、王女殿下が母上を王城に呼び出し、詰問すると思いますが?」
「クゥ~……」
にっちもさっちも行かないってお顔ですねママ。
何でだろう? 俺はただ、事実をありのままに報告してるだけなのに、それなのに何でそんなお顔をしてるのかなママは?
夏季休暇。つまり夏休みだ。
俺は実家で過ごしているが、我が可愛い妹は、思春期だからなのか相変わらず俺に対してあたりがきつい。
いや~、長い思春期だね。
俺が引き取られた時からなんだもん。暴言吐いちゃったり、減らず口と言うか、憎まれ口を飽きもせず吐いてくれちゃってる。
そしてそんな可愛いマイシスターだが、最近かなりお疲れの様だ。
と言うのも、お勉強にマナーに武術に馬術と、一生懸命取り組んでいて大変そうだ。
そして何故か俺が帰宅し、ママ上に学園での事を報告してから、それから馬術の時間が異常に増えている。
それに加え武術の時間もかなり増えており、毎日毎日汗だくになっちゃって、年頃の娘では有り得ない様な姿で毎日頑張ってるんだよ。しかも馬を、それも名馬と言われる物を新たに購入した。貧乏女爵家にとっては結構な痛手だろうに、おかげでお財布が更に軽くなったみたいだ。
とは言え買ったのはママと妹ちゃんの二人分で、俺には買ってくれなかった。
仲間外れ何て酷い話だよ。なので余っているお馬ちゃんをママ上に許可を貰い使っているが、この馬達も売りに出すらしい。
そして何故かママ上は、資産を国外に少しづつではあるが移し始めており、現金等も宝石やなんかの軽くて持ち運びしやすい物に換え始めている。
しかし何でそんな事になってるんだろうな? 不思議だよね~。
我が妹ちゃんは俺と三才違いの十二歳だが、まだ身体が出来上がっていないのに、毎日あんなに身体を酷使して大丈夫か?
しかも馬術や、武術の時間には目を血走らせて頑張っている。
まるで命に関わるから、必死になって習得しようとしてるみたいなんだよね。
何だろう? 亡命と言うか、国外に逃亡する為の準備をしてるみたいに見えてるのは、俺の気のせいかな?
まさか! 二人だけで国外に旅行でもしようとしてるのか? その為の準備か? そうなのか?
それかアレか? 後三年で学園に入学するから、だからその為に今から頑張ってるのかな?
前世で言うなら、中三になる年齢の時に学園に入学だもんな。今から頑張ればスタートダッシュ出来ると、そう思って頑張ってるんだろう。
俺に言わせればまだまだ拙いが、これからこれから。
だがお兄ちゃんの立場で言わせて貰うと、この世界で言うパルティアンショット、前世の日本で言う押し捻り位は余裕で出来る様にならないと、修練者にはなれないゾ。
我が流派の那由多流は一生修練。それがモットーだからな。
だから自分を鍛え、武を高め続ける修練者となるか、終わりを意味する終練者となるかは自分次第。
妹よ、まだまだ修練は続くのじゃ。武に終わりなど無い。生きてる限り修練に終わりなど無いのじゃからな。
さて……。氷を売りに行くか。
いや~、生活魔法は便利だねえ。氷なんて夏場は高級品だけど、俺は幾らでも作り出せるんだよな。1メーター四方の氷なんてポンポン作り出せるんだもん。
それにクリーン。清浄魔法と言われるこれも便利だ。
身体も服もほぼ完全に綺麗になるんだから。しかも辻クリーン屋で稼ぐ事が出来るし、水もほぼ零度の冷水やほぼ百度の熱湯もジャバジャバ出せるし。
俺は保有魔力自体は高いんだ。但し生活魔法以外は使えないけど。
学園を卒業前に、新な魔法に目覚めてくれないかな。そうなら最高なんだが。まぁ良いや、さっ、氷売りに行こうっと。学園は四年制だから後三回夏休みはあるが、時間なんてのは過ぎさるのもあっと言う間だからな。氷売った金で何食おうかな~。
~~~
「で?」
「殿下の婚約者である公爵家を始め、側近方の婚約者であるご子息方々も、我が家の名は決して忘れないだろうと、にこやかに、そして貴族らしからぬ笑顔で終業式の日に私に言っておられましたね」
「・・・」
無表情ですかママ上様。
あーアレか? 慣れたと言うか、腹括ったんだな。
一年振りに帰って来た可愛い可愛い息子ちゃんにまた、そう、また挨拶より先に報告させますか。
やっぱ会社なのかな我が家は? 何かコレって会社で例えると、取引先に行ってた部下から報告受けてる上司と部下の図だよ。
端から見るとそう見えると思うなボクは。ママはどう考えてるんだろうか?
