19.変わった未来と動き出した運命
side.エリシュア
「っ」
紅茶をかけられた。相手を睨んでも、悪びれた様子はなく寧ろ紅茶で汚れた俺を嘲笑う。
「なんだよ、平民風情が貴族である俺に文句でもあるのか?あるのなら言ってみろよ、平民」
「・・・・みんじゃない」
「あ?」
「平民じゃないっ!お前と同じ子爵家だ」
そう言うと周りからどっと笑いが起こった。
「マジで言ってんの?お前の母親は平民じゃないか。薄汚い血が流れているのに、俺たちと同じだと思ってんの?」
「さすがは平民、身の程というのを知らない」
「父様は貴族だ」
「お前、子爵の本当の子なのか?母上が言ってたぞ。お前の母親は夫がいる身で子爵と愛人関係にあったって。そんなふしだらな女の腹が宿した子なんて信用できないって」
「母様の悪口を言うなっ!」
だから嫌だったんだ。いくら招待状が来ているからってお茶会に行くなんて。
将来、子爵家当主として人脈作りは大事だと母様と父様に言われて仕方なく参加したけど碌な目に合わない。それに誰も俺の参加なんか望んでない。
もし、これで魔力がないとバレれば俺の立場は完全になくなる。
結局、お茶会は散々な結果に終わった。
***
「こんな不味いお茶が飲めるかよっ!俺に平民の血が混じっているからって馬鹿にしてるんだろ」
不愉快なお茶会は望まれた通りさっさと退出した。家に帰って侍女が淹れたお茶を飲むとなぜかとても不味く感じた。すると、それを飲んだ俺を見て侍女が笑ったように見えたのだ。
「きゃっ」
カップを侍女に投げつけると反動で中に入っていたものが溢れた。侍女の頬や手が赤くなり、軽い火傷をしたのが分かった。でも、申し訳ないなんて思わない。俺を平民だと馬鹿にした相手だからだ。
「エ、エリシュア様」
か弱いふりをして、怯えるその姿は見ているだけで苛立ちが増す。
「どこの家の出だ?」
「ミ、ミミック男爵家です」
「へぇ~、あんた男爵令嬢だったんだ」
俺は知ってる。か弱いふりをして誰よりも陰湿でその見た目とは裏腹に醜悪なのがお前たち貴族だ。令嬢は特にそれが顕著だ。
「だから俺よりも上だとでも思ってるのか?」
「うっ、い、いえ、そのようなことは」
俺が前髪を掴んで持ち上げているからかとても苦しそうにしている。でも、そんなの俺には関係ない。先に俺を馬鹿にしたのはこいつだ。たかが使用人で、ただの男爵令嬢が子爵令息であり主人である俺を馬鹿にしたのだ。なら、何をしても許されるよな。
出来が悪い使用人を躾け直すのは主人の役目だ。
「誰が口答えしていいって言った?お前、やっぱり俺を馬鹿にしてんだろ」
侍女の腹を蹴り飛ばした。すると、面白いぐらい侍女は後ろに吹っ飛んだ。しかも男爵令嬢が子爵令息の部屋でゲロを吐くなんて、あはっ。笑っちゃう。男爵令嬢なのに汚ねぇ女
「おい、主人の部屋を汚してんじゃねぇよ」
「も、申し訳、グェッ」
侍女の後頭部を踏みつけるとカエルが潰れたような声が出しながら顔をゲロまみれにした。本当に汚い女
どうして、こんなに汚い女に馬鹿にされないといけないんだ。
「ムカつく」
「ぐっ」
俺が足を上げると侍女は顔を上げようとしたので再度踏みつけた。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく」
何度も侍女の頭を踏みつける。侍女が声を上げなくなっても構わず踏み続けた。
「本当にムカつく」
全然、腹の虫が治らない。どうすれば治るんだろう。
「どうして俺には魔力がないんだ?俺も貴族なのに」
魔力がないというだけで偽物だと言われているように感じる。
***
「やぁ、君がエリシュア・ローティスだね」
魔力がないと判明して二年、十五歳になった俺は貴族が通う学校に在籍していた。もちろん、魔力がないということを隠して。
魔石を使って誤魔化してはいるけど、魔石は希少だし高額だ。魔法を無駄遣いできないせいで成績で決まるクラス分けは底辺になってしまった。魔法さえ使えれば俺はもっと上にいけるのに。
二年経っても鬱屈した思いが消えることはなく、学校でも浮いた存在になっていた俺にある日、雲の上の存在であるはずの王太子殿下に声をかけられた。
「少し時間、いいかな?」
「はい」
雲の上の存在の人が一体なんの用なのか、警戒心が全くないわけではないけど子爵令息の俺が断れるはずもない。たとえ人目がないとはいえ。
殿下に連れて行かれたのは学校側が用意した王族専用の部屋だ。入れるのは殿下が許可した者のみだと聞いている。まさか俺がそんな部屋に入れる日が来るなんて。
「かけなさい」
「し、失礼します」
「実はね、君に協力して欲しいことがあるんだ」
「ただの子爵令息である俺に、殿下の期待に沿えるような働きができるとは思いませんが」
今の言葉は不敬になってはいないだろうか?
殿下は終始笑顔で何を考えているのかよく分からない。
「君にしかできないことだよ」
そう言って殿下は誰もいない部屋で話しなんて聞いている人がいるわけでもないのに、それでも聞かれないように声を顰めて言った。
「魔力が欲しくないかい?」
「っ」
その質問はおかしい。それは俺が魔力がない前提じゃないとされないものだ。どうして知っている?知っているのは殿下だけか?もしそうじゃなかったら、もし他の貴族連中にバレれば俺はまた馬鹿にされるのか?
どうして俺ばかりこんな惨めな思いをしなくてはいけないんだ。
「大丈夫だよ。知っているのは俺だけだ」
「っ、どうして殿下は?」
「適した人材がないかを調べた結果だよ。それで、魔力が欲しくはないかい?」
「手に入れられるのなら欲しいです」
そうすれば俺ば完璧な貴族になれる。もう平民だと馬鹿にされることはない。
俺の答えを聞いた殿下は笑みを深めた。
「では、今日からよろしくね、エリシュア」
これが地獄の始まりだった。




