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 十年ぶりにみる王都はマルグリットの記憶にある様子と大きな違いはなかった。浮浪者が増えたとか建物が荒れているとか、そう言った雰囲気ではない。まあ現王がイザボー皇太后に見張られつつうまくやっているのだろう。


 皇太后は良くも悪くもツエーという感じである。ただ、先王の死と共に引退し、今は息子夫婦に任せているようだ。息子である現在の王の評判はそれほど悪くない。マルグリットの記憶に寄れば、彼女を断罪したのはまだ先王の死で王様なり立てホヤホヤの頃の現王とその妻である王妃である。まあ私の知る断罪モノのように、パーティで皆を目の前にしてのDANZAIと言うわけでもないらしく「先王の死と共に貴女の立場は変わるわけで、諸般の事情ご理解いただけるだろうか」という体裁だった。そりゃまあそうだろうという気がする。


 マルグリット、自分が贅沢していただけじゃなく、近親者もその能力の如何に関わらず要職に取り立ててもらったりしているので、すでにこの時点で国家の敵である。縁故主義良くない!

 修道院に居場所を儲けてくれたのとか、今の私からみればかなりの恩情処置だ。つまりゲーム本編でのマルグリットの所業は逆恨みもいいところというわけだ。


 さてこの度。夫の愛人であったマルグリットをイザボー皇太后が呼びつけたわけだ。

 不思議なことに公式では、マルグリットが都に戻って来たのは、王女の結婚への修道院長からの祝いの書簡を持ってきたためとなっている。ゲームを進めると、それが恩赦的な好意もあったことも見受けられるのだ。たまには都見物も良かろうみたいな。

 それをきっかけとしてマルグリットは都内での自分の伝手を手繰り寄せ、あらゆるものを使って暗躍し始めるのだが。恩を仇で返すとはこのこと……。


 ともかく、ゲーム公式ではマルグリットをイザボー皇太后は呼びつけていないのだ!

 ……正直、王宮に赴くかは悩んだ。

 もともと行かないつもりだったからだ。私が行かなければ最悪の展開は免れる。しかし現在ヒロインのアデル不在という穴の無いドーナツみたいな状況になってしまっているわけで、これ放置してたら爆発しない?そこに来てさらに公式展開と違うイザボー皇太后の召喚ということであれば、もう行ってみた方が良くないか、と腹くくったわけだ。


 わたくしは今さら国家の敵になんてなりませんことよ?と言いきれるかどうかには、私が私であり続けられるのかとか、急に『マルグリット』が戻ってきてしまう可能性もなくはない、とか、懸念はあるが……。


 イザボー皇太后はわざわざ迎えの馬車まで出してくるあたり、なんだかわからないが本気だ。お招きいただきありがとう、という気持ちはミリもない。平社員がいきなり理由も不明なまま社長に呼び出された時、ポジティブに喜べるか?そういうことだ。


 アデルが主人公の場合は、皇太后は最終的には自分の都合こそあれど味方寄りだ。

 しかし私はマルグリットなわけである。


 イザボーの伴侶であった先王は、まあ優秀でマドリウ国から領地をもぎ取ったり(そういうところだぞ)国内の平定に勤め、国民の生活向上に尽力したが、めちゃ女好きでな……。55歳の時に当時14歳のマルグリットを召し上げたわけですよ。歳の差がマジでキモい。私の時代だったらSNSで大炎上だ。それで60歳の時に心臓発作で急死してマルグリットの愛妾期間は終わった。


 イザボー皇太后は王宮本体からちょっとだけ離れた、庭園内の端にある小ぶりな城に住んでいる。別に王宮に住む資格はあるわけだから、あくまでも一線は退きましたよ、という意思表示なのだろう。良い皇太后で母で姑だ。


 着いてみれば恭しく迎え入れられ来賓の間に通された。意外と待遇いいな。

 やってきた皇太后は連れ添いの王が死んだので、黒衣を着ている。確か60歳ぐらいだろう。切れ者ではあるが確かに美貌という点ではマルグリットには到底及ばない。マルグリット以外にも先王は歴代の各種愛人がいたから、忸怩たる思いはあったに違いない。


