それぞれの夜
長いけど夜のお話
「あ、お兄ちゃんおかえりー。」
夜、岬さんとの打ち合わせを終えたお兄ちゃんが、部屋に戻ってきた。泊まる部屋は別々なんだけど、家族であつまって、色々と話しをしていたので、同じ部屋に集まっているのだ。
「あ、理恵、ちょっと聞きたいことあるんだが、一緒にお前の部屋行ってもいいか?」
おりょ?なんだろ?
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「――というわけで、『海の貴婦人』に発生した新種のモンスターの養殖が決定した。」
「そうはならんやろ。」
なっとるやろがい。
どうやら、私達が海の貴婦人で戦った後、今まで封鎖されていた45階層の出入り口は、ヒュドラとS級探索者によって徹底的に破壊されたらしく、出入り自由になったらしい。しかもあの激しい戦闘の裏で、藤井さんにより、ちゃっかりと45階層のアイテムが集められていたらしく、貴重な耐水圧・水中呼吸補助の上位アイテムがいくつも持ち帰られていたらしい。その結果、西部支部は定期的に『リーリエ』に人員を派遣できるようになったとかなんとか。…大丈夫なのそれ?
「無論、極秘プロジェクトなんだが、ダガンとイドラって人が、理恵に拉致した事を謝っておいて欲しいってな。それから、可能であればでいいので、定期的にクーちゃんのことを教えて欲しいらしい。」
「てっきりクーちゃんを、取り返しにくるものだとばかり思ってたんだけど。」
「どうやら、クーちゃんの母親から、クーちゃんの好きにさせろと言われたらしくってな。」
「…あー。」
あの■■■■■。もしかして最初からこれ狙いか?…いや考えすぎか。
「で、いままでリーリエ付近にしかいなかったモンスターが、45階層を抜け出して、あらたに深層に棲息するようになったのと、緑のタコ…正式名称『クトゥリー』だが、今では、海の貴婦人ダンジョン全域で棲息している。」
「えぇ…。」
「簡単に倒せて、味は美味しいときたもので、今じゃ大量に出回ってる。ただ、それだと商業ベースの安定供給ができないってことで、低階層で新たに養殖実験をすることになった。お前も食べたこと有るって聞いてるが。」
「あ、うん。味は美味しいよ。普通にタコだし。」
だけどさぁ、色が緑なんだよねぇ。あと、ぶっちゃけ正体を知っているのでちょっと微妙だ。まぁ、食べるけど。
「で、これが今の海の貴婦人ダンジョン前の、市場の動画。」
「うっ…わぁ。」
お兄ちゃんに見せられたタブレットには、市場の映像がながれている。緑のタコがズラーっとならんでる。あっちでもこっちでも緑の触手がにゅるにゅるしていて、見た目がちょっとアレだ。
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「ま、忍さんとの会議は、あらかじめ内容ほぼつまってたから、すぐ終わるんですけどね。」
「ずるーいー。」
「まぁまぁ、霧島さん、はいどーぞ。」
「わーいー。」
霧島と岬は同室にて、酒盛りを始めていた。大量に持ち込まれた、T県内で作られた日本酒に、ウイスキー。そして、大量のつまみである。当然、緑のタコのオリーブオイル煮もあれば、新鮮なお刺身もある。すべて雨岩とその近くである、波湊から持ち込んだものだ。
そんなことをしていたら、岬の部屋の扉が勢いよく開かれる。
「ずるいやん!!!!」
「あら、西園寺さん。お留守番では?」
「風見さんに頼まれて!宝箱!もってきたんや!」
「あー。でもそれ明日でもいいんじゃないー?」
「でも、二人だけで、どうせ酒盛りするやろ!!」
「まぁー、そうー。」
「追加の持ってきたんで、うちも混ぜえ!」
「それならー、大歓迎ー。」
西園寺がもってきたのは、ビーフジャーキーに、追加の日本酒、それから、舞鳳のチャーシュー丸ごと一本と、よくもまぁ、持ってきたよね?というものまである。それから、ハイボールの缶まである。
こうして女性3人組の夜中の酒盛りは、全員が飲みつぶれるまで続くことになる。
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「…。」
