15.身の丈に合った生き方
side.エルビラ
私は自分の容姿が他よりも優れていることを知っている。ただの平民だった私はその容姿で大店の後継と結婚できた。
「こんな容姿だけの女、私は認めないから」
旦那の両親はそう言って私を毛嫌いした。別に構わない。だって、どうせ夫よりも先に死ぬ存在だから。そうでなくても隠居したら私の夫の意見が優先つまりは妻である私の意見が優先されるからだ。
大店だけあって店には時折、下位ではあるけど貴族が買い物に来ることもある。そこで私は運命の出会いを果たした。
それがローティス子爵だ。
子爵も私に一目惚れしたとかで旦那に内緒で私を何度も屋敷に招き入れてくれた。その時に何度か彼の妻を見かけたことがある。地味でつまんない女と子爵は言っていた。
飾り気のない女だった。でも、女の私には分かった。着飾って今の美を保っている私と違って作らない美しさがそこにはあった。それが気に入らなかった。だって、下町では私が一番美しいって言われていたわ。
「ご機嫌よう、奥様」
私が声をかけるとまるで毛虫でも見るような目で私を見てきた。何よ、石女のくせに。
「おい、挨拶ぐらい返したらどうだ?」
「良いのですよ、旦那様。平民の身分で声をかけてしまった私が悪いのですから」
私は涙ぐみ、子爵の腕に抱きつく。これで被害者と加害者が確定。加害者は黙って去るしかできないでしょう。なんて単純。
「分かっているのなら次からは声をかけないでちょうだい」
はい?今、私に言ったの?私に旦那を盗られた負け犬の分際で。
「おいっ!」
つかさず旦那様が声を上げてくれたけど夫人は私に向けた目と同じ目を旦那様に向ける。なんなのこの女。
「平民が貴族に話しかけるのは不敬に当たります。それを分かっていて礼を欠いたのです。不快を示すのは当然でしょう」
「ひどい」と泣けばすぐに旦那様があのいけすかない女を叱責する。いい気味。さっさと退散しなさいよ。どうあってもあんたに勝ち目はないんだから。
けど、私の予想に反してあのいけすかない女は小馬鹿にしたように笑う。
「同じことを王族相手にも言えますか?」
「なんだと?」
「身分など関係ない。身分で人を判断するなとあなたは仰いますが、その女が王族相手に同じような無礼を働いても同じことが言えますか?」
「私はそのよう失態を犯しませんわ、奥様」
「そうだ。彼女はとても聡明な人だ。お前と違ってな」
そうよ、私はあんたと違うのよ。なのに、この女は今度は声を上げて私と旦那様を笑いやがった。
「本当に聡明な人は身の程を弁えているものよ」
身の丈に合わないと言いたいわけ、このクソ女
「離婚だ」
ついに我慢の限界が来たのか旦那様が負け犬女を睨みつけて言う。
「妻の役割も果たせない女など子爵家には不要。お前と離縁して、彼女と結婚する」
「旦那様」
ああ、ついに私に相応しい地位が手に入った。
ちょうど、旦那は事故で死んでくれた。家を追い出された時はどうしようかと思ったけどこっそりと子爵が支援してくれたおかげで暮らしには困らない。まぁ、ただの平民女が贅沢をしていれば要らぬ面倒ごとが増えるので彼からもらっている支援金はアリステアや周囲には内緒にしている。
それに子爵と釣り合うようにするためにはお金がかかるのだ。ドレスや宝石。それらを手に入れるために使っているし、自分の美容のために化粧品や食事にもお金はかかる。だからアリステアのために使ってあげるお金はほとんどないのだ。でも、問題はないでしょう。一応、食事は与えているのだから。
「妻の役割ですか?夫の役割を放棄した人に言われたくはありませんね。まぁ、今となってはこれで良かったと思います。穢らわしい女と穢らわしいあなたを共有せずに済んだので。それでは私は荷物をまとめます」
「奥様、申し訳ありません、私は、そんなつもりでは」
笑っちゃいそうになるけど堪えないと。最後までしおらしい私を見せることで相手により屈辱を与えてやる。私を馬鹿にした罰よ。
「三文芝居にすら例えられない、ダサい演技はいいわ」
本当に生意気ね。負け犬のくせに。ああ、負け犬だからよく吠えるのか。負け犬の遠吠えっていうものね。ならば仕方がないわ。耐えてあげる。私は優しいからね。
「貴族はあなたやあなたの息子を受け入れないわ」
私と旦那様の間に息子がいることを知っていたの?旦那様が話したのかしら?
私の思考を読んだのか彼女はクスリと再び私を笑う。
「この程度、貴族ならすぐに調べられるのよ。せいぜい身の丈を思い知って後悔することね」
「何を言おうとあなたが負け犬であることに違いはないわ」
そう、勝ったのは私よ。私が勝ったの。なのに、どうして負けた気持ちになるのよ。
彼女は使用人に命じて荷物をまとめその日のうちに出て行った。
「離縁の書類は実家に送ってください」とだけ言って。
***
晴れて私は子爵夫人になった。前の夫との間にできた娘、アリステアのことはどうしようかと思った。正直、邪魔でしかなかった。連れて行きたくはなかったけど旦那様が慈悲から迎えてくれるというので仕方なく連れて行くことにした。なのに彼女はあろうことか拒絶、しかも母親である私を侮辱して家を出て行った。
娘の分際で母親である私を馬鹿にしたのは許せないけど、正直いなくなってホッとした。
旦那様には前の夫の家族が私の再婚を聞きつけて無理やり娘を奪って行ったと説明した。旦那様が貴族の身分を使って取り返そうか?と聞いてきたけど冗談じゃない。
平民の子供なんて絶対にエリシュアの足を引っ張るだけよ。
「少し寂しいけど、でも義母に懐いていたしあの子はあまり頭のいい子ではないから貴族令嬢には向かないと思うの。だからこれで良かったのよ」
そう淋しげに言えば娘を思う優しい母親像の出来上がりだ。
「そうか、分かった」
全てがうまくいっていた。いっていたのに。
「魔力がない?」
魔力測定でエリシュアの魔力がないことが判明した。これは貴族として欠陥ではないか。
社交界で私を平民と馬鹿にする連中に更に笑われてしまう。
「魔力がないことは隠さなくてはいけない。エルビラ、エリシュア、いいな」
「「はい」」
エリシュアは下を向き、手を強く握りしめる。私の人生に翳りが見え始めたのはこの時からだった。
「でも、旦那様、魔法を使う場面はいくらでもあります。ずっと隠し続けるなど不可能では?」
「魔石があれば問題はない。あれに私が魔力を込めれば暫くの間は使える。問題はその魔石が入手困難であることと高額であることだが、最近魔石の鉱山を平民が手に入れたという噂を聞いた。きっとこちらが話を持ち掛ければ喜んで差し出してくれるだろう」
「それはタイミングが良かったですわ。エリシュア、大丈夫よ。お母様とお父様がなんとかしてあげるからね。あなたはなんの心配もしなくていいのよ」
「はい、お母様」
そう、私の人生は完璧なはずよ。欠陥なんてないのだから。