 つーかマジで先王最悪だな。こいつの墓やら銅像やら打ち壊すイベントがオフィシャルストーリーであっても良かったと思う。機会があったら王宮の庭に鎮座する銅像に、油性マジックで落書きの一つもしてやりたい。


「ひさしく」

 大きくはないが良く通る声でイザボー皇太后は言った。客とは言っても立場は同じではなく、上段の座から、下で平伏する私に声をかけてくる。

「皇太后様に置かれましては、ご健勝のこと、まことにお慶び申し上げまする」

 顔を上げよと言われ、彼女を見上げる。白髪をまとめているがまだ老いは彼女を仕留めてはいないようだ。


 しばらく無意味な挨拶が続くかと思ったが。

「お前はこのまま王宮に留まりなさい。住まいは王宮内一室を用意します。王宮滞在中の費用は持ちましょう」

 どうした突然?!


「その代わり、お前には役目を与えます。拒否しても構いませんが、その場合、お前の住まう場所は変更を求めざるを得ないでしょうね」

 すごいぞ、脅迫だ!驚愕の直球。火の玉ストレートすぎてミットが丸焦げ。


 いや、湾曲な表現だとお思いかもしれませんが、雅な人々におかれましては通常はもっと、何言ってんだか正直わからんレベルで、様々なことを遠回しに言うので、これは驚きですよ。切羽詰まっている何かがあるのか。 

「いかな事情がありましょうとも、わたくしめが皇太后様のご依頼をお断りすることなどございません」

 私は恭しく頭を下げた。


 ふっと、視線を感じて彼女を見れば、わずかに首をかしげていた。ややあって口を開く。

「……まあよろしい」

 なんか(ちょっときもちわるい?)と思われているのが伝わって来たな。


 素直過ぎたか?私は内心で冷や汗をかく。

 マルグリットはこんなに素直じゃなかったな、確かに。

愛妾時代、ドヤ顔で王宮を闊歩していた時だって、言葉ではわかりやすく皇太后を持ち上げているようにみえて、遠回しにディスってるとかフツーだったわ。当然皇太后はそれを気が付いているので、関係がいいわけがない。


 ぎゃーいかに14歳とは言え、アホだろマルグリット!旦那の愛人だったのはともかく、皇太后は権力オブ権力なんだから、とりあえず神妙にしていれば良かったのに……。

 という関係性だったわけだから、こっちが妙におとなしければ、皇太后だって変な顔するさ。


「お前と親しくなるということは無いでしょう。しかし、お前の有能なところを認めていないわけでもない。それを使って、調べなさい」

 それが依頼ということは、はてなんじゃろう。


「アデルの失踪についてはお前も聞き及んでいることであろう。お前にはそれが何ゆえ起きたのか調べてもらいます」


 ……マジで!?

 顔を上げて、あっけにとられた顔を思い切り皇太后に向けてしまう。そのマヌケな表情をしげしげと見ると、彼女は何やら満足そうに鼻を鳴らした。

 なるほど、不倶戴天の敵のマヌケ面は楽しかろう。

 こっちは全然楽しくないけどね!そんな急ごしらえの探偵なんて。


「ですが、わたくしが皇太后様のご期待に添えるかどうか……皇太后様であれば、もっと有能な方がおそばにおられますでしょうに」

「お前だからいいのです」

 深い。

 意地悪なのかそうじゃないのか掴めないところがまことにやんごとない感じ。


「うまく首尾を果たしたなら……そうね、お前が自由に生きる世界を与えましょう」

 やんないとどうなるのかが逆に「察し……!」って感じで怖い。


「すでにマドリウ国からはベルナルド王子が来ておりますゆえ、大きな騒ぎは起こさぬように気を付けなさい」

「承知いたしました」

「明日はルイーズ王女とベルナルド王子の正式な顔合わせがあるのですよ」


 ん?

 私は目を剥いた。

 それはゲーム開始の日のイベントではないか。ていうことは明日からゲームの展開が始まるわけで現在はその0ayってことか……。

 アデルがいないまま明日になったらどうなっちゃうんだろう。

 日和見の私にだって、絶対まずいということはわかりますが。


 あっ、ヒロインですか?ちょっと今不在なんですけど、はいはい皆さん立ち止まらずにお進み下さい、というわけにはいかんだろうな。

「謹んでその役目、お引き受けいたします」

 しょんぼりと私は答えた。

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