あら、また今回も手のひらを下に向け、前後に動かしちゃって。あーそうか。
「何故お前は私に近寄って来た?」
「えっ? こっちに来いと、手で示されたのかと?」
「違う! 出て行けと言ったんだ私は!」
声を出していませんよね母上? と、言ったら流石にマジギレしそうだから、お口にチャックしておこう。ボク、空気が読める子なんだ。
夏真っ盛り。いや~、連日あっついね~。
そんなクソ暑い中、我が愛しのマイシスターちゃんはお馬さんに乗って一生懸命頑張っていらっしゃる。
このクソ暑い中良くやるよ本当。
俺みたいに木陰で涼めば良いのに、我が妹ちゃんは真面目だよな。跡継ぎがあんな頑張り屋さんだと、この領の未来も明るいネ。
しかし良いね~。木陰、しかも木にハンモックを吊り夏のこの日を楽しむ。いや~夏休みは斯くあれ、そんなトコかな?
ハンモックの周りには生活魔法で創った氷の塊、1メーター四方の氷をこれでもかって位に出しちゃってるけど、王公貴族でもこんな贅沢は出来ないだろうな。生活魔法万歳だよ本当。
「良いご身分だな貴様は」
「良いだろ。場所代わってあげようか?」
「要らぬ。気楽な物だ……」
あらあら妹ちゃんてば荒ぶってらっしゃる。
暑いからイラついてるのかな?
「しかし頑張ってるねー。大分上達したんじゃないか?」
去年に比べて大分上達はしている。だがお兄ちゃんに言わせればまだまだだな。とは言え一生懸命頑張ってる時にそんな事を言われたら、やる気が無くなるだろうから言わないけど。
「当たり前だ! 私は日々成長している。貴様とは違うのだ」
へ~、成長ねー、ふーん……、成長? フッ……。
「おい貴様……。私のどこを見て鼻で笑った?」
「成長とは……?」
「おい、視線で分かるのだぞ! 貴様私の胸を見て鼻で笑っただろう?」
だって成長とか言うんだもん。そら見るだろ。
そして成長とは一体……? コレは謎かけか? それとも妹ちゃんの渾身のギャグか何かかな? 人はそれを捨て身の笑いとも言う訳だが。
もしかしてだけど、コレがツンデレと言うやつなんだろうか? だがデレが無いから違うかな? しかし……。
「貴様……。今度は私の頭から爪先まで見て何が言いたい!」
成長には身長とかも含まれているはずだが、去年とそんなに変わらないよね? と、言ったら傷つきそうだから言わないでおこう。
「聞いてるのか貴様!」
「あー……。汗で凄い事になってるから水浴びして、着替えた方が良いんじゃ? それに匂いも……。清浄魔法かけたげようか?」
「バッ……! い、要らぬ! に、匂いだと……。もういい、貴様と関わってるとアホになる」
うーん。臭いと言っていないのに、何でそんなに怒るのかね? 思春期の妹ちゃんを気遣って言わなかったのに。それとも汗臭いよってハッキリ言った方が良かったかな?
~~~
「・・・」
「以上です母上」
「・・・」
無表情を通り越して虚無だよコレ。
ママ上様はもしかして、感情を無くしちゃったのかな? それか実は人形と入れ替わったとか? 変わり身の術か。我が母上様はお貴族様から、忍者にでもジョブチェンジしたのだろうか?
「分かった……。もう良い、出て行け……」
おーっと! 今年はちゃんと声に出して言ってくれるんだね。流石に何度も同じ過ちは繰り返さないか。成長したんだねママ……。しかし……。
「母上、ため息を吐くと、幸せが逃げるらしいですよ」
「誰のせいだと……」
余計な事ですがママ……、シワが増えたよね? 気のせいかかなり老けた気も……。
言ったらエライ事になりそうだから言わないけど。
それにしても毎回報告が先なんだねママ。
労りって言葉を知らずに生きて来たのかしら?
