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#52 かっけえなあ

 洋二は大きく鎖を振り翳した。

 鎖に繋がれた鉄球が道路脇で座り込む女性目掛けて飛んでいく。

 急いで女性の元へと走っていたアクタは、洋二に背を向けて彼女を抱きかかえた。

 鉄球がアクタと女性の目の前にまで迫る。

 アクタは、もうだめかもしれないと思い、ぎゅっと目を瞑った。

 ……しかし、アクタの耳に届いたのは鎖がピンと張り、金属が擦れる音。その刹那、鉄球はアクタの数センチ手前でピタリと止まり、そのまま地面に落ちていった。

 ゴンという鉄球の落下音を聞いて、アクタはゆっくりと目を開く。そして、洋二の方へ振り向くと、彼は眉間に皺を寄せて涙を流していた。


「俺には無理だ。俺がお前に追いつくことなんて一生できやしない。悔しいけどさ。……やっぱり、かっけえなあ」



 洋二は、涼夜が死んだ時のことを思い出した。あの時だってそうだ。見ず知らずの人のために、身を投げ出してまで助けに入る。あの時、自分は女の子のことを引っ張って行く悪霊の存在に恐怖するだけで何もできなかった。そんな自分のことが、洋二は憎らしかった。

 涼夜は洋二が知っているモデルの中で誰よりもかっこいい存在だった。憧れだった。しかし、目指すべき目標はいなくなってしまった。モデルを続けることは、ただ虚しいだけだった。だから辞めた。

 それからは、アルバイトを転々としながら生活していた。しかし、何をやっても長続きはしなかった。昔のように……あの頃の、目標に向かってがむしゃらだった時のように気力も、熱意も湧くことなんてなくなってしまった。

 そんな中、十四年前、自らを陰陽師の末裔と名乗る胡散臭い男と出会い、警察で働いてみないかという勧誘を受けた。昔から見えていたこの世のものではない存在。それらを狩りとる仕事。

 生活に困っていた洋二は勧誘を受けることにした。しかし、すぐに後悔することとなる。除霊禁止令というものが下され、そのリストの中に見知った顔があったからだ。そう、憧れ、常に背中を追いかけていた涼夜の顔が。洋二はGHもすぐに辞めようと思った。けれど、上層部からの圧力により、それは叶わなかった。

 仕方がないので県外での仕事を受け続けた。そうすれば、東京で暮らしていた涼夜の幽霊に出会う可能性は限りなく小さくなると考えたからだ。

 しかし先日、東京に戻って来いとの命令が局長(胡散臭い男)から下された。そして、戻ってきた矢先にこれだ。憧れの存在に、ライバルだった存在に、良き友だった存在に鉢合わせてしまった。なんて不運なのだろうか。



「無理無理。やめだ」


 洋二は神器を解除した。そして、座り込むアクタと女性にゆっくりと歩き、近づいていった。


「あの時の子、どうなった?」


 アクタが静かに口を開く。あの時の子とは、海に流されていた女の子のことだろうと洋二はすぐに察した。


「お前のおかげで無事だったよ。後先考えずに助けに行くなんて、バカだよな」


「そうか。よかった」


 アクタは心の底から安堵したように微笑んだ。


「本当に馬鹿かっけえよ、お前は。…………もう俺たちには関わるな。こんなやばい組織(GH)にお前みたいのが関わっちゃいけねぇ」


「まさか、君がGHになっていたとはね……。なあ、洋二。GHはどうして幽霊を狩る? 何が目的なんだ?」


「さあな。俺も詳しいことはよく知らねーよ。だけど、上層部の連中は人間の魂、『霊魂』を使って何かをしようとしてるらしい。どうせ碌でもないことをするつもりなんだろーよ」


「そうか……それじゃあさ、『ピエロ』の悪霊は知ってるか?」


「ピエロ? ……ああ、一年くらい前に、お前らが一緒になってGH本部に乗り込んだんだろ? その時に除霊されたって話は聞いてるが……お前の仲間だったらあまり気分のいい話じゃねーよな。悪い」


「いや、いいんだ」


 そう言ってアクタは静かに首を横に振る。


「……そうか。まあ、俺はお前らを見逃すからよ。本部にばれたら首が飛んじまうな。まあ、本部もゴタゴタしててそれどころじゃないか」


「ゴタゴタしてる?」


「ああ、なんでも天狗の幽霊に狙われているらしくてな。今、次々にGHが失踪してるんだわ。……おっといけねぇ、これ以上内部の情報漏らしたら本当に殺されっちまう」


 洋二は歩みを始めると、背を向けながら右手を挙げてひらひらとさせた。


「じゃーな。もう関わるんじゃねーぞ。あ、それと『総合富山病院』に行け。ちゃんと親孝行して来い」


 アクタは洋二からの言葉に目を丸くさせた。母親はまだ生きている、と。


「ありがとな! 洋二!」


 アクタは、去っていく洋二の背中に向けて感謝の言葉を叫んだ。




「マッチョ大丈夫か?」


「ああ、すまない。不甲斐ない姿を晒してしまったな」


 アクタはマッチョに手を差し伸べて、彼のことを引き起こした。マッチョの手の甲からはすでに煙のようなものは昇っていない。

 助けた女性もようやく動けるようになり、アクタとマッチョに礼を言うと、どこかに去っていった。


「しかし君の生前の友人がGHになっていたとはな! ハハハ!」


「本当にびっくりだったよ。まさか、こんなところで生前の記憶を思い出すことになるとはね」


 アクタは少し困ったように笑って、頭を掻いた。


「それで、君は親がいるであろう病院へ向かうのか?」


「いや、それは後にしておくよ。先にやらなければいけないことがある」


「引き続き、ショタを探すか」


「ああ。それと、GHにも探りを入れてみたい」


「GHに!? それは危険だ。君もわかっていることだろう?」


「マッチョ、GHにピエロと……ショタと共に襲撃した時のことを覚えているか?」


「ああ、もちろんだ。達海少年を……ワタクシたちの平穏を失ってしまった戦い。……忘れるはずもない」


 マッチョは自らの握り拳を悲しげに見つめた。


「あの時、ショタはGH局員の配置を知っていた。なぜだと思う?」


「え? GHに恨みがあって、常に監視していたから?」


 アクタからの質問に、マッチョは首を捻らせる。


「いや、常に監視していたとしても、その日の全員の配置を知り得ることは難しいはずだ。……あの時、ショタは『特別な経路で掴んだ情報』と言っていた。となるとやっぱり、GH内部にショタの内通者が居たとしか考えられないんだ」


「そうか!! では、その内通者から情報を引き出すことができれば、ショタのことが何かわかるかもしれない。そういうことだな!?」


「今、GH本部はどうやら手薄らしい。これは、チャンスだと思う。これに便乗して、探りを入れてみよう」


 悪いね洋二、ここで身を引くわけにはいかないんだ。

 アクタの表情に宿るは断固たる決意。


 アクタとマッチョはGH本部に向かって歩みを始めた。

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