(2)
「……どなたに?」
「わたくしに」
「どうして?」
おっ、びっくりしすぎてタメ語になっているね。
「王宮も久しぶりです。わたくしを嫌っている方も多くて心細いのと、久しぶりですから少し体も動かさないとこの王宮にふさわしい姿には程遠いと思いまして」
「マルグリット殿は今も変わらずお美しいですよ。ですが、淑女に私が教えられるような剣技はあるかな……相応に、戦いを意識した粗野な術しか知りませんゆえ」
「いいえ、それほど大層な事なんて、わたくしにできるはずもございません。本当に、怪我をしない程度に嗜みに」
私は、アラサーとは言え、マルグリットの褪せぬ容色に感謝しながらエルキュールに詰めていく。まだエルキュールはアデルと出会っていないので、マルグリットの美貌にグラついてもいろいろノーカウントにしておくからよろしく頼む。
「まあ……結構ですが……いつがよろしいですか」
エルキュール!頼まれたら断れない男!可愛い!最推しにしとくわ!
「今から」
「今から!?」
あったりめーよ、こちとら命がけなんだっての。
そう、私は、誰も頼りにならないんだったら、もう自分が強くなるしか無くね?と思ったのだ。幸い、マルグリットはボンキュッボンでそこそこ筋肉質だ。現役時代も今も、愛妾として魅力を失わないために適度な運動をしていたのも幸い(これが痩せ型だとスタミナ不足はいかんともしがたい)。
ループしても前回の記憶以外は持ち越せないので、筋肉が付くわけではないが、得た技術は次に生かせるはずだ。
「エルキュール様はお忙しいから、ご迷惑だとは存じます。短時間で結構ですの。気分転換だと思ってくださいませ。ええ、エルキュール様でなくても、どなたかお手すきの騎士様がおられれば」
エルキュールはあたりを見回した。それから、まだ少年のようにもみえる若い騎士の一人を手招きする。
「私では、勢い余ってマルグリット様を傷付けてしまうといけませんので。剣の使い方など、この者から基本的なことを聞くと良いでしょう」
「ご親切にありがとうございます」
私はエルキュールとその若い新米騎士に渾身の笑顔を投げかけた。
「どうぞよろしくお願いいたします」
エルキュールはともかく、若い騎士はそれだけでポーっとなっている。アラサーでもものともしないマルグリットの美貌はすげえよ。人は見た目が9割どころか20000%。
手慰みという名目のため、修道服のまま訓練所の隅っこで剣の使い方を学ぶ。レイピアなので、取り回しも難しいという重さではない。しかし振り回すのはコツがいるな。
その若い騎士は一生懸命説明を始めた。
「マルグリット様が長時間これを取り扱うなど難しいと思いますので、なるべく短期決戦がよろしいかと思います。いずれにしても相手を行動不能にする、というところまではなかなかに困難ですので、ちょっとでもいいので傷付けて戦意を喪失させてその隙に逃げる、というのがよろしいかと存じます!」
思い出してきた。この若い騎士は、ゲームでもエルキュール関連のシーンでなんかモブでいた気がする。セリフ……あったかな?
若い騎士と一緒に同じ動きをする。構えて突く、くらいのめちゃくちゃ単純な動きだ。どう考えてもこれで悪魔憑きから逃げられる気はしないが、千里の道も一歩よりである。いちにさん、いちにさん、単純な練習。それだけでも汗が滲み手首が震えてくる。
ほんの一時間やっただけでも腕が言うことを利かなくなってくる。でもちょっとだけ使い方は覚えた。
「お体に障りますよ。今日はこの程度で」
若い騎士は困ったように言う。私は首を横に振った。
「レイピアであってもわたくしには負担が大きいようね。もう少し軽いものがあるといいのだけど」
「貴婦人様用の、ほとんど殺傷能力の無い、フルーレならまだ軽いかもしれません」
「ではそちらでやってみようかしら」
「まだ続けるのですか?」
驚いて目を瞬かせている彼に私はまた微笑みかける。
「あなた、お名前は?聞くのが遅れて大変失礼でしたわね。許してちょうだいな」
「あ、リュカです」
あっ。
ほとんど「なんとなく」で聞いたのだけど、名前あるんだ。そりゃそうか。ゲームだとモブだったからなんとなくびっくりしちゃったな。
「そう、ねえリュカ。わたくし、この身なりからわかると思うのだけど、修道院住まいで宮廷にはほとんど来られないの。あなたのように若い方と話をするだけでも楽しいわ。良かったらもう少し続けたいのだけど。その軽量のフルーレはどちらに?」
リュカは顔を真っ赤にして飛び跳ねるようにして言う。
「取ってきます!」
やはり美貌はすべての論理的な説明も吹っ飛ばすな……。
リュカがとって来たさらに細身の剣で私はまだ練習を続けたが、さらに一時間が立ったところで、リュカが警邏当番でとなってしまい時間切れ。残念だが、ここで諦めるしかないだろう。今日のところは。
ええ、今日のところは、な。
「ところでこのフルーレだけど、少しお借りしてもいいかしら」
「大丈夫です!」
エルキュールよりリュカが先に答えて副団長から怒られていた。
リュカとエルキュールに礼を言い、私は駐屯所を離れ、アデルの自室に向かう。人気のない階段に差し掛かったところで気配を感じた。
振り返った時、今まで何回か遭遇してあの悪魔憑きがいた。私は手にしたフルーレを構える、が、一瞬で私に詰め寄って来た。フルーレを振り上げる余裕すらなかった。たぶんそうだろうと思った。こんな数時間ばかりの修行で悪魔憑きに渡り合えるはずがないのだ。知っていた。でもこれが終わりじゃないぞー。
私の首筋に走る熱さと共に、7回目終了。
ムカつくけどめげない!!