深海より■■を込めて
その頃地上では、ダンジョン警察の人員も投入されて、交代交代での防衛戦が繰り広げられていた。これまで上がってきていた『アカガニ』だけではなく、『アオガニ』も混じり始める。既に西部支部はこれが『スタンピード』であると認定。直属だけではない、他の探索者へ緊急クエストを発行する事態となっていた。
だが、決して状況は良いとは言えない。
西部支部に登録している探索者は大勢いるし、ベテランも揃っている。だが、前回の『緊急レイド』で、多くの探索者がそれなりに被害を受けている。特にダンジョン警察は、未だに人員が充足していない。また、少なくない数の探索者が、西方のI県探索者協会へと籍を移動している。ただ、この籍の移動は、スライム騒ぎだけではなく、何者かの意図を感じるが…。まぁ今は別問題だ。
つまり、本来の防衛計画であれば、充足しているはずの人員が足りない。近くのダンジョン支部から集められる人員を集めて対応しているが、遠からず破綻することは明白である。既に風見と結城の両名が現場に駆り出されている状況と言えば、お察しであろう。
救いがあるとすれば、金銭的負担を気にしなくて済むことぐらいか。最近売りに出された蜂蜜関連の製品と、黒川理恵が発見した『レジェンダリー』のアイテムの売却金額もあるし、討伐後はこの蟹のドロップを売りさばけば、それなりの金額になる。中には珍しい『バイシロ』もいるし、本来西部支部が用意しなければならない、食事などもこれで賄える。実際、討伐された個体は回収されて、その一部は探索者の胃袋へと収まっている。
言い方は悪いが、蟹を始めとした海鮮BBQの、食べ放題会場と化している。そのため、人員的にはギリギリではあるが、士気は悪くない。命をかけた戦場ではあるが、蟹や貝の焼ける良い匂いが充満しているのが実情だ。
「これでビールでもあればなぁ。」
「馬鹿野郎。戦場だぞ。気持ちは分かるがよ。」
「蟹脚、追加焼けましたー。どうぞー。」
「バイシロお刺身でーす。」
「戦場とは思えない食事だがな。」
「普段居酒屋で食ったら、この蟹脚だけで何万するよ。」
「…緊張感がねぇなぁ。」
「甲羅焼きですー。」
「味噌と内子が大量なんだよなぁ。」
「バカでかい甲羅に、ギチギチに詰まってやがる。」
「…日本酒。」
「馬鹿かお前!後で戦うんだぞ!アルコールはやめろ!」
唯一欠点があるとすれば、アルコールが飲めないことである。いや、持ち込みは自由ではあるが、いかに探索者といえど、戦場でどんちゃん騒ぎするアホはいないということだ。この後戦いに出るのであるから、判断を鈍らせるアルコールをこんなところで飲むわけにはいかない。もしいたとしたら、周りの探索者から嫉妬で袋叩きにされるだろう。
実際として、彼らの拠点としているこの場所から、ほんの少し行けば、別の探索者が、『アオガニ』と死闘を繰り広げている。ハサミをよけ、目を潰し、脚を叩き斬り、魔法で吹っ飛ばす。『アオガニ』も負けじと、ハサミを振り回し、水魔法を放ち、探索者を捕食しようとする。
幸いにして今のところ死者は出ていない。西部支部が探索者をよく統率できている証左である。
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「要請がでた。正式に『海の貴婦人』へ自衛隊を投入する。最寄りの駐屯地から、部隊を派遣しろ。陸自と海自の共同作戦だ。」
「今回の敵は蟹です。前回とは違い、小銃でも対処可能です。」
「うむ。そうだな。」
「前回は、うちはあまりにも無力でした。ですが、その反省を生かし、現在、探索者協会・ダンジョン警察・警察庁他、内閣やその他関係省庁と合同で、新しい法律を策定中です。今回の出撃はその前のテストケースとしての運用となります。」
「政府も、相当焦っているということだ。」
「それに、スタンピードへの自衛隊投入は、前々から検討もされていました。しぶっていた財務省も、例の件で相当に前向きになりましたからね。」
「なにより、前よりも内閣のスピード感が違う。なにより時間が惜しいという感じだ。」
「野党の一部が煩いが…まぁ大丈夫だろう。」
「犠牲が出てからでは遅いですからね。コレだけの省庁が、足並みを合わせる事もなかなかないですよ。」
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「S級の派遣要請、断られました。」
「駄目か。どこの支部も自分のところが怖くて仕方がないと見えるな。」
「実際人ごとではありませんからね…。」
「だが、これでは相互扶助が成り立たぬ。新しい制度が必要か。」
「正直あんまり、増やしたくないんですけどね。」
「致し方あるまい。こうでもしないと、現在も状況は悪くなる一方だ。なんとかしなければ。」
「名古屋支部より、S級派遣要請の受諾連絡来ました。既に現地に向かっているそうです。」
「ふむ。名古屋が動いてくれたか。助かるな。名古屋にはS級が3人いたはずだが、誰かな。」
「『暴食』です。」
「あぁ、なるほど。現地への到着予定は?いつ出発した?」
「連絡を受けてすぐ向かったそうです。周りの制止を振り切って。もう到着するそうです。」
「心強いが!せめて返事してから向かえ!」
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Ia! Ia! ■■■■■!
遠くから、ずっとあの声が聞こえる。あの新種のモンスターたちが発声しているんだろう。セーフゾーンに逃げ込んではや数時間が経過した。今のところまだバレてはいない。魔力と体力はそれなりに回復してきたが、それでも、ジリ貧なことには変わりがない。
「ずっとあの声が聞こえて眠れない。頭が狂いそうだわ。」
「…同じく。なんて言っているのかも聞き取れないし。ずっと詠唱が響いているわ。歌っているみたいだわ。頭痛がしそう。」
「遮音できりゃぁいいんだがな。まぁ無理だな。なんとかして上層に向かいたいが、まだ無理だな。幸い、第二陣が来るまで余裕がある。今はなんとかして寝てろ。眠れなくても横になるだけでいい。消耗を防ぐんだ。」
「…お姉ちゃん、来るのかな。霧島さんも。」
「…来てほしくないわね。絶対勝てないもの。」
「雫。」
「何。海。」
「…いや、なんでもない。」
「…そう。」
「(まずいな、体力は大丈夫だが、精神的に追い詰められてるな。なんとかしてチャンスを作れないか?)」
「(それから、この歌っぽいもの、若干だが精神への攻撃性が含まれてるな。意図したものか、して無いものかは分からないが…。二人には『精神耐性』が無いのかもしれない。だとしたら、リミットまで保たないかもしれんな…。持ってあと2時間ってところか?)」
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