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#57 怪物

 GH本部の西南側、GH本部に訪れようとした美波は、目的地を目前にカモクと鉢合わせた。

 カモクが美波に向かってゆっくりと近づいてくる。


「カモクちゃん! ワカサギマッチョくんの……白天狗くんの動画見ましたか!? みんなは……みんなは無事なんですか!?」


 美波からの問いかけにカモクは何も言わずに美波の方へと近づいてくる。


「あっ、申し訳ございません。もちろん私が許されないことをしたというのはわかっています。こんな謝罪では済まされないことも。でも、少しだけ話を聞いてください! 天池達海は! 幽霊たちは……!!」


 それでもカモクは無言のまま。美波のすぐ側にまでやって来て……


 とすん。


 美波は腹部に痛みを覚えて、下を覗いた。

 カモクの手に握られている棘の神器のような武器。その先端が美波の腹部に軽く突き刺さっている。そこから真っ赤な血が滲み出て、真っ白なトレンチコートをじわじわと染め上げていく。


「え?」


 美波は訳もわからずカモクの顔を見つめた。カモクの顔は美波に対してなんの感情も持っていないような真顔だった。いや、感情を表現することを諦めてしまったのか、あるいは忘れてしまったのか。その人形の様な表情から、微かにではあるが美波は怒りの様なものを感じとった。

 美波の目からは一筋の涙がこぼれ落ちる。


「君の所為で計画が狂った。君が達海を逃さなければ、事はもっとスムーズに進むはずだったのに……。死んでいいよ」


 カモクの腕に力が込められたその瞬間、武器を持っているカモクの腕は、黒いオーラを放つ手に掴まれた。その黒いオーラを放つ手の持ち主を一目見ようと、カモクが顔を上げる。

 

「うおおおおおおお!!」


 カモクが手の主をしっかりと目で捕える間もなく、カモクの頬には重い拳が叩き込まれた。その勢いのまま、カモクは吹き飛ばされて木の幹に衝突する。

 

「来てくれたんですか! レイ!」


 美波は自分を助けに来てくれた死装束姿の半悪霊、レイに笑顔を向けた。


「君が危なっかしいから……様子を見に来ただけ」


 そう言ってレイは、恥ずかしそうに美波から顔を背けた。


「それで、今どういう状況? お腹は大丈夫なの?」


 次にレイは美波の赤く染まった腹部を見て、顔を顰めさせた。美波にはその表情が静かな怒りを孕んでいるようにも見えた。


「お腹の傷は、浅いので大丈夫なはずです。まさか、元同僚に出会ってすぐに刺されるとは思ってもみませんでした」


「そう。君が殺される前に追いつけてよかった。……君、本当に殺されるかもしれなかったんだよ。何せ、彼女が君の同僚……GHの大輝って人を殺した張本人だからね」


 美波は少しだけ目を見開いてから、すぐに顔を俯けさせた。

 昨年の春、ある大学にカモクと共に出向いた同僚が殺害された。その後すぐに容疑者は拘束され、GH本部内にある牢獄へと監禁された。美波の実の従兄弟である天池達海が。

 彼は、無実を必死に訴えていた。大輝を殺した人物は自分ではなく、カモクであるということも。美波は彼を逃した後もそれが本当のことであると信じきれずにいた。

 結局何も……何も私はわかっていない。裏で何が起こっているのか。何が嘘で、何が真実なのか。

 あの時、達海を信じることができなかった罪悪感がチクリと美波の胸を痛める。


「そうですか……達海が言っていたことは、本当だったんですね。まさか、彼女が……」


「今は、反省なんてしている暇はないよ」


 レイの言葉を聞いて、美波はカモクが飛ばされた方に目を向けた。

 彼女は表情を崩さずに立ち上がり、真っ直ぐにこちらのことを見つめていた。まるでその目に吸い込まれてしまうのではと錯覚するほどに美しく、真っ直ぐな目で。


「結構な力で殴り飛ばしたのに、全然効いてないみたい。……ねえ、あの人が使う神器はどんな武器なの?」


 レイからの問いに美波は一瞬言葉を詰まらせた。


「……わからない」


「わからない? 同僚だったんじゃないの?」


「わからない……というより、私が知っている彼女は神器を持っていないはずなんです。今も彼女は神器を扱うための指輪もしていない。……それじゃあ、あの武器、どこから出した?」


 そう言って美波は目を見開いた。カモクの手の中には、先ほどの棘の神器は既にない。発動を解除したのだろうか。

 カモクがゆらりと体を動かしてこちらに向かってくる。すると彼女の手には、鏑木剛が使っていた神器と同じ、斧の神器が現れた。何処からともなく、突然に。カモクは白髪を揺らしながらゆっくりと歩み、美波とレイのすぐ目の前にまで迫っている。


「神器発動!!」


 美波は慌てて弓矢の神器を顕現させた。弓を両手で構え、握の部分でこちらに向かって振り下ろされた斧を受け止める。

 カモクのその小柄な体からは想像できない力に、美波は顔を歪めた。


「そのまま押さえてて」


 レイが美波の脇から、カモクに向かって突きを繰り出した。しかし、その拳はカモクの体にぶつかることはなく、突如出現した虹色の盾によって防がれる。まるで即席で作り出したような、歪な楕円形の盾に。

