なんかあの女子生徒が変なんですけど
最初は見間違いだと思った。
初心者探索者へ行う『初心者訓練』よりも更に簡易な、高校生を対象にした『模擬訓練』。そこに派遣されたのは、都道府県探索者協会所属のC級探索者の一人、佐藤孝太朗である。この訓練は、集団探索に向けて各高等学校が実施する、探索者課程で行われるものだ。
各都道府県ギルドより、中堅の探索者が派遣されて、探索者仮免許取得前に行われるいわばチュートリアルであり、気楽な仕事だ。無論、ダンジョンの危険性については徹底的に周知する義務があるが、そんなものはC級に上がれる探索者であれば、わきまえている。そもそもが、素行・性格に問題がなく、それなりの成果をあげていて、模範的冒険者であると探索者協会から認知されているような冒険者しか派遣されない。
呉西商業高等学校は、FPダンジョンの近くでもあるので対象となる冒険者はそれなりにいる。冒険者協会から信用されている探索者であるアピールにもなるし、片手間でそれなりの報酬がもらえて、ローリスクであるので、この講習の仕事は探索者の中でも、人気がある。条件さえ満たせば、D級でも対象になれるのだが、事前の周知どおり、FPダンジョンには探索者が多い…ということは、その探索者協会に所属する探索者もかなりの数がいる。
今回、派遣された探索者は4名であり、D・C級でそれなりに名前が知れている冒険者ばかりである。その内の一人がこの佐藤である。
この訓練は、実際に棍棒を取り扱うことと、その棍棒を実戦でためらいなく振れるようになれるという、いわば慣らしが目的だ。同時に棍棒の危険性を知ってもらうことにもある。全力でマトに叩きつけてもらうことで、棍棒の重さや、その反動・衝撃などを実際に感じてもらい、その感触を体験してもらうことに重みがある。なので、このマトはそれなりの強度でできていて、本来、高校生1年生が全力で振るっても破壊は不可能だ。
特に女子生徒には、忘れずに全力で棍棒を振るうように指示をする。これは、前述のように全力で振るってもらうことによる反動を体験してもらうことが目的であるのだが、何より、女子の力では片手で振るうことになる、短棍棒では威力が出ないためだ。故にとっさに全力で短棍棒を使えるように、全力で振りおろすことを指示している。
次の生徒にも、同じように指示し、棍棒を振りおろしてもらう。
―爆音が響いた。
顔の横を何かがすごい速度で通り過ぎる。幸いにも、命中はしなかった。他にも高速で飛んでいった何かが、校庭に散乱している。運良く誰にも当たらなかったようだ。そして、ことを起こした張本人は、何が起きたのかを把握していないようで、棍棒を振りおろしたときの状態でフリーズしている。
周りの指導探索者も訓練を止めてこちらを凝視しているし、監督の教師はまっすぐにこちらに向かって飛んできた。
結論としては、マトと棍棒が壊れてその破片が周りに散らばった。奇跡的に怪我人は出なかったが、一つ間違えればインシデントである。いや、すでにインシデントではあるか。ただ、本来、高校生程度の力でこのマトを破壊するのは不可能なので、様々な協議の結果、教師も指導冒険者らも、何らかの問題がマト、あるいは棍棒側にあったと考えるに至った。
だが、指導にあたっていた佐藤は自分が見たものを否定できなかった。あの女子生徒が振り下ろした瞬間、一瞬だが棍棒が消えたような気がしたのだ。しかし、それまでの女子生徒の動きが、それを否定する。明らかに素人の構え方、明らかに素人の踏み込み、そこから棍棒が消えるまでの間にある、明らかな断絶。どう考えても、過程と結果が釣り合っていない。
故に、その危険性を感じつつも、予備の棍棒が女子生徒に渡され、予備のマトを設置して、同じように訓練が再開される。ただし佐藤は、見学者を遠ざけた。そんな訳がないと考えつつ、今さっきの消えた棍棒が脳内で警鐘を鳴らしている。これは佐藤が指導探索者…いや、C級探索者として十分な素養と経験、そして判断力と直感を兼ね備えていた幸運を喜ぶべきだ。
再びマトが爆ぜた。
佐藤が十分にとったマージンのおかげで、今回も負傷者は出なかった。これは佐藤の対応が称賛されるべきだろう。対象の女子生徒の訓練は一旦中断だ。…さて、これをどう学校と冒険者協会に報告するべきか?そして、この惨状をどうするべきか?そして、対象の女子生徒への訓練を今後どうするべきか?などなど…すべての問題が佐藤に託された瞬間である。そしてそのことを悟った佐藤は、軽く天を仰ぐのであった。
…なお、今日の出来事をきっかけに、今後も理恵が原因のインシデントの対応に、佐藤が駆り出されることになるのだが、佐藤はまだそのことを知る由も無い。




