なんか初期装備が木の棒なんですけど
その後は今後の指導方針を考えるということで、私だけ帰宅となった。
問題は持ち帰るテキストがいきなり8冊も増えたことだよ。本が8冊増えるっていうのは、とても重たいんだよね。それぞれの教科の教科書に、ワークブック、副読本、ノートが一日に7限分。帰宅後も課題提出があるので、結局は持ち帰ることになる。…さすがに全部持ち帰るのは現実的ではないので、一部が学校に置いてある。
かといっても、五教科は宿題があるし、ほぼ毎日持ち帰りになる。そして商業科は今一番進めたい訳だから、持ち帰らない選択肢はない。必然的に、工芸や家庭科なんかを置いていくことになるわけだが、それで減らせる量は微々たるものだ。そこにテキスト8冊の追加である。総重量6kgのカバンの完成だ。しかも商業科はここに電卓が必須装備で備わっている。この電卓に6kgの圧がかかると簡単に壊れるので、スペースの猶予が必要となる。学校標準で購入した電卓はプラスチック製の安いものなので、もし壊れたら、頑丈なものに買い替えるのもありだろう。
渡されたテキストのうち6冊は、日商簿記検定2級のテキストの、それぞれ教科書・問題集・解答集である。3冊がセットで、それが2つ。といっても、同じものではない。日商簿記検定3級は「商業簿記」と言われる範囲だけであるが、2級からは「商業簿記」に加えて「工業簿記」と呼ばれる範囲が増えるためだ。故に、商業簿記と工業簿記で計6冊になるんだと。しばらくは商業簿記を先に進めるという話なので、工業簿記は後回しになる。この6冊のテキストが、本来、経理部にしか渡していないやつらしい。
そして、残りの2冊であるが、これは市販の書籍だった。『簿記の考え方・学び方 五訂版』と『簿記学 第3版』の2冊である。太田先生曰く、「まずこの2冊を押さえなさい」とのことだった。少しハードルが高いらしいが、「黒川さんなら大丈夫だよ。」と、笑っていた。解せぬ。ちなみに代金は「経理部に入ったら部費から出るよ。」とのことなので、これ入らなかったら自腹なのかなぁ…。
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というわけで、簿記の課題提出はやりすぎちゃったらしい。7限目の簿記は免除になったので、一旦棚上げである。もらったテキストは経理部の時間で進めるので、それも後回し。となると、今後は7限目の自由時間を確保するために、探索者課程の方を進めるべきだろう。と理恵は考えた。
が、ここで問題がある。ダンジョンができてからまだ5年目である故に、教科書らしい教科書がまだ整備されていないのだ。ダンジョンが産まれてから今日までの年月は、教科書の編纂には短すぎた。故に、市販の本や、現役の探索者を呼んでの講義になる。探索者の恩恵で知能は良いのだろうが、本来教師ではない…つまり本職ではない人たちが担当する授業は、その人によってまちまちである。学校によっては教師が探索者を兼任している場合もあるが、わずか一握りだ。理由は残業が多く探索する単純に時間がとれないという事と、公務員という職業にある副業禁止規定による。
つまり、「副業にならない範囲で、教職として探索者活動が認められている教師」か「副業の許可を各教育委員会が認めた、副業探索者の教師」が必要となるのだが、この教師がいる学校は希少であり、大体は進学校に一人いれば良いほうだ。ましてや、近年、数が次々と減っている商業科や商業高校になどいるはずがないワケで。
なので、やることといえば、集団探索時の注意やら、集団探索で潜ることになるダンジョンにいる「モンスター」やら「その倒し方」などの、事前準備的な範囲に収まる。そして「絶対に勝手に行動をするな」やら、「勝手に次の階層に進むな」やら、ダンジョンのリスクをしつこいぐらいに繰り返して話される。
そして次に装備の話となる。むろん刃物は厳禁。ナイフは禁止だ。集団探索で相手をするのは、虫やスライムが定番だ。というか、そういう相手が出るダンジョンを選ぶ。つまり「ナイフを使わなくても比較的安全に倒せる」というダンジョンを、選んでいく。近くにない場合は、隣県に行くこともある。幸い呉西商業の近くには、1Fがスライムのダンジョンが近くにある。
ちなみに、虫かスライムが定番であると言ったが、言わずもがなほぼすべての高校が集団探索では、1Fがスライムのダンジョンを選択する。過去に、虫のダンジョンを選択していた高校は何校か存在したが…。実際に潜る事になった女子の悲鳴は言わずもがなであり、保護者からクレームが殺到した。
となると装備であるが、武器…つまり獲物は大抵『棍棒』である。軽くて女子でも使えて、刃物ではなく、近距離で戦えて、万が一凶器となっても安全に対処できる。木製の棒状の武器。ようするに初期装備は『木の棒』ということだ。一方で防具であるが、盾が必須。『持ってない場合は探索が認められない』と真っ先に注意される。そして、鎧、あるいは防具一式。『重すぎず緊急時に動くことができて、スライムの攻撃を受けてもびくともしない程度に防御力があるもの。』とされている。ちなみに武器・防具の中古品の購入は勧められていない。
武器に関しては、前述の『木の棒』が学校から支給される。全員一律に同様の武器を指導しなければ、危ないからだ。一方で防具は、学校側が用意することもあるらしいが、当校は各自で準備する事になる。学校指定の装備屋での購入が勧められているが、事前に届け出た上で、各自が用意したものも使える。これは各防具が各生徒に合わせて、調整しなければならない事と、一式揃えるとお値段が…という諸事情が考慮された結果である。必要となるのは、胴体・頭部が必須で、あとは装備可能であれば、足や腕などの装備が推奨される。
つまり、ほぼすべての生徒が、ほぼ同じような装備をする。
想定としては、『棍棒装備で頭部と胴体に防具』といった具合であるので、棍棒の使い方や注意事項、防具の点検方法や、その必要性といったところへの理解度が確認されることになる。
つまりは徹底的に集団探索を「ローリスク」で迎えられるように、集団行動の概念と、命を預けることになる装備と、実際にスライムを倒す棍棒の扱い方…あたりを重点的にしつこい程にやるのだ。
つまりは最初の探索者基礎で、新入生には棍棒が配布されている。その結果、最初に理恵が探索者課程で、手をつけるのはまさにこの棍棒ということになる。
「うーん、実際に棍棒を持ってみたけど、これで本当にスライム倒せるのかなぁ…。いざとなって使えないと困るよねぇ。」
「そうだ、今日は棍棒が使えるように素振りでもしようかな。体力づくりにもなっていいよね。…うん。毎日あの重たいテキストを持ち帰ることになるし、少しでも体力をつけたい。探索者課程にも『棍棒の扱い』ってあるし、棍棒を使えるようになろう!」