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スマホアプリ女性向け恋愛ファンタジーゲーム『ラ・ギルランド』は弊社開発ゲームである。私はゲームの主幹開発部門ではなかったけど、同社内のことなので割とよく知っているし、結構面白かったからゲームもやった。社会的にも大変評判がよろしい乙女ゲームで、最終的にアニメ化した。やったね!
舞台は中世と近世、近代、現代のロマンチック部門いいところどり(身も蓋もない……)の王権国家クラロ。
主人公は王女ルイーズの侍女にして伯爵家令嬢、アデル。
微妙な関係の隣国マドリウ国の第一王子ベルナルドと当王家王女ルイーズの結婚が決まる。なんとベルナルド王子はルイーズ王女を迎えに来るのだ。もちろんベルナルド王子は王の名代としてまあいろいろ外交的な問題もしょってくる。
政略結婚なので諦め感はあるものの、ルイーズとベルナルドが仲睦まじければ、国家の関係もスムーズになるという目論見がある。そしてルイーズはいい子だしヒロインアデルもルイーズは好きだ。結婚までに両者心を通じ合い、幸福な結婚をして欲しい。
とはいえ、若干きな臭く、両国の安寧を願わないものもいるのでルイーズやベルナルドは命を狙われていたりもすることをアデルは知ってしまう。
そしてこの世界に巣くう悪魔。それらが何らかの目的があるような動きをしている。この世界では人は皆多かれ少なかれ悪魔祓いのパワーを持っている。聖職者はその力が特に強く、またその鍛錬に勤めなければならない。
アデルは悪魔祓いとしての能力も高めていく(これは、小物悪魔憑きとの対戦や、ミニゲームで能力値が上がるようになっている)。
もうここまででもワークライフバランス大丈夫?労基行く?と言いたいようなアデルであるが、それはそれとして、こいつは乙女ゲームなのである。
国内の要職にある若者、そしてベルナルドと一緒に来たマドリウ国の若者。彼らと知り合い、親密度を上げていく。そのシナリオ選択、悪魔祓いの能力値、好感度ゲージ次第でエンドが変わってアデルは誰かと結ばれたり結ばれなかったりする。
アデルは見た目こそ地味とされているもののキャラ造詣は普通に可愛い。
パステルがかった赤味を帯びた茶色の髪に、キラキラしている薄紅色の目。髪は王女の侍女らしく結い上げている。
ゲージが溜まって両思いになっても、その攻略キャラの所属がクラロ国であるかマドリウ国であるかでまた違ってくる。アデルがハッピーエンドの相手と一緒に王女に従ってマドリウ国に向かうエンドもあるし、気持ちは通じ合ってもクラロ国にアデルが残されるエンドもある。逆にクラロ国の攻略キャラで両思いになっても、ストーリーでアデルがマドリウ国に向かうことになり、切ないエンドになったりもする。
ミッション1は、ルイーズとベルナルドをお互いに好意を抱かせ、幸せな結婚にこぎつけること。
ミッション2は、王国の滅びに通じるような悪だくみ、また悪魔憑きの侵食を食い止めること。
ミッション3は己の推しメンとのハッピーエンドを成立させること。
それがこのゲームの要点だ。
もちろんバッドエンドもあって、ルイーズ王女やベルナルド王子が殺されてしまうと、最悪開戦エンドだ。これは詳細は省くが、攻略対象キャラはエンドロールのナレーションでみんな死ぬ。
……いうてゲームだし。
というところであるが、いや、今、私がいるの、体感としてはリアルワールドだから。紅茶もうまいし、夏は暑いし冬は寒いぞ。階段で転ぶと普通に痛いので、死ねば死ぬ。
ゲーム上、マルグリットは、滅びのラスボスである。
追放されたことで、現在の国王夫婦、その子供達への恨みを抱いているのだ。しかもまた彼女は悪魔祓いとしての能力が高かった。それを悪用して逆に悪魔と交渉、力を取り込み王国を滅びに向かわせようとするのだ。これが最終戦となり、アデルは攻略対象から選んだ一人と共にマルグリットと倒す。倒せなかったらゲームオーバーである(セーブしたポイントから再開可能だよ!悪魔祓いの能力値を高めてからリトライしてね!)。
さて。
聞いた話で私は考え込んだ。
アデル行方不明のままで、ゲーム展開が開始してしまうと、暗殺やら各種陰謀を止める人間がいないわけである。ゲームでもアデルが消極的で何もしないと、大体バッドエンド間違いなし。そのシナリオでアデルがいなかったら……?
嫌な予感しかしないな……。いや私が頑張る?マジかよ、国王夫妻に、一歩でも宮廷に足を踏み入れたらぶっ殺す、ぐらいなことは上品な包装紙で梱包された言葉で言われているこのマルグリットが?ドアTOドアでギロチン希望か。
ゲーム内でのいろいろな事件解決も、国王夫妻の信頼厚いアデルだからできたという気がする……。
いやーでも開戦エンドだったら、ここでののん気な暮らしが維持できる気もしない。誰かいないのか!アデルの代理であれやこれやを何とかしてくれるヒロイン。子細は問わない。大体私がこんな風にゲームのキャラに入っちゃってんだから、もう一人や二人そういう人間が居てもおかしくないような気がする。私本当に邪魔も介入もしないので、イイ感じにゲームの知識を使って解決してくれんかのう……。
いやまてよ?ルイーズ王女とベルナルド王子の結婚については、もう二人で頑張って愛をはぐくんで頂くしかないのだが、そもそも私が王宮に首を突っ込まなければ大丈夫なのでは?
ゲームではマルグリットは十年前に贅沢の限りを尽くしたわけだが、自分の信奉者や縁故にはそれ相応の見返りを与えていた。だから彼女に背を向けられない者もいまだいないわけではない。彼女はその信奉者を使って、まずは王宮に帰還することから今回の騒動は始まったのだ。マルグリットが余計なことをしなければ少なくとも国を滅ぼそうとする悪魔との契約は生じない。マッチポンプよろしくマッチ自ら水に飛び込んでびしゃびしゃになっておけばいいのだ。
私が戻らなきゃいいじゃん。よし、解決!
そりゃまあ、自分の会社が制作に関わったゲームなので、主人公であるアデルのことは心配ではある。でも今、これが現実世界なのだから私は私の身を守ることに全力を尽くしたいと思うのです。
修道院に静か~に籠城しようとしていた私のもとに書状を携えて、使者がやってきたのはアデル嬢の行方不明の噂から三日後だった。
なんとまあ、やべえ玉璽の印。
イザボー皇太后から招待状で国王の承認付き。王宮への招きの使者だった。