深くより暗きから蠢く2
クイーン・ビーはレアモンスターである。より正確に言えば、フィールドで出てくるタイプのボスモンスターだ。RPGでもよくあるだろう。序盤のダンジョンに出てくるのに、理不尽に難易度が高くて、レベルを上げて冒険が進んだ終盤頃に、初めて手が出せるようになるというタイプのモンスターが。クイーン・ビーはまさにそれだ。そして、たまにフィールドに出てくるけど、逃げるだけなら問題ないが、巣穴に侵入するとなると話は別になるやつだ。
ただし、クイーン・ビーの討伐が不可能かと言われるとそうではない。Cランク探索者であれば、クイーン・ビー単体であれば十分単独討伐は可能だ。で、あるが、探索者協会が設定しているクイーン・ビーの討伐難易度はランクB相当となっている。これはクイーン・ビーを巣穴で討伐することを想定しているためだ。
そもそも、クイーン・ビーは、フィールドを飛んでいるときは自分より強い探索者には寄り付かない。そして、格下との戦闘であれば、空を飛ぶクイーン・ビーがどれほど有利なのかは言うまでもない。そして万が一、クイーン・ビーが不利になれば、これでもかとキラー・ビーを呼び寄せてさっさと高度をあげて逃げてしまう。つまり、フィールドではそもそも戦闘を行うのが難しい。もし真面目に戦うとすれば、クイーン・ビーの認識の範囲外からの、高速高火力の超遠距離狙撃で仕留めるのが一番となる。…そうすると結局は、ほぼすべてのモンスターがそうとしか言えない。そしてそれだけの戦力があるなら、クイーン・ビーに向けるよりも、ダンジョンの奥に向かって進んで稼いだほうがよほど儲かる。
では、巣穴に侵入して討伐するとどうだろうか?確かに巣穴の中では逃げる範囲は限定される。入口から出て行かれればそれまでだが、入口方向を塞いで退路を断てばとりあえず逃げられることはない。が、逆を言えば、それは探索者側の逃げ場もなくなるということだ。探索者側がクイーン・ビーを袋叩きにできるなら問題ないが、クイーン・ビー側には大量のキラー・ビーがいる。クイーン・ビーが呼んだキラー・ビーを抑えつつ、魔法などの手段をもってクイーン・ビーを退治しなければならない…となると、単独討伐は危険である。複数パーティー、それも魔法を使えるものを入れて、キラー・ビーとも渡り合うだけの十分な戦力。となると、ランクCが複数名は欲しい。
では、それだけの戦力を準備して、クイーン・ビーを討伐しなければならないのか?となると、そもそもクイーン・ビー自体がそれほど珍しいモンスターではない。レア・モンスターの分類ではあるが、それは低層に出てきた場合の話で、中層階で特に森林や岩山があるようなタイプのダンジョンであれば時たま出現する。であれば、「なんでわざわざFPの低層で討伐しなければならないのか?」と言われると、「じゃぁ別にほっとけばよくない?」で終わりの話になる。腕試しをしたいなら、他にいくらでも手頃なモンスターがいるのだ。
その結果として、FPダンジョン3・4階に巣を構えるクイーン・ビーは、大体においては放置される事になった。そんなところで足止めを食らっているくらいなら、5階層へ降りた方がよほど経済的だし、面倒もない。そもそもいくら平気だとしても、高温多湿のジャングルに誰が好き好んで長時間滞在するかという話だ。
それ故に、FPは大人数の出入りがあるダンジョンにも関わらず、3階層及び4階層は攻略されているとは言い難い状況下にある。とにかくこの階層に旨味がないのだ。だからこそ、ここのクイーン・ビーがユニーク個体であるということが、誰にも知られていない。
…それを知っているのは、今フードの中から、そのクイーン・ビーを不気味な目で見つめているこの男一人だけだ。
『(…水原からの連絡がありませんね。失敗しましたかね?まぁそれはそれで、こっちから目を背けられてヨシなんですけど。黒川理恵が手に入らなかったのは残念ですが、まだ焦る必要はない。手に入るまで粘ればいいだけです。今は、こっちの無能二人に実験を手伝ってもらいましょうか。)』