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#54 陰陽師の娘

 生前の記憶は無い。しかし、ふとしたとき頭によぎる灰色の着物の大きな背中。ずっとこの背中を追いかけ続けていた気がする。いつか……いつか、彼の隣に立てるように——




「それじゃあ、うちも本気見せちゃおうかな! 来い、朱雀!」


 星奈はキリッとした笑顔で、右腕を前に突き出して叫んだ。


 すると、朱色の美しい鳥が星奈の背後から現れて、オクシラリーたちに向かって飛んでいく。

 今まで相手していた鷹とは比べ物にならないほどに強敵であると瞬時に察した御子柴は、怒鳴るように声を上げた。

 

「お前ら! 武器を構えろ!!」


 御子柴の叫び声に、オクシラリーたちは体の前にサバイバルナイフを構えた。

 彼らの数センチ上空を、二メートル以上はある大きな鳥が枝木を躱しながら素早く通過していく。羽ばたく風で吹き飛ばされてしまいそうな体を、オクシラリーたちは必死になって踏ん張らせた。


「なんなんだ、今の鳥は……」


 腕で覆っていた顔を上げながら、御子柴は呟く。


「鷹のように美しく舞い、颯爽と仕留める。これがウチの戦い方。さあ、いくよ!!」


 星奈はその場で足踏みをするように軽くステップを踏むと、オクシラリーたちに向かって走り出した。その後ろからは、彼女の式神である鷹が三羽。浅く、そして速く羽をはためかせながら続いてくる。


「奴を仕留めるぞ!」


 御子柴の掛け声で、オクシラリーたちは一斉に体勢を整えた。鷹を三羽引き連れて、ただ、こちらに向かって突っ込んでくる彼女にすぐ斬りかかれるように。

 星奈が、御子柴のすぐ目の前に迫り来る。御子柴は星奈に向かってサバイバルナイフを薙ぎ払った。すると、星奈は即座にバックステップを踏み、ぎりぎりのところで躱してみせた。そして御子柴がナイフを振り切ったタイミングで、再び逆方向に地面を蹴り、一気に駆け抜けて彼の体をすり抜けていった。


「なっ!!」


 御子柴が驚嘆の声を上げるなか、三羽の鷹たちも御子柴の左右を通過していった。

 すぐに御子柴の後方に居た部下たちが星奈目掛けて、サバイバルナイフを斬りつける。しかし、星奈はそれらの攻撃を華麗に躱し続けた。躱し続けて、隙が生まれたところで三羽の鷹たちがオクシラリーの鳩尾や後頭部に嘴や爪で攻撃していく。攻撃を受けたオクシラリーたちが次々に倒れていく。

 その星奈の戦う様は、まるでステージ上でバレリーナが優雅に舞っているようであった。

 そのあまりに美しい動きに一瞬見惚れてしまっていた御子柴であったが、すぐに部下たちに向かって指示を叫んだ。


「式神使いはただの陽動だ!! まずは鷹の式神を狙え!!」


「「はい!!」」


 まだ戦場に立っている四人のオクシラリーが、標的を星奈から鷹へと変更した。鷹に向かってサバイバルナイフを斬りつける。


「いいのかなぁ? それで」


 オクシラリーの振ったナイフが、鷹に接触するよりも前に、三羽の鷹たちは全てパッと姿を消した。攻撃が空振り、体勢を崩した四人のオクシラリーに向かって、先ほど飛び去っていった朱雀が、蜻蛉返りで次々に突進していった。

 四人のオクシラリーは倒れ、御子柴の部下たちは全滅した。


「さてと、これでやっと一対一だね」


 地面に止まり羽を休める朱雀の横で、星奈は御子柴に向かってニヤリとして見せた。


「はっ、冗談きついぜ」


 御子柴は額に冷や汗を伝わせながら、乾いた笑い声を上げる。こんな化け物じみた式神とどう戦えばいいのか。御子柴には打開策が全く浮かんでいなかった。 

 このままでは確実に負ける。だったら最後に、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみよう。

 御子柴は彼女に向かってゆっくりと口を開いた。


「なあ、前にも聞いたがどうしてこんなことをやってるんだ? GHになんてちょっかい出しても碌なことにはならないだろ。除霊される危険を犯してまで、なぜ俺らに関わろうとする」


 御子柴からの質問に、星奈は一瞬だけ驚いた顔をしてから、すぐに難しい顔をした。


「うーん。なんて言ったらいいのかな。このままだと、良くないことが起こるから」


「良くないこと? 確かに、GHは幽霊たちにとっちゃ良い組織ではないだろうよ。でも、あんたらが悪いんだぜ。死んだのに未練たらしくこの世で悪さしやがって」


「そうじゃなくて!! このままじゃ、この世界がめちゃくちゃになっちゃうかもしれないんだよ……。GHは騙されてる……みんな操り人形状態だって……ゼロちゃん言ってた」


「騙されてる? そんな訳ないだろ。あんたの方こそ、そのゼロって奴に騙されてるんじゃないのか? 邪魔な俺らを倒すように、あんたが良いように使われてるんじゃないのか?」


「違う!! ウチは進んでゼロちゃんに協力してるんだよ。あの人は本当に優しい人だから」


 星奈は目を細めて少し微笑むと、話を続けた。


「きっと今、君に話をしたってすぐに理解してもらえないと思う。だから少しだけ強行手段をとっているだけ。だから……大人しくなってもらうよ」


 星奈は御子柴の目を真っ直ぐに見た。隣に留まっている朱雀が「ピイイイイイ」と天に向かって鳴き声を上げる。


「そうかい。それじゃあ、最後に少しだけ抵抗させてもらうとするかな!」


 御子柴がサバイバルナイフを構えて、そして星奈に突撃していく。


「うおおおおおおおお!!!!」


 しかし、それは朱雀に阻まれて、彼はあっという間に地べたに横たわった。

 御子柴が仰向けに寝そべり、木々の隙間から天を見上げる。


「さて、俺らは一体、どうなるのやら。ゼロとかいう奴に生贄として捧げられるのか?」


 御子柴が星奈に冗談半分っぽく笑ってみせる。


「そんなことしないって。それに、勘違いしてるみたいだから言っておくけど、幽霊って案外悪い奴ばっかりじゃないんだよ」


 そう言って星奈は軽く笑った。


「へえ、それじゃあその言葉、信じてみることにしようかな」


 御子柴は目を閉じた。晴れやかな微笑みに温かい木漏れ日が注ぐ。

 完全な敗北。しかし、なぜだか清々しい気持ちでいっぱいだった。

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