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(2)エンジニア

「この今、私が見ている姿はエンジニア?」

「そう。もっと死ぬ直前の老婆でもいいのに、それは嫌みたいで、残っているのはこの三十代の姿。見栄っ張り」

 エンジニアは恥ずかしそうに笑った。


「あなたと私は同じ情報を記憶しているからわかるでしょう?」


 そうなのだ、私は「エンジニア」ですらない。

 生前、エンジニアが作り出したAIがアビス、人格を移植されたものが今目の前にいる、さっきまでイザボー皇太后の姿をしていたエンジニア。そして私はその記憶を移植されたまた別の存在だ。


「どうしてこんなことに?」

 エンジニアは肩をすくめた。 


「アルフ・ライラ・ワ・ライラは、無数の物語を保持し続けた。長い間ね。アビスはAIとしてその分類に勤め続けたけど、徐々にジャンクデータが蓄積し、それを削除するものがいないまま、ついシェヘラザードは負荷に耐えかねた」

 それからエンジニアは言い換える。


「具体的な症状としては類似の物語を混在し始めた」

「『ラ・ギルランド』の公式ストーリーが壊された?」

「そう。これが最初じゃない。すでに千を超える物語が、混乱して破綻した。今破綻しつつあったのが『ラ・ギルランド』」


 そうか。

 私は長く息を吐いた。どうかな、この世界がデジタルだからそういう処理に過ぎないけど。


 名もなきモブだったリュカに生存IFを与えた。リュカを好きだった人がいたのだ。

 過酷な過去を生き延び、歪んだデシデリアに、楽しい人生を与えた。デシデリアに同情した人がいた。

 フィリップ王子に人間味を与える過去を想像した人がいた。彼を知りたいと考えたから。

 意地悪キャラだったビビアーヌとクラリスの自由な人生を望んだものがいた。彼女達の抑圧に怒りを覚えた人がいたからだ。

 聖女がいた。混在の元は、おそらく夢小説的なものであったのだろう。このゲームの全てを愛し、そこにいないキャラクターであっても、その一部になりたいと望んだからだ。


「それはオンラインに会った無数の二次創作?」

「それだけじゃない。ファンの声に堪えたマルチバース的なアナザーストーリーもある」

 すべてが愛だ。

 シェヘラザードが壊れ、その物語を公式に取り込みデータ改変に至ったとしても出だしは愛だと私は思う。

 私だって、リュカとマルセルが死ななければいいのに、と願った。


「一つの物語、そこから派生するまた幾多の物語。物語は物語を呼ぶ」


 静かにエンジニアは言った。

「私はシェヘラザードの異変とアルフ・ライラ・ワ・ライラの破綻に気が付いたけど、シェヘラザードの核であるアビスのそのまた奥底にあるから、自由に干渉が出来ず、苦慮していた」

「直す能力があったの?」

「シェヘラザードに介入さえできれば、正常に戻すことが出来る。でもアビス派生のシェヘラザードのプロテクトはなかなか頑丈で。我ながらよくできているものを作った」

 自画自賛か。


「そこに私が来たと」

「そう」

 エンジニアは申し訳なさそうな口調だったが、ウインクなどするのであまり反省はしていないのかもしれない。


「あなたに私の『エンジニア』の記憶を移植し、導入と目的意識を保有させたの。その後、貴女は自分自身でシェヘラザードに侵入した。あなたも優秀よ」

 やっつけな褒め方をする……!


「それにあなたの相棒も」

「……あー」

 聖女と共にいたあの甲冑の者。それは、アルフ・ライラ・ワ・ライラの外側に居た者だ。隙を見て、」こちら側に干渉して来たに違いない。


 つまりすっかり利用されていたということだ。

「……あなたの操作により、私はエンジニアと同一のものとして使命感を持ち、この世界を探り始めたと」

 イザボー皇太后としてマルグリットに命ずるという形でも介入していたな。それくらいならなんとかなかったのか。よく考えてみればイザボー皇太后はあの屋敷のあの部屋から一歩も出ていなかったな。そこが介入限界だったか。


「マルグリットを毎晩殺しに来たのは貴女の仕業?」

「本編の時間軸になってしまえばエラーのまま物語が固定されてしまうから。その前段階で止めるためリセットしかできなかった。貴女から見ると毎夜殺されたということになるか」

 なるか、じゃねー!カジュアルに人様をループさせるな。


「今殺すのかよ!ってタイミングでもあったけど?」

「マルグリットを害する悪魔憑きは自動装置にしたからね……ちょっと頓珍漢な部分もあったかも。貴女が『ラ・ギルランド』のなかでやっていることは私は認知しかできないんだよね」

 『日付が変わる前に人気のないところで攻撃しろ』くらいしか指示してないんじゃないの?コード甘くない?お掃除ロボットの方がもうちょっと繊細では? 


