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#7 これからのこと

「警察です!! 抵抗せずに速やかにその場に座りなさい!」


 警察手帳を突き出した美波が大きな声で叫んだ。

 突然のことに驚いたヤクザたちは、その場で固まってしまった。悠太も美波の方を見て動きを止めた。

 美波なそんなことを気にせずに川崎の元へとすたすた歩いて行く。


「その人、どうしたの」


「あっ……あいつに、山谷に撃たれたんだ」


 川崎組の組員の一人が動揺しながら答える。美波は川崎の腹部の傷を確認すると、彼の口元に耳を近づけた。


「まだ微かに息がある……。あなたは早く救急車を呼んで。まだ助かるはずです。それからなるべく綺麗な布で患部を抑えて、血の流れを止めて。早く!」


 美波の言葉を聞いて川崎組の組員たちはパタパタと動き始めた。すると、山谷が美波に向かって訝しげに口を開く。


「てめぇ、どこから入ってきた」


「そこの窓ガラスを割って入ってきました。あなたの屋敷はすでに警察に包囲されています。大人しく投降しなさい」


 もちろん美波の嘘である。屋敷の周りには人ひとり居やしない。

 これで皆が大人しくしてくれればいいと考えていた美波だったが、そんな思いとは裏腹に山谷組の組員の一人が美波に向かって殴りかかってきた。


「ふざけんじゃねーぞ、てめぇー」


「はあ、これだからヤクザは」


 美波は小さくため息を吐くと、殴りかかってきた組員の腕を掴み、それを軽く捻ってやった。「いてててて!」という組員の悲痛な声が響く。


「芸が無いですね」


 美波が冷たく言いながら組員を突き飛ばすと、他の組員、四人が美波に向かって殴りかかった。それを美波は素早い動きで髪を揺らしながら、いなしていく。


「お嬢ちゃん、どっかで見たことあるなと思ったら、昨日、銃の運び屋やってたお嬢ちゃんじゃないの」


 美波が声の主に目をやると、昨日散々追い回してきたスキンヘッドサングラスが立っていた。警察に捕まってなかったのか、と渋い顔をする美波にスキンヘッドサングラスが続けて言う。


「お嬢ちゃん、結構強いんだね。まさか警察だったなんて。捕まる前に昨日の恨みを晴らしてやるよ」


 スキンヘッドサングラスがスラックスの後ろポケットから銃を取り出した。それを見たレイが「危ない!!」と叫ぶ。

 銃口が美波に向けられて引き金が引かれる。


「神器発動」


 銃の発砲音がしたとほぼ同時に銃弾がはじかれる音がした。美波が顕現し、前に構えた矢の神器によって銃弾がはじかれたのだ。呆然と立っているスキンヘッドサングラスに美波が矢の先を向ける。