まぁ良いや。今年の夏休みは何をしようかな。
「何でこんな事に……」
ね、本当だねママ。
しかし毎回と言うか毎年思うが、何で我が家のママは情報の裏取りをしないのだろうか? 普通するよな? それなのに情報の裏取りや、二重チェックとかもしない。貴族として、いや、社会人としてそれはどうなん? まぁ別に良いけど。
ちょーっとお友達と仲良くなった事を報告してるだけなのに、毎回毎回、毎年そうなるよね。
今回だって、お友達皆に徹底的に面倒見てやるって言われたと報告しただけなのに。
と言うか成績の事とか一切聞いて来ないけど、その辺りの事は気にならないのだろうか?
転生してから凄く頭が良くなって、試験は毎回一位なんだが、聞かれないから俺も言っていないが、ママはボクの成績がどうなのか把握していなくて大丈夫なのかなぁ?
もし俺の成績が悪く、落第したらどうするつもりなんだろうか? 今まで一回も聞かれていないが、もしかして忘れてるのかな? まぁ良いや、聞かれていないしいちいち言う必要は無いか。学園の武術大会で今年も優勝した事はどうしょう? うーんそうだな、聞かれていないしその事もいちいち言わなくても良いや。
しかしこの頭、凄く良いな。前世でこんなだったら、試験の度に毎回ヒイヒイ言う事も無かったのにな。楽だっただろうなぁ。
しかし我が家も家の中がさっぱりしちゃったな。
金に替えて、そんでその金を宝石とかに換えてるんだろうなコレは。
領内も金を前よりかけていないのに、何故か前より発展してるけど、少しでも旅行資金を増やす為なんだろうな。
理由はどうであれ、領内が発展し、豊かになるのは良い事だ。それに重税を課してる訳でも無いし、領民を圧政してるんでも無いのだからむしろ良い事だよ。
本当はもっと税率を上げたいんだろうけど、そんな事をしたら国の監査が入って、介入の口実にされるからと、俺がそう言ったら断念したんだよね。
こんな色々と目を付けられてる状況でそんな事をすれば、資産を増やすどころか全て失う事になる。
そう説得して金を掛けずに発展させたんだが、俺もママに領の発展の為に助言した甲斐があったよ。
さーて、夏休みは始まったばかり。
今年は何をしようかな。
今日はゆっくりして、明日は狩りにでも行くか。
食卓にお肉が増えるし良いな。うん、そうしよう。
「毎日毎日食っちゃ寝か……。貴様は顔以外全く取り柄が無い上怠惰とは……。この無能が……」
あらあら、また俺に絡んで来ちゃって。剣の稽古に行く前に態々会いに来るなんて。
アレかな? お兄ちゃんに相手して欲しいのかな? 素直じゃ無いなぁこの妹ちゃんは。
「何を笑っている……?」
微笑んでるだけなのに。しかし長い思春期だね妹よ。
「貴様……」
仕方ないなぁ。久々に相手してあげようか。
「どうしたのかな? また俺とチャンバラごっこがしたいのかな? ホラやろう。武器使っても良いよ。俺はお兄ちゃんだからハンデとして、素手でやったげる」
「・・・」
そうだよなぁ。何回やっても俺には勝てないもんな、流石にいい加減気付くか。でも不満そうだねマイシスター。
「私も成長した……。今なら貴様に勝て……。おい! 貴様また、また私の胸を見てるな? な、何が言いたいんだ?」
「成長……。成長?」
「クッ……。き、貴様私を侮辱するか!」
うーん。俺、なんにも言っていないよね? そう言うの何て言うか知ってる? 被害妄想って言うんだよマイシスター。
「貴様の様な者と半分とは言え血が繋がっているなど、私の汚点。何故貴様の様な顔だけの下賤の者が……」
「あら。お兄ちゃんって認めてくれるんだ? お兄ちゃん嬉しいな」
今まで俺を兄と認めず、血の繋がりすら否定してたのについに認めたか。これはもしかしてデレ期到来か? そうなのか?