「最終的に聖女がキーだったようだけどそれはなぜ?」

「聖女がキーというよりは、シェヘラザードの計算キャパを越えさせてフリーズを起こし、そこに私が介入する余地を発生させたという感じ。聖女という存在が一番莫大な負荷を発生させた」

 人々の愛に寄る様々な公式軸以外の出来事、それを並立させるためにアビスは計算を繰り返したけどついに聖女で行き詰った。


 公式主人公アデルと、いわゆる夢キャラクターのヒロイン聖女の物語はたまたま並立させることが困難極まりないものが混入した。アデルを失踪させたのはそれの辻褄を合わせようとするシェヘラザードの仕業だけど、そこに私が介入してアデルと聖女を対面させた。だからシステムはフリーズし、その隙を突いてエンジニアが介入したのだ。


 聖女に会う前に私がいろいろ想定外の行動をしていたこともシェヘラザードの負荷を上げていったのだろうけど。神聖ペトラフィタ語も結構負荷をかけただろうな。一言語をそれなりに体系化したわけだから。


「……この後は?」

「私はシェヘラザードを修復します。修復すればシェヘラザードは自動的に公式とそれ以外を整理し、アルフ・ライラ・ワ・ライラは適切な状態に戻る」


 エンジニアの記憶を信じるのなら、彼女は昔『ラ・ギルランド』の開発に関わっていたし、自分でも遊んでいた。思い入れがあったゲームなのだろう。だから動いたのかもしれない。


 ザッツオール。

 この世はなべてことも無し。


「……あなたは私を利用した」

 それでも私としては不満の一つや二つや三つや無限はある。何回ループさせられたと思ってるんだ。


「それについてはお詫びする。でもちょうど良かった。私はアビスの底から出られない。そこに来てくれたから、シェヘラザードがフリーズするまで事態を混乱させループすることで情報量を増やしてくれた」

 そうね。

 問題はどうして私にそれができたかということね。


「……どうしてあなたにそれが出来たか」

 エンジニアはそこで少し声のトーンを落とし申し訳なさそうに言う。


「もう気が付いていると思うけど……それは利用して悪かった。ごめん」

 エンジニアも自分の人格の複製しか作れなかった。生身の人間がそのままデジタルデータ化することはできなかったのだ。

 人間はこの世界の内部の一員として加わることが出来ない。じゃあそれができた私は?

 なんとまあ。

 ……いやー、すっかり自分を人間だと思っていたわ。


「ずっとここに居てもいいよ。『ラ・ギルランド』に飽きたら他にも無数にゲームや小説、漫画に映画、ストックは山ほどあるから、物語の複写の中で自由に遊ばせてあげられるけど」


 私はこのゲームで出会った人々考える。エンジニアと私がやろうと思えば、私が各種攻略キャラとハッピー新婚ライフを行える世界、聖女と一緒に無双する世界、アデルと百合エンドを迎える世界だって構築できるのか。

 めちゃくちゃ面白そうだけど、やめとくわ。


「……お断りします」

「本当の世界はなかなかしんどいものがあるけれど?」

「知っている」


 そう、もう私は全て思い出しているのだ。どうして私がこの世界に来ることになったのかも。

 どうしてシェヘラザードが壊れるくらい、メンテナンスが行われなかったのかも。


「……じゃあ、最初の約束は守る。だってあなたも私の親戚みたいなもんだし」

 エンジニアが私に手を差し出した。握手かよ。

 でもまあ、私もしぶしぶ彼女の手を握った。


「『お前が自由に生きる世界を与えましょう』」


 エンジニアの言葉とイザボー皇太后の言葉がダブる。

 自由?

 私は首を傾げる。自由の意味を私は知らない。

 私もまた、人ではない。

 私は、生体型制空兵器搭載人工知能。


 名はフリート。

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