やっぱりなんかジャングルにいるんですけど
―暑い
もう5分ぐらいは足跡を追い続けているが、一向に二人組を捕まえられる気配を感じられない。生い茂る木々で周りはよく見渡せないが、ぬかるんだ泥にくっきりと残る足跡は、少なくとも最近誰かが通過したことを思わせる。私達が木々をかき分けて進む音以外、不気味な程の静寂の中で、時折ほんの少し離れた位置から「がさっ」という音が聞こえてくる。スライムか、キラー・ビーがいるのか、はたまたあの二人組が立てている音なのかは、はっきりしない。
悪い足場と高温多湿が、徐々に私の体力を奪っていく中で、佐藤さんをはじめとした探索者の方たちは平気な顔をしている。いや、HPは減っていないんだけど、本来の意味での体力が減っているのを感じる。つまりは疲労だ。
「おかしいなー。」
「おかしいですね。」
「おかしいよな。」
応援に来てくれた探索者の方々が口々に「おかしい」と口にし始める。
「仮免許二名よねー?侵入したの?そろそろくたばってても不思議じゃないんだけどー。」
「まだ足跡が続いているということは、今も進み続けてるってことですね。少なくともモンスターと交戦した感じもしないです。そのような痕跡がありません。」
「そもそも10分も現役探索者が追跡して、捕まらない訳が無ぇ。」
「そのとおりだ。明らかに仮免許二人組が生き延びられる環境じゃない。」
(あのバカ二人じゃ絶対無理だろうな…あと、そんな気はしたけど、霧島さんやっぱり辛辣だな。)
「そもそもこのルートをー。迷わずに進んでるのー。誰かに変なこと吹き込まれてそうー。」
「…あぁ。迷いが無さすぎる。明らかに目的地があるな。事前に3階層の地理を把握してる。」
「あるいは先導者ー。というかほぼいるー。」
…先導者?
「二人組の足跡しかねぇぞ?」
「うーんとねー。やってることとー、考えていることがちぐはぐー。現役探索者欺いておきながらー、足跡はくっきり残すー、間抜けっぷりー。」
「ブレインが別にいるのはほぼほぼ明らかですね。…ただ、その場合足跡も消させるように手を回すはずだと思うんですよね。ただ、それでも残っている。ということは。」
「そうー。たぶんー。バレても問題ないー。その程度で考えてるー。」
―それって世間一般に「罠」って言いません?
「それって罠ってことじゃねぇのか!?」
「「そう言ってます(るー)。」」
「…バカな仮免許二人組の首根っこ抑えるだけの仕事じゃぁねぇってことか。」
ガサッ
そんな話をしていると、茂みからガサガサと音がした。何かが這いずり回って近づいてくるような…泥がぴちゃぴちゃと跳ねるような音も聞こえる。
「来ますね。」
「まぁスライム程度ー。問題無いー。力は温存ー。」
「俺一人で対処するわ。」
「あ、いえ、大丈夫です。戦闘にならないので。」
「「「は(ー)?」」」
私は音がした茂みに向かって、前に出る。尚、念の為すぐ近くで佐藤さんがカバーしてくれている。
「おい、危ないぞ!」「霧島さん、魔法の用意を。」「黒川さーんー下がりなさーい。」
ガサッ
スライムが数体、茂みから出て来る。どのスライムも泥だらけで何種か判別がつかないが、おそらくマッドスライムとアシッドスライムの混成だろう。これがこの3階層の嫌らしいところだ。スライムの混成のくせに、マッドとアシッドも泥だらけになって区別がつかない。マッドスライムだと思って無造作に叩きつけると、アシッドが飛び散り、目や皮膚をやられる。かといって、対処が遅れると、マッドスライムの泥と粘液で身動きが取れなくなる。
―だが、私には関係ない。
うごうごと蠢きながら近づいてきたスライムは、不意にその動作を止めた。
「あん?来ないぞ?」
「あれー?」
「えっ?一体何が?」
そして次の瞬間には、こちらを襲いかかろうと近づいてきたスライムたちは、まるで蜘蛛の子を散らすように、一目散に茂みに向かって駆け出し始める。
「「「は(ー)???」
「え、今の何!?…何!?」
「えっ逃げた!?スライムって逃げんの!?」
「えっなんで!?スライムが逃げる!?」
―まぁ、その反応になりますよね。