「貴様この! そこに直れ。叩き斬ってやる!」
「いや、木刀で叩き斬ってって無理じゃね?」
「へっ、減らず口を!」
あっ、顔が真っ赤になっちゃった。コレはアレかな? 怒りでって言うより、恥ずかしさで顔を赤くしてるな。お兄ちゃん、妹ちゃんのその辺りの事が分かる様になって来たんだ。
そりゃある程度一緒に居たら分かる様になる。だって兄妹だもの、そら分かるよ。
さて……。久々に相手してあげるか。
「貴様何をしている! 得物を取れ。それとも臆したか?」
「あーいいいい。どうせ当たらないから」
「貴様……」
うーん、仕方ないなぁ。寸鉄位は装備するか。
「貴様早く得物を取りに行け!」
「コレで良い。と言うか庭園でやると花に当たるから、もう少し離れようか」
「ふざけおって。私がどれだけ成長したか貴様に思い知らせてやる! おい! だから私のむ、胸を見るな。この痴れ者めが!」
結果は見えてると思うんだけどなぁ。
「ハァハァハァ……」
「成長とは一体……?」
しかしこの結果と言うか、今のこの場のと言うか状況。絵面が宜しく無いな。
前世で言う、中二の妹が汗だくになり地面に大の字になって、荒い息遣いで、着衣に乱れがあるこの状況よ。前後の状況を知らない奴が今の場面をみたら、事後かよって思われても仕方ないぞコレ。
確かに去年よりマシにはなったけど、まだまだなんだよなぁ。
走り込みが絶対的に足りないから、だから直ぐに息が上がる。たった二十分しか全力で動けないのは致命的だぞマイシスター。
そして執務室の窓からずーっと見てたママ。もう何も言わないし、言って来ないんだね。
多分又か、とか思ってるんだろうな。それとも無駄な事を、とかかな?
「クッ……。何故……」
「体力不足。先ずはそこから。技量以前の問題」
「クッ! こ、殺せ!」
妹のくっ殺とか要らないんだよなぁ。
あーあ。ハァハァハァハァと。
完全に走り込み不足だなこりゃ。
「き、貴様……。私に何をした?」
「クリーン掛けた。清浄魔法だよ」
「よ、余計な事をするな」
でもなぁ。
「いや……。やらないとまた臭くなるから」
「ふ、ふざけ、ふざけるな! 貴様にはデリカシーが無いのか?」
デリカシーがあるからクリーン掛けたげてるんだけど。あーあ、そんなに大声出すからまた息が乱れて来た。本当に体力が無いな。
て、おーい。泣き出しちゃったよ……。
何? 私は臭く無いだって? 汗かいたら誰しも臭くなるよ。
えっ? 何で勝てないって? 俺の方が年上だからじゃ。
男に負けるなんて、と? しかも貴様の様な下賤の者にって? 悔しかったら修練……。日々努力するしかないね。
成長したと思ってたって? ねえ、本当、ねえ。
胸を見るなって? 成長……。ねえ、そうだね。
えっ? 成長期だからこれから大きくなると? 応援してるよ。
同情するな? 可哀想な目で私の胸を見るな、と。
大丈夫! その内……、うん、大丈夫!
それとそろそろ又クリーン掛けないと、本当に臭くなるから……、って、あーあまた泣き出しちゃった。
えー? 俺のせい? 他人事みたいに言うなと?
お兄ちゃんは妹ちゃんの事を、色々と応援してるゾ。
しかし大丈夫か妹よ。
来年は学園に入学するのに、そんなんでやって行けるのかねえ。
あーあ、鼻水まで出てるじゃないか。
学年事に校舎は別れてるし、学園生全体が集まる行事もしょっちゅうある訳でも無いし。
学園には平民の成績優秀者も入学して来るから、余り選民意識丸出しだと、学園生活に支障が出ると思うな。お兄ちゃん心配だよ。
一応皆には我が家の状況とか状態だとかは、教えてるけど。
それに加えてママ上様との会話と言うか、報告内容だとかを皆にも話してはいる。
皆、ママ上様のリアクションだとか反応を、夏季休暇明けに聞くのを楽しみにしているんだ。
学園に帰ったら、又皆が俺から今回の我が家での話だとか、どんな事があったかを聞いて来るだろう。
そして愛しのマイシスターの話だとか、そのマイシスターとの出来事だとかも聞くのを、楽しみにしている。
面白いから自分達との事は黙っていよう。
俺の友人達が言い出した事だ。
殿下は特に俺のママの事がお気に入りで、最初に学園に入学前のママ上様とのやり取りを聞いた時には涙を流し、過呼吸を起こす程に笑っていた。
王女らしからぬ醜態であったが、アレで更に仲良くなったんだよな。
その殿下の婚約者であるクライドも、最初にあの時のやり取りの事を聞いた時には、笑い過ぎて上手く息が出来なかった程笑っていた。
こんなに笑ったのは生まれて初めてだ。と、そう言って楽しそうにしてたっけ?
アレからもう二年か……。
今年も皆に土産話が出来たな。
さてと、それより先ずはこのマイシスターをどうにかしないといけない。
「なぁ、鼻水を拭かないと凄い顔になってるぞ」
「うっ、うるさい! わだぢにがまうなー! うわーん。な、なんでぇ~」
もう……。鼻水拭けよ。