雨岩温泉ホテルの大浴場は、清掃時間を除けば24時間営業である。そのため、こんな夜であっても、露天風呂にはいつでもはいれるのだ。そして、一緒に湯治にきたはずの金田と加藤が、そうそうに勝手に仕事を始めたことで、堺だけが一人取り残されることになった。
金田はメンタルブレイクとは無縁であり、加藤は堺がメンタル的に傷ついていることを知らない。一応挨拶はしているのだが、加藤からみれば、自分が長期入院している間に補充された新入りである事しか把握していない。
故に、一人、ほっとかれる形になった堺が、眠れない夜に、一人で露天風呂に入りにくるのはいわば必然であった。他の客もいない男性用露天風呂に、一人、堺だけがいる。特にしゃべることもなく、月と漆黒の日本海だけがそこにある。
「…。」
優秀な探索者であり、上からも気に入られている。そこら辺のモンスターなら、相手にもならない。重要な任務も任されている。この任務を達成すれば、すぐにBランクに上がれるだろうと思っていた自信は、バキバキにへしおられた。更に、その気に入られていたと思っていた上からも見放されつつある事を、堺は感じていた。自分に変わり、新しい人員が派遣されてくるというのだ。しかも高校生と言う。
「よぉ。」
「…あ、どうも。」
だが、いつのまにか、金田が露天風呂にはいってきていた。いろいろな事を考えていた、堺が気付けなかっただけであるが。
「…どうした。辛気臭い顔しやがって。」
「…いえ。別に。」
「…。」
「金田さん。」
「どうした。」
「どうすれば…強くなれますか?」
「鍛錬。」
「…。」
「あー…なんか、思い詰めてるみたいだから、言っておく。強くなる事に近道は無いぞ?ずるして手に入れた力なんて、身の丈に合わない力なんて、確実に破滅して終わるぞ?」
「…。」
「事実、俺も思い上がっていた頃にボコボコにやられたからな。霧島の姉御もそうだし、格上のボス級に単騎で挑んで死にかけたこともあるし。まぁ、この最近は、常に苦しい戦いばかりだが。まったく嫌になるぜ。どいつもこいつも化け物だ。…だが、それでもズルをしようと考えたことはない。」
「金田さんでも…そう思うんですか?」
「あぁ、思うね。」
堺はそれを聞いて、考え込む。遠く遠くに見える、灯台の明かりを見つめながら、『強くなる事に近道は無い』という、金田の言葉を繰り返す。
「…さてはお前、人に頼るのが下手だな?」
「…そんなこと、無いですよ。」
「いや、下手だね。全部いままで自力でなんとかしてきたヤツの典型的パターンだ。」
「…。」
「先輩に頼ったことは?上司に責任をとってもらったことは?」
「…無いです。」
実際、あの成宮は責任などとらない。手柄だけは自分のものにするが、失敗すれば容赦なく、切り捨てられるだろう。いまの自分も、そう遠くない内にそうなる。見てきたから分かる。
「俺が自由にやれるのは、佐藤や姉御が責任とってくれるからだし、たとえ死にかけても、後を引き継いてくれる奴らがいる。だから安心して前の敵に全力を向けられる。」
「…。」
「探索者の事なら佐藤に聞け。俺と同じ戦闘スタイルでいいならいくらでも俺が教えてやるし、支援や分析なら加藤が適任だ。あぁそうそう、龍崎って人がいただろ?今度あの人も、西部支部の指導探索者になるから、いろいろと教えてくれるだろ。」
「…そこまでしてくれるんですか?」
「当たり前だろ。探索者ランクはともかく、西部支部専属でお前と藤井が、一番の新人だろ?後輩に教えない先輩がいるかよ?」
「…あっ。」
そうだ、堺は西部支部では新入りなのだ。
「じゃぁ、俺はもう上がるからよ。ゆっくりすればいいぜ。」
「…お疲れ様です。」
金田が風呂から上がり、ピシャリと露天風呂に続く扉が閉められる。その金田を見送った後、堺はポツリとつぶやく。
「…このまま――」
――このままずっと西部支部にいるのも悪くない。
ep208で、勝手に西園寺がしれっと霧島と一緒に泊まってたけど、泊まってないです(‘、3_ヽ)_
だって、ココで合流したもの(‘、3_ヽ)_
直しました(‘、3_ヽ)_
別作あり〼
触手 in クーラーボックス(仮)
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