「舐めるなよ」


 スキンヘッドサングラスはその場にへたり込んでしまった。


「さて、あなたの組員たちも無力化しました。大人しく投降してくれますよね、山谷蓮さん」


 震える手でこちらに銃口を向けている山谷を、美波は睨みつけながら言った。すると、山谷は力が抜けたように銃を落とし、その場に座り込んだ。


「わかったよ。もう抵抗しない。さっさと連れて行け」


「あなたは賢い判断ができる人でよかった」


 そう言って美波は神器の発動を解いた。

 外からはサイレンの音が聞こえてくる。美波は座り込むレイの側に行った。


「大丈夫ですか、レイ。立てます?」


「大丈夫……」


 レイは少し蹌踉めきながらその場に立ち上がる。


「救急車が来たみたいですね。もうすぐ警察も来るはずです。厄介なことになる前に私たちは行きましょう。悠太くんは……」


 悠太は川崎組の組員と共に父の側にいた。彼から黒いオーラはとっくに消えていた。


「俺は、親父のそばにいるよ。お姉さんたちのおかげで親父の気持ちを知ることができた。……ありがとう」


 そう言って悠太は美波とレイに向かって軽く笑いかけた。きっと彼はもう()()()なんだろう。


「それじゃあ、行きましょうか」


 美波とレイはこっそりと屋敷を後にした。




 悠太と別れてから数日が経った。


「さあ、今日こそ作戦会議をしましょう。レイも少しは考えてください。あなたのためなんですから」


 とあるファミリーレストランのテーブル席、やる気満々でいる美波の対面には気だるそうにあくびをするレイが座っていた。


「そんなに張り切らなくても……。第一なんでファミリーレストラン(こんなとこ)でやるの? 危ないよ」


「大丈夫です。お客さんも全然いないですし、何よりここは安く腹が膨らみます」


 美波の言う通り、昼間であるというのに辺りには客一人居なかった。いつものことながら、なぜここは潰れないのだろうかと、レイは杞憂する。


「全く……一人で食べに来てよ」


 机に突っ伏したレイはポツリと「悠太くん、大丈夫だったかな……」と呟いた。


「きっと大丈夫ですよ。川崎が腹に撃ち込まれていた弾丸は急所を外れていました。一命は取り留めているはずです。悠太くんも今頃とっくに成仏? してるんじゃないですか」


 そう言って美波は、テーブルに運ばれてきたペペロンチーノをフォークに巻き付けて、口へと運び入れる。


「だといいけど」


「まあ、私はあんなのでも成仏できるのであれば少し複雑な気分です。いくら子どもと言えど、結局は犯罪者ですからね。今回の悠太くんに関しては、家庭環境の所為で捻くれた少し可哀想な子だとは思いましたが……」


 美波は神妙な面持ちで言った。美波はどのような環境で育とうが決して人としての道は外してはいけないという考えを持っていた。

 どれだけ辛い環境で育とうが頑張って真っ直ぐに生きている人たちは大勢いる。『環境が悪かった』だなんてただの言い訳だ。


「だからこそ、周りの人たちが早く気づいて手を差し伸べてあげないといけないんだよ……」


 レイは机に伏したまま言った。


「……確かに、そうですね」 


 コップの水に浮かぶ氷が、少し溶けて“カラン”と音が響く。

 悪者は報われてはいけない。救われてはいけない。むしろ酷い目に遭わなければいけない。そんな正義感が美波の中にはあった。

 『悪者だからこそ救わなければならない。もっと言えば悪者に堕ちる前に救わなければならない』

 きっとレイの考え方はそうなのだろう。本来、警察という組織もそういうものだったはずなのだ。

 美波はレイの言葉を美しいと感じ、それと同時に、自分が今まで信じ貫いていた考えが酷く醜く感じた。自分の考えは間違っているのだろうか?



「あっ、君は……同じ席いいかい?」


「え? あ、ちょっと」


 美波が考え事をしていると、白衣姿の男が突然現れた。そして、美波が返事もせぬ間に、白衣姿の男が美波の目の前、レイの隣の席に座ってきた。


「あ、あなたは……!」


 目の前に座ってきた金髪おかっぱで童顔の男、それは数日前に訪れたアパートの一〇三号室から出てきた男だった。


「その節はすみませんでした」


「いやいや、別に咎めようって訳じゃないんだよ。前に見たことある子が、たまたま居たから声をかけただけで」


 頭を下げる美波に、白衣の男は優しく笑いかけた。その間も、レイは机に突っ伏し続けている。


「あっ、でも少し話し相手になってくれるかい。待ち人が居てね、暇なんだ。もう少しで来るとは思うんだけど」


 少し面倒な人が絡んできたなという思いを胸の内にしまい込んで、美波は男の話を聞き入れた。

 男は店員を呼んでドリンクバーとバニラアイスを注文すると、一度席を外し、気泡を発生させる鮮やかな緑色の液体を持って戻ってきた。そして、男が席に着き、白衣のポケットからスマホを取り出すと、美波に向かって画面を見せてきた。


『どうもー、海族の皆様ー! ワカサギマッチョくんです! 今日も張り切って行きましょう』

 

 画面には気持ち悪るい魚のお面を被り、白衣姿の細身な男が映し出されていた。


「これがどうしたんですか?」


 突然に訳のわからない映像を見せられた美波は、男に白い目を向けた。


「何を隠そう、実はこれ、私なんだ」


「……そうですか。それで、こんなこと言うのもあれですけど、なんでこんな変なビデオ撮ってるんですか」


「ええ! まさか。ワカサギマッチョくんをご存知ない? 今子供たちに大人気の動画クリエイター、ワカサギマッチョくんを」


「すみません、存じ上げないです。というか、本当にこんな怖い魚のお面被った人が子供たちに人気なんですか」


 美波が男に今度は疑いの目を向けた。


「ああ、ショックだなあー。少し人気が出てきたと思ったけど、まだまだだな」


 男は全然ショックを受けていなそうな、涼しい顔でそう言いながら、店員が運んできたバニラアイスクリームを緑色の液体が入ったコップに滑り込ませる。


「わざわざ自分で作るんですね、その……クリームソーダ」


 美波は少し顔を顰めさせて言った。美波の言葉にレイがピクリと反応する。


「ん? ああ、これのことかい? 珍しいよね、こんなことするの。私の知り合いがね、よくこうするんだ。ここの店のやつはこうすると美味いって。私もやってみたらね、本当に美味しくてびっくりしたんだよ」


 男はそう言ってバニラアイスをスプーンで掬い取ると、自分の口へと運んだ。


「でもそうかー、私のこと知らなかったかー。ぜひ今度、観てみてよ。面白いからさー」


「わかりました。……今度機会があれば観てみます」


「本当に? いやー嬉しいな。みんなが応援してくれたら私のやる気も上がるからね」


 男はとても嬉しそうにそう言った。

 この人は動画の作成に本気で取り組み、皆んなに見てもらえることが本当に嬉しいんだろう。美波は、物事に真剣に取り組むこの男のことを少し羨ましく思った。


「あの、あなたは動画を作ることが仕事なんですか?」


「うん? まあ、そうだね。仕事には繋がるよ。そうだ、そう言う君はどんな仕事をしているんだい?」


 美波は男の質問にドキッとした。

 仕事かなんて聞かなきゃよかった。もし、私が元警察官で今は警察に追われていることがバレてしまったらどうしようかと。しかし、指名手配されているわけではない。きっとこの男は私が追われているなんてことは知らないだろう。美波は軽く話す分なら問題ないと判断した。


「みんなを……都民の皆さんのことを守る。そういった仕事をしていました」


 美波はそう言って、一度大きく空気を吸い込んだ。


「でも、もうやめてしまいました。周りのことが信用できなくなって。自分の仕事が皆さんの助けになってるのかすら、わからなくなってしまって」


「そうか。それは辛かったね」


 悲しそうな顔で話す美波に男は優しく相槌をする。


「私もね、何度も辛い経験をしてきた。だから、今では時に逃げ出すことも大切だと思っている。ただ、進みたい道にある障害から目を背け続けることは良い事じゃない。それじゃあ、いつまで経っても真っ直ぐに進むことはできないからね」


 男はそう言って目を横にやると、何かに気がついて立ち上がった。


「待ち人が来たみたいだ。こっちまで来ればいいのに。ごめんね、彼はシャイなんだ」


 入り口の方へと向かおうとした男は、すぐに美波の方に振り返った。


「君はまだ、みんなを救う仕事をやりたいかい?」


 美波は少しだけ考えてから男に返事をする。


「はい。きっと、それが私の性分に合ってますから」


「そうか、君ならきっと大丈夫だ。君はいい目をしている。私も動画作成頑張るよ! 君たちも頑張ってね!」


 男は手を振りながら店から出て行く。美波は初め、男のことを愉快な奴だと思っていた。しかし意外と芯のある奴だったなと感心する。そして、自分と同じか年下ほどの年齢に見えた男に励まされてしまったことを少しだけ恥ずかしく感じた。

 美波がそんなことを考えていると、今まで何も言わずに突っ伏していたレイが突然起き上がった。


「わっ、びっくりした。どうしたんですか」


「さっきの男、『君()()も頑張ってね』って言ってた……」


 強張った顔のレイが、そう言ってすぐに壁をすり抜けて店の外に出たかと思うと、少しして、またすぐに美波の元へと戻ってきた。

 

「もう、近くには居なくなってた」


「そう……」


 先ほどの男にはレイのことが見えていたのだろうか。だとしたら、いったいなんのために私たちに近づいてきたのだろうか。美波たちの頭に疑問と不安を残したまま、男は姿を消してしまった。




「君も彼女たちに会って行けばよかったのに」


 白衣の男が歩きながら、横を歩く黒いパーカーを羽織る男に話しかけた。

 黒パーカーの男は大きな目で、目の下には真っ黒なクマを携えている。クマさえなければ可愛い系アイドルと言われてもおかしくないという顔立ちだ。

 

「僕は大丈夫です、会わなくても」


 すると、黒パーカーの男の近くに三毛猫が歩いて来た。

 黒パーカーの男は、自分の足元に近づいてきた猫を軽く撫でる。


「前から思ってたんだが、それ、趣味が悪いと思うぞ」


「いいんですよ。……必要なことです。それより、次の動画はどうするんですか? るいさん」


「そうそう、ある森にね、怪奇現象の起こる館があるらしいんだ。なんでも腕のない少女の幽霊がポルターガイスト現象を起こしているという」


 楽しそうに話す白衣の男に、黒パーカーの男は「へぇー」と相槌を打つ。


「きたぞー、次の動画のタイトルはこうだ! 『恐怖! ポルターガイストが起こる館でひとりかくれんぼやってみた』 うん。すごくいい! そうだろう?」


「そうですね。いいんじゃないですか」


「おい、適当に返事してるんじゃないか?」


「そんなこと……ないですよ」


「そうか……まあいい。帰ったらさっそく準備に取り掛かろう。相棒!」


 賑やかな男と静かな男は、話し合いを続けながら一本道を歩いて行った。

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