#9 ポルターガイストの館
赤髪のツインテールの女、北山美波はレイが住み着いている小屋に訪れていた。百円ショップで購入したプラスチック製の椅子に腰を掛け、木製の机に肘をつきながらスマホの画面をぼんやりと眺めている。
「今日は何をしにきたの? ここは君の暇つぶしの場所じゃないんだけど」
レイが冷たい目を向けながら美波に言った。
「あなたが全然動こうとしないから、こうしているだけじゃないですか。いい加減、自分が成仏するために何かアクションを起こしたらどうなんですか」
「……わかってるよ。明日か、明後日にでも京都に行こうと思ってる。ちょっとした知り合いがいるから、彼らなら何か助けになってくれるかも……」
美波からの反撃にレイは少し不機嫌になりつつ答えた。
「京都ですか! 私もついて行きます。……っていうか行く手段は考えているんですか?」
「飛行機にこっそり乗って行こうと思う。前に一度だけ飛行機で行ったことがあるから、たぶん、行けるはず」
「いいですね、飛行機。私、乗ったことないので楽しみです」
「……私が心配することじゃないけど、身分証とか提示を求められたらまずいんじゃないの?」
「え? ……国内の移動で身分証明書って必要なんですか」
「さあ。前に行った時、達海と春明どうしてたっけな」
軽く青ざめる美波をよそに、レイは少し昔のことを懐かしみ、どこか寂しげな表情を浮かべた。
「飛行機に乗る手段は少し考えておきます。置いて行かないでくださいよ、レイ」
美波は悲しげな表情で再びスマホの画面に目を向けた。
「いや、全然置いて行くけど……っていうかさっきから何見てるの?」
そう言ってレイは美波に近づくとスマホの画面を覗き込んだ。
「ワカサギマッチョくんの動画ですよ。この男のこと気になってしまって」
『ワカサギマッチョくん』。ユアームーブの底辺動画クリエイターである。美波とレイは先日、自らをこのワカサギマッチョくんだと名乗る白衣姿の男とファミリーレストランで相席になった。ただの底辺動画クリエイターというだけなら別段、気に留めることもなかったのだが、彼はまるでレイのことを見えているような言動をとっていた。
彼にレストランで会った翌日、美波は彼が住んでいるアパートを訪れた。一〇三号室の扉から顔を覗かせた彼に、美波は「この世のものではないものを見たことがあるか」とそれとなく聞いてみた。しかし、彼は「そんなものがこの世にいるのか。それならば、ぜひ動画にとってみたいね」と幽霊の存在を信じてはいないようだった。
「きっと私の勘違いだよ。君は気にし過ぎ」
「あんなこと言っておいて、数日後に投稿した動画のタイトルが『恐怖! ポルターガイストが起こる館でひとりかくれんぼしてみた』ですよ! この動画で起きている怪奇現象は自作自演なんでしょうか……」
「君の幽霊話に感化されて企画を思いついたんじゃないの?」
レイがふと小屋の扉の方へと目をやると、小学生くらいの女の子が立っていた。生者ではない、幽霊の女の子だ。暖かそうなクリーム色のコートを羽織り、デニムパンツを履いている。
「あの……!」
「どうしたの?」
レイは優しい顔をして女の子に近づいていった。
「あのね、お母さんの大切なものを見つけないとなの! 私、お母さんに黙ってお母さんの大切なものを持って行っちゃって……」
「ここにはどうしてきたの?」
「泣きながら歩いてたら、優しいお兄ちゃんが『ここに居るお姉ちゃんに話せばきっと助けてくれる』って」
優しいお兄ちゃん……誰だろうか? レイがそんな疑問を頭に浮かべていると奥で動画を見ていた美波が話しかけてきた。
「大切なものってなんなんですか?」
「ピンクのブレスレット!!」
「君、名前は? それとピンクのブレスレットがどこにあるかわかる?」
レイの優しい問いかけに、女の子は首を横に振った。
「また、難しい依頼が来ましたね」
美波が軽くため息を吐くと、女の子は「あ!」と声を出して美波のところへと走って来た。女の子は背伸びをして美波が持っている動画の再生され続けたスマホの画面を覗き込む。
「私、この動画知ってる! お母さんの大切なものここに置いてきちゃったんだ」
女の子の言葉に美波とレイは顔を見合わせた。
時刻は午後五時を過ぎようとしていた。空は既に暗くなっており、冷たい風が吹き込んでいる。ある森に佇む不気味な館の前には、白いトレンチコートを羽織った女が二人と、アサルトスーツを見に纏った男が十五人、集まっていた。
「これから、こ、この館の調査を開始します。ま、まずは作戦通り、オクシラリーの三部隊が一階から最上階までの各階を、それぞれ調査してください。目撃情報のあった腕のない少女の悪霊を発見したという報告を受け次第、わ、私たちは本命を叩きに突入します」
小柄でボサボサな黒髪を肩まで伸ばした女、姫川若菜が男たちの前に立ち、震える声で指揮をとった。
『了解です!』
オクシラリーたちは、前に立つ若菜と赤縁メガネをかけている天馬花蓮に向かって敬礼をする。
「で、では突入してください!」
若菜の掛け声を聞いたオクシラリーたちは一斉に館の中へと突入していった。
「うう、怖いよー、花蓮ちゃん」
「大丈夫、私もついているからね、若菜先輩」
花蓮は泣きながら擦り寄ってくる若菜の頭を「よしよし」と撫でた。
そんなGHたちの様子を、天狗の面を被った真っ黒な男が、木の枝の上から覗いていた。
「今日はお友達がたくさん来てくれたみたい。みんなお揃いにしてあげるね」
館のある一室。その床には夥しい数の腕のない死体が、腐敗臭を漂わせながら転がっている。