#50 ライバル
「宇和! 出番だぞ!」
「わかりました! すぐに行きます!!」
——宇和洋二 職業:ファッションモデル
「俺、これでいけますかね。なんか、着こなしてるっていうか……こう、着せられてる感が……」
洋二が不安そうにカメラマンに問いかける。
「心配するな、俺がバッチシ撮ってやるから。アンタは十分かっこいいよ」
千歳緑のアメカジに瑠璃色のジーパン姿で洋二は次々にポーズを取っていく。乱れさせた少し長い髪の毛は明るめの茶色で、平成初期のヤンチャ坊主感を醸し出させている。
白の背景布を背に、ポーズを変えるたびにカメラのシャッターが切られ、カシャリ、カシャリと鳴り響く。その音が響くたびに、洋二の不安な感情は表情に表れていってしまっていた。
「おい、洋二。なんだその顔は! やる気あるのか?」
ちょび髭を生やしたおっさんカメラマンが、鼠色のニット帽越しにガシガシと頭を掻いて見せた。
「すんません! もう一度お願いします!」
「ったく」
撮影を終えた洋二は控え室へと戻っていった。
控え室には同じような格好をした洋二以外のモデルも何人か居た。まだ売れていないモデルは、一人一部屋なんて待遇は受けさせてもらえない。
今日はとあるファッション雑誌の撮影会。皆が業界人に注目してもらえるように意気込んで、やる気に満ちた表情をしていた。たった一人を除いては。
「なんて顔してるんだよ。せっかくのかっこいい顔が台無しだよ」
「ん? ああ、なんだ涼夜か」
パイプ椅子に座る洋二は、声を掛けてきた青年に不満そうな表情を向けた。
洋二に声を掛けた青年は三宮涼夜。洋二と同じ事務所に所属し活動を行う同期のモデルだった。
「お前に“かっこいい顔”なんて言われたって嫌味にしか聞こえねーよ」
「おいおい、そう言うなよ。君も十分にかっこいいよ」
涼夜は笑顔のまま眉を下げて、困ったといったふうに見せた。それを見て、洋二はさらに不満な表情を涼夜に見せつける。
涼夜は所属する事務所の中で、一番と言えるほどの美顔の持ち主だった。おまけに性格も良く、売れることは間違いないだろうと事務所の社長から太鼓判を押されるほどだ。洋二もなかなかの美形であったが、涼夜の横ではそれが霞んでしまうほどであった。
「不運だ。同期にお前さえいなければ、俺だって……いや、俺なんて……」
「そんなことないって。君も前の撮影会、評判よかったじゃないか。悪ガキ感が堪らないって。君ならなれるさ、トップモデル」
涼夜の言葉を聞いて、洋二は唇を噛んだ。どうしてこの男は、さらっとそんなことが言えるのか。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。撮影は以上となります」
控え室に顔を出したアシスタントがモデルたちに声をかける。すると、洋二は立ち上がり、荒い足取りで出口の方へ歩いた。そして出口の手前で振り返り、涼夜に向かってビシッと人差し指を指す。
「ぜってーにお前より先にトップモデルになってやる! 見とけ!!」
そう言ってすぐに控え室を出ていった洋二を見て、涼夜は笑みを溢した。
それから洋二は撮影、ファッションショー、イベントなどに積極的に参加して経験を積んでいった。涼夜に負けるものかと必死に。がむしゃらに。
洋二は、涼夜と共に仕事をすることも多かった。事務所から、二人の大型新人だと売り込まれ、肩を並べて撮影することもあった。
互いが互いを磨き、気がつけば二人は良きライバルとなっていた。
「なんだよ、話って」
ある夜、洋二は涼夜から事務所の屋上に呼び出された。涼夜が自動販売機から二本の缶コーヒーを取り出して、一本を洋二に投げ渡す。二人は柵に肘をつき、真っ暗な空に輝く満月を見つめた。
涼夜はカシュっと缶コーヒーを開け、それを一口飲むと、一息ついてから口を開いた。
「“MOON”の特集に決まった」
「は? 誰が?」
すると涼夜がニコニコで自分のことを指差した。
「MOONってあの“MOON”か!? 超人気雑誌じゃねーか! マジか……ああああ!! くっそ! なんで俺じゃないんだあ!」