 レイの拳が虹色の盾に触れた瞬間に、その拳からは煙のようなものが昇り、レイは激しい悲鳴をあげた。


「ああああああああああああああああああああああああ!」


「レイ!」


 美波が叫ぶ。どうやら、やはり彼女が使う武器は神器と同等の効果があるようだ。

 レイはすぐに盾から拳を離すと、カモクに向かって回し蹴りを繰り出した。しかし、蹴りがカモクに当たる直前に、カモクを守るように新たな盾が現れる。

 それを目視したレイは、足をピタリと止めて、盾に足が当たることを回避した。中に浮いていた盾が地面に落ちて、ボンという鈍い音を立てる。


「大丈夫ですか? レイ」


 美波が力んだ声でレイに問いかける。その間にも、カモクはじりじりと斧の刃を押し寄せてきていた。腹の傷がズキズキ痛む。


「なんとか……大丈夫」

 

 そう言うレイの手足からは、いつもより一層強まった黒いオーラを放出させていた。全然大丈夫ではないじゃないかと、美波は顔を顰めさせる。


「カモクちゃん……どうか話を聞いてください! GHでは今、何が起こってるんですか。あなたはどうしてこんなことをしてるんですか。この武器は……一体なんなんですか」


 美波の苦し紛れの質問に、カモクは真顔を保ちながら淡々と、答えにならない答えを答えた。


「君、質問は一つにしてくれないかな。僕のことを君に教える必要はない。それに、君も本当にしつこいよ」


 そう言ったカモクの目線は、すでに美波から外れていた。彼女の視線の先は美波の後方。そこでは、レイが拳を構えている。


「頭、右にずらして!!」


「え!? はい!」


 レイに言われるがままに、美波は首を右に傾ける。

 すると、レイの拳は美波の頭を貫通して、カモクの顔面にヒットした。

 突如目の前に現れた腕に、「ぎゃあ!」と美波が小さく悲鳴を上げる。てっきり頭の左脇から拳が飛んでくるものかと思っていたら、まさか自分の頭を透過してくるなんて。

 美波はレイの攻撃に少し腹が立ったが、彼女のブラフは効果覿面だったようだ。盾に阻害されることなく、カモクにレイの攻撃が通った。


「ちょっと、もう少しいい方法はなかったんですか!」


「仕方ないでしょ」


 すると、カモクは自らの顔に打ち込まれた腕を掴んだ。そして、一瞬動揺の表情を見せたレイを向こうに放り投げる。

 そして、カモクは片腕で斧を持ったまま、もう片方の手に銃の神器を顕現させた。銃口がレイの体を捉える。

 美波からカモクの意識が逸れた隙に、美波は斧の神器を振り払った。そしてすぐに矢を顕現させて弓で引っ張ると、近距離でカモクが銃を持つ腕に命中させる。

「いたっ」と真顔のまま小さく言うカモクの声と共に、彼女が持つ銃は地面に転がった。


「レイ!!」


 美波がレイに駆け寄る。

 尻餅をついているレイは目を泳がせ、唇を震わせてひどく動揺しているようだった。


「立てますかレイ? ……レイ?」


「講義室の時と同じだ。透過ができない。強制的に触れられる。達海と同じ……。なんなの……。なんなのこれ!」


「レイ……」


 美波が心配をする間もなく、向こうからは「ああ!」という叫び声が聞こえてきた。美波が、叫び声の主に目を向ける。

 どうやら、カモクが手に刺さった矢を抜き取ったようだった。彼女の傷口からは煙のようなものが昇っている。


「は?」


 美波は混乱した。あの怪我は、幽霊が神器で傷つけられた際に起こる特有のもの。それが、カモクの体に起こっている。ならば彼女は幽霊? いや、そんなはずはない。彼女は生者から普通に認識されていたし、食事だって普通に摂っていた。現世の物体も何食わぬ顔で扱っていた。ではあれは一体なんなのか。

 美波は、得体の知れない化け物を見るように顔を強張らせた。


「ああ、神器でつけられた傷は、なかなか治らないからやめて欲しいんだけど」


 カモクがギョロリと美波に視線を向ける。その異様な視線に美波は「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。


「やだな。そんなお化けを見るみたいな目で僕のことを見ないでよ」


 カモクがゆっくりとこちらに近づいてくる。

 怯える美波の横で、レイは拳を構えた。その拳も小さく震えている。


「僕はさ、これから来るAster()のことも、向かい打たない行けないから余計な消耗はしたくないんだよね」


「なんなんですか……あなたは一体……なんなの!!」


「僕? 僕はさ……」


 震える声で問いかけた美波に、カモクは少し首を傾げてから左腕を斜めに上げた。彼女の背中からは、白色の左翼が現れる。たくさんの白い羽がふわふわと舞い、地面に落ちていく。その姿は儚げで美しく、そして恐ろしくもあった。


「天使だよ」

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