24.もう一人いた
「俺の名前はボルドー・ルーチェ、ルーチェ侯爵家の次男」
騎士たちが負傷な手当や後片付けをしている中、今回の戦闘でかなりの魔力を消費した私とボルドーは少し離れた場所で休ませてもらっている。
そんな中、いつものふざけた調子を消してボルドーは静かに言った。
「俺は一度死んだ」
「っ」
「信じられないかもしれないけど、事実だ。俺だけじゃない、ザイード殿下もだ。殿下に記憶はない。でも、死んだんだ。イヴァンのせいで。頭がおかしいと思うだろう?俺もだ、でも、事実なんだ」
怒りか、不安からか彼の体は震えていた。こんな彼を見るのは初めだ。
それに思い出したことがある。ルーチェ侯爵家は没落した。ザイード殿下を殺害した犯人として当主一家は処刑されたのだ。
「私の記憶と推測が正しければ、あなた方はイヴァンに濡れ衣を着せられて処刑された」
「記憶?」
ボルドーは信じられないものを見る目で私を見てきた。あなたも私もおかしいわね。自分に記憶があるのだから他の者にだってあってもおかしくはない。そんな想像すらできていなかったなんて。きっと自分たちが思っている以上に私たち、余裕がなかったのね。
「私もね、ボルドー。私も、死んだの。イヴァン殿下に殺されたの。だから決めた。運命を変えると、全てを白日の下に晒すと」
私は自分の身に起こったことを全て話した。ボルドーはまるで自分のことのように悲痛な顔をしながら私の話しを全て聞いてくれた。
「ああ、あの子はお前だったんだな」
「?」
「ルーチェ家は誰も処刑されてない。イヴァンは俺たちを殺さなかった。別の奴らを身代わりにして殺したんだ。俺たちを助けたんじゃない。お前と同じだ。マリーカのモルモットにされたんだ。今回、現れたあの化け物は過去の俺だったかもしれない。俺は見てた。母や父が、兄が実験の失敗作として最期まで苦しみもがきながら死んでいく様を」
それはどれほどの恐怖と絶望だろうか。彼には私と違って失うものがあった。それゆえに絶望は深く、抱いた憎みは強くなったのだろう。
「俺も自分がどうなったか分からない。おそらく繰り返された実験のせいで人としての原型は留めてなかったと思う。でも、死ぬ少し前、霞がかかった意識の中で自分よりも若い女の子が実験に耐えているのを見てた。あれはお前だったんだろう」
ボルドーの目尻に涙が滲んでいた。私の目にも。
あれらは、まだ起こっていない出来事。でも、私たちには既に起きた悲劇だった。その事実を変えることはできない。
きっと忘れることはできないだろう。たとえこの身が業火に焼き尽くされようとも、灰となってその場に止まる。
それだけ私たちの絶望は深い。深ければ深いほど抱いた憎しみは強くなったはずだ。
「これ以上の犠牲者を出さないためにもイヴァンの悪事を暴きましょう」
「ああ」
私たちは運命を変える。必ず!
***
side .イヴァン
「くそっ」
「帰ってきませんでしたね、イヴァン」
「・・・・・ヴィクトリア」
うっすらと笑った姿はとても妖艶だ。まさに悪魔の微笑み。
「陛下はもう起き上がることもできなくなっています。こちらは順調に仕上がっているというのに、あなたは失敗したのですね」
「手練れがいたんだ、仕方がないだろう」
「そうですね、仕方がないですね」
ヴィクトリアは慰めるように俺を後ろから抱きしめる。彼女からは甘い匂いがした。彼女の温かな感触と漂ってくる甘い匂いを嗅いでいると苛立ちは徐々に引いていった。
「今回使ったのは名前さえ覚えられない無能な下級貴族、素材が悪いせいで知能のないただの化け物になってしまいましたし。まぁ、処分の手間が省けたと思いましょう」
「そうだな」
「あの子の家族ももう要らないので処分してしまいしょうか」
「そうだな」
「夜の女神、今度はその子を素材に使いしょうか」
「そうだな」
「ふふふっ。女神だなんて、ただの平民につけるあだ名ではないわね」
「そうだな」
「それに相応しいのは私だけよ」
「そうだな」
「ふふふっ、可愛い私の王子様。私に夜の女神を頂戴」
冷たいヴィクトリアの唇が俺の唇に触れる。口を開けると彼女の口から何かを入れられた。
「飲んで」
言われた通りに飲み込むと「いい子ね」と言ってヴィクトリアは俺の頭を撫でてくれた。
「あなただけの特別な薬よ。あなたが私の特別だから」
ああ、俺は彼女の特別なのか。それは至上の喜びだ。