「なあ、同期の快挙だぞー。何かかける言葉があるんじゃないのかい?」
悔しがる洋二に、涼夜がニコニコ笑顔のまま問いかけた。
「うるせ! 死ね!!」
洋二の暴言に、涼夜は「あははは」と笑顔を続ける。洋二は勢いよく缶コーヒーの口を開くと、それを一気に飲み干した。
「でもそうか……お前がついに人気モデルの仲間入りか。……絶対に負けないと思ってたんだけどなぁ。……………おめでとさん」
「あれ? 君が素直に褒めてくれるなんて、珍しいね」
「褒めてねー!! っていうか、そこがやっとスタートラインだからな! 俺もすぐに追いついてやる!!」
「おうおう、待ってるから、早くここまで来い」
「ぐぬぬ」
涼しい顔の涼夜に、洋二は威嚇するような表情を見せた。洋二の中では、同期の快挙に嬉しいような誇らしいような、けれど、悔しくて何処か寂しくて、複雑な感情が入り混じっていた。
「なあ、涼夜。どうしてお前はモデルを始めたんだ?」
「え?」
しばらく満月を眺めながら黄昏ていた洋二からの問いに、涼夜は月から彼へと視線を移す。
「いや、単なる興味だよ。どうしてモデルをやってんのかなって。俺はさ、テレビでキラキラしてる人たち見て、カッケーな、俺もあんなふうになりたいな、って漠然とした理由で始めたからさ」
「ああ、俺も洋二と似たようなものだよ。テレビや雑誌を見て、俺もやってみたいって。でも、今は母さんのためでもあるんだ」
「母さんのため?」
「うん。母さんはさ、俺の夢を応援してくれてたんだ。けど、一年前に病気で倒れちゃって、もう長くはないかもしれないって。だから、モデルもやめて、普通の会社員になって、ちゃんと稼がなきゃって考えたんだ。でも母さんは『夢を諦めるな』って、今でも応援し続けてくれてる。だからさ、俺は有名になって母さんに見せてやらなきゃなんだ。こんなに人気者になったよって……って何泣いてんだよ」
「な……泣いてなんかねぇー」
涼夜の話を聞いて、洋二は涙を流した。涼夜がこの仕事にこんな思いを抱えていたなんて。
洋二は腕で涙を拭うと、涼夜の肩をがっしりと掴んだ。
「良かったな、夢が叶って。きっと母ちゃん大喜びだ。だから、絶対にカッコよく決めてこいよ。でなかったら俺が許さねー!」
真っ直ぐに目を見つめられた涼夜は、優しく笑顔を作った。
「ありがとう」
後日、洋二と涼夜は撮影のために浜辺に来ていた。海を背景に水着ではなく、スーツ姿という斬新な撮影会だ。洋二はレッドのジャケット、涼夜はネイビーのジャケットを羽織る。二人とも、中には白地のシャツを着用し、黒のデニムパンツ姿だ。
彼らのことを、カメラマンとそのアシスタントが何人かが取り囲む。
季節は初夏。よく晴れていたこともあり、すでに数人のお客さんで訪れていたが、撮影のために少しだけ場所を開けてもらっていた。
「なんだか悪いね」
涼夜が少し申し訳なさそうな顔をする。
「いいじゃねーか。売れっ子になったら、こんなこときっとしょっちゅうだぜ」
洋二と涼夜が海をバックにして流行りのポーズを決める。カメラマンの合図でシャッターが切られた、その時、
「誰か助けて!!」
少し遠くから女性の叫び声が聞こえた。
洋二たちが叫び声がした方を向くと、叫び声の主が海の方を指さして慌てふためいている。
「子供が……子供が流されていっちゃう!!!!」
女性が指さす方を見ると、浮き輪を付けた小さな女の子が、どんどんと沖の方へと流されていっていた。
しかし、周りの人たちは誰一人として動こうとはしなかった。もう随分と向こうの方まで流されていってしまっている。助けに行くのも危険だろう。海開き前ということもあり、ライフセイバーも存在しなかった。
「俺、行ってきます!!」
すぐに走り出した涼夜の肩を、洋二は慌てて掴んだ。
「待て、危ないって!」
「大丈夫、俺、こう見えて泳ぐのは得意なんだ」
涼夜はそう言うと、洋二の手を振り解いて海の中へと飛び込んでいってしまった。
違う……そうじゃない。そういう問題じゃないんだ。
洋二は焦りと恐怖で顔を歪ませた。
彼には……彼だけには、女の子を沖の方へと引っ張っていく、黒い存在が見えていた。




