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思い出した!
エルキュールの過去のわだかまりをアデルが解決するんだ。彼の母親は、貴族である父親の愛人だった。しかも身分もあまり高くなかった。彼は庶子として、ほぼ父親に会うことなく生きていたけれど、正妻の子……嫡子の息子が早死にし、突然彼は脚光を浴びる。庶子は庶子だから跡継ぎになることはできない。でも一族のコマになることはできる。その頃から剣技の腕前を買われていた彼は、父親のコネでほぼ無理矢理騎士団の副団長になるんだ。
副団長はコネ、それが嫌で彼は更に剣技を磨き、そのおおらかな人徳もあり瞬く間に団長に上り詰めた。
「俺の母親は、正妻ではありません。それを根源として、俺と父親の間には、なかなかのわだかまりがありましてね。……これは俺が副団長として騎士団に入団した時に、父親から与えられた記念の物です」
アデルもまた、ゲーム内でこのエピソードと出会う。
息子の実力と向き合うことなく理解もすることもなく、ただ一族の利益のためだけに副団長にした時の贈り物なんてエルキュールにとっては理不尽そのものだ。
『捨ててしまいなさいよ!あなたがまったく嬉しくなかった贈り物なんて』
だから彼女はそう言って、勝手に奪って王宮内の運河に放り込んでしまうのだ。ときめかないものを捨てる片付けメソッド取得者、アデル。
このイベントの派生確率は高くない。でも出て適切な行動をとれば好感度爆上げた。
イベントを起こすにはそれまでの行動が必要になっている。今、私がアデルと同じセリフを言うことはできるが、それはこの場では響かないだろう。何よりも、それは彼女の言葉なのだ。
「……複雑なご事情をお持ちですのね」
象牙の柄の短剣のことはさておき、私は彼の境遇に言葉をかけた。そういう境遇だから、マルグリットという先王の愛人にも、冷たくすることができなかったのか。彼の心優しさに少し胸を打たれる。
「わたくしは、きっと今日限りエルキュール様と親しくお話しする機会には恵まれないでしょう。思うのですが、より深くあなたを理解しようとする素敵なお嬢さんに出会うと思います。いつかその方にお話しする機会があるまで、それは大事に持っていらして」
私の言葉はきっとアデルの言葉ほど響きはしないだろうが、でもエルキュールは頷いた。それから陰って来た日を見て言う。
「今日は楽しかったですよ。よろしければ、お部屋まで同行いたしましょうか?」
思わぬ副産物!
「マルグリット様はお強いから、俺の警護など不要かもしれませんが……」
「いいえ、大変心強いです。感謝申し上げます」
やったー。エルキュールが付いていれば、そんじょそこらの悪魔憑きなんて太刀打ちできない。仲良くなって思いもよらぬ副産物があったわ。まあずっと守ってもらえるというわけではないだろうから自分が強くなった意味はもちろんあるのだけれど。
私は訓練着から修道服に着替えるとエルキュールと連れだって、駐屯所を離れた。
今ホットな騎士団長エルキュールと一緒に歩いているので、人々の好奇心の視線がブスブス刺さってくる。ククク、あたしも偉くなったもんだぜ。
「ところでマルグリット様が、こちらにいらしたのは、例の件ですか?」
はたとアデルの事を思い出す。剣術つよつよ貴婦人になることに夢中で、何しにここに来たのか忘れてかけていた。
ええ、アデル嬢を、と言いかけた私の返事を待たずエルキュールは続ける。
「フリートが現れたそうですからね」
フリート?
私は聞き覚えの無い言葉だった。マルグリットの記憶をたどっても出てこない。ゲームのなかにも出てこない。
「ええ。これは大変なことですよ」
まるで知らないなんてことを想定していないような口調だった。一体それがなんなのか不自然にならない様にどうやって尋ねるか戸惑っている間に、あの人気のない階段にたどり着いた。フリートのことから意識を払って、悪魔憑きの事を考える。
しかし、エルキュールが同行していることが大きいのか、それは今回は出てこなかった。
私はアデルの部屋を開ける。良し、怪しいものはいなさそうだ。エルキュールに向き直ってお礼を言った。
フリートのことは聞くタイミングを逸してしまった。
「ユベール副団長とリュカ様にも大変お世話になりました」
その時、私はようやく思い出したのだった。リュカ君の名前と顔にあまり心当たりが無かった理由を。
リュカ君、本編ではもう死んでるからだ。彼は本編開始時期……つまり今の段階ではすでに、過去、警邏に当たった時に悪魔憑きと遭遇し、殺されてしまっているのだ。つまり本編ではアデルとは出会わない。エルキュールとユベールの語る回想で、スチルの中にちょっと映っているくらいだった!だから印象になかったんだ。
「リュカ様、エルキュール様を慕っておられて、大変感じの良い子です」
「そう言っていただけると。剣の技術はまだまだですが、心も優しく勇敢なので、大事に育てたいと思っています」
「こんなことを申し上げるのは僭越なのですが」
私が上目遣いにエルキュールを見た。
「……どこから、とは申し上げることはできませんが、王宮内で不穏な動きがあるようです。リュカ様をはじめとする若い団員たちが警邏に当たる際は、少しお気をつけてあげたほうがよろしいかもしれません」
私の言葉にエルキュールははっと息を止めた。まじまじと私を眺めてから頷く。
「ご配慮痛み入ります」
エルキュールがどこまで私を信じてくれるかはわからないが、彼の素直さで受け止めてくれる気がした。
リュカ君が死なないと本編が始まらないかもしれないけど、すでに私が世界を呪うマルグリットでない以上、もう公式とは違うのだ。それならリュカ君の死を止めたいと思う私が居たっていいじゃないか。
今、死んでないからと言ってこの先も無事とは限らないからな。用心するに越したことはなかろう。
しかし今の段階で死んでしまっていないというのは謎ではある。まあ私が、イザボー皇太后に呼びつけられているということも、公式とは違うので、少しづつ違うのであろうか?
エルキュールはそして礼儀正しくそこを去って行った。
さて。私は部屋に入ろうかどうか悩む。
アデル失踪についての手掛かりは今のところゼロだ。悪魔憑きから身を守るために、100回近くを費やしてしまった。完全に目的と手段を間違えている。
その悪魔憑きも今は真昼間なので、人がかなり出ている。そこを狙っていけばもう少し王宮内を歩けるかもしれない。
私は開けかけた扉を閉めて、もう少し王宮内を探ることにした。中庭にでも出れば誰かに会えるかもしれない。
王宮内は三階建てとなっている。場所によっては地下フロアもあるのだがそこはバックヤードのようなものだ。男性も女性も、優雅な衣装に身を包んだ人々が闊歩している。修道女姿の私を見て怪訝そうな者、マルグリットを覚えているのかはっとする者、意識すら向けない者、大勢とすれ違う。
本当はルイーズ王女と会って、いなくなる前のアデルの様子を聞きたいが、婚礼前でピリピリしているだろうし、つるっと行っても面会は簡単には許されないだろう。
歩いていた私の耳に、人々の談笑以外のものが聞こえてきたのはその時だ。
柔らかに、ピアノの音色。
それは今通りかかり空きっぱなしの扉の部屋から聞こえてきていた。その部屋の周辺は人が多く、私はそれが何かを察する。
攻略キャラその2、マドリウ国宮廷楽師長、クラウディオ。
おそらく彼